プロローグⅡ
オリオネルは崩壊し奈落へと落ちてゆく足場たちを躱し、カゲヨイのいる第三支柱まで駆け上がっていた。
精霊達の宴や百鬼夜行などの定期的に起こる大規模な現象によって戦闘域全体ががボロボロになってしまう為に、いっその事壊れるのを前提としてチェレーロに作られた戦闘域に作られた建築物や足場は戦闘中の足場として機能しないぐらいには脆い。
故に戦闘域周辺には戦闘中に信用に値する足場として、浮遊石を素材に利用して一部が壊れようとも奈落に落ちずに宙にとどまり続ける様に作られたレールが至るところに張り巡らされている。それを足場にして有翼種達の突進を躱し、時には双剣ですれ違い様に翼を切りつけ、持ち帰れないだろう小型の有翼種達を奈落へ墜落させる。
「ふぅ…大分登って来た。あー面倒だ。もうここで堕としても良いか?」
第3支柱まで残り200メートルを切った。鼓動が駆け巡り、身体は降ってきた破片や有翼種達の猛攻によって傷を負ってしまったが、その程度の事など動きに支障が出る程度は無い。むしろ身体中の熱はまだ上がり切っておらず、まだまだ余力が残っている。
「後、100」
さすがにお相手が学習して来たのか、足場であるレールを壊し、連携して逃走先を誘導して、挟み込む形で攻撃して来るようになっていた。
少し面倒だが、それならば縦に良ければいい事。オリオネルは下に浮かび続けている砕けたレールに飛び降りて躱し、上に戻る際にはワイヤーで繋げられた双剣の片方を何処かに巻き付けて、ギュルリと巻き取られた時の反動で上に上がり、ひたすら上へ上へで逃げているが…
もう逃げる必要も無い。もう既にカゲヨイの射程圏内に入っている。
オリオネルは持っていた双剣を鞘にしまい、腰にぶら下げていたフック付きのロープを手に持ってその場に急停止。
当然有翼種達達はその隙を逃さずオリオネルへ突進してくるが…オリオネルは余裕の笑みで次の言葉をつぶやく――
下の方から、建物が崩れ落ちてゆく音、有翼種たちが羽ばたき追走する音が微かに聞こえてくる。ネルが空葬を行い、疾走劇を繰り広げているのだろう。
今回持ってきたのはいつも戦闘域で長距離狙撃の時に持ってきてる、俺が苦労して作った手製の触媒としての機能も持つ狩魔矢。数は予備を含めて5本。
別に一発外しても問題無いが――
積み上げてきた経験が俺にこんな事で外すのかと、言っている。…あぁ外しはしないとも、外すことなど私に許されている訳が無いのだから。
カゲヨイは息を深く吸い、狙撃の体勢へと入り、これからやってくる有翼種を待つ。決してネルさんに誤射しない事だけは頭に留め、目に魔力を巡らせて有翼種が射程圏内に入る、ただその時を待つ。
どんどんと下から聞こえて来る音は大きくなり。遂にはカゲヨイの射程圏内へとオリオネルと追走する有翼種達がカゲヨイいる方へ向かってくる。
「標的、目視で確認。チェレーロに吹く風の観測、狙撃には特段影響は無し」
来た。カゲヨイの目にはオリオネルとそれを追いかけてきた標的をその目に捉える。数は大型2体、小型の有翼種はもう既にネルの方で剪定が終わっている様で、小型の排除をしなくて済んで楽で助かる。
手を抜いて敵を追尾する術を使っても良いが、今回の目的はは狩猟だ。胴体に当たって肉体の大多数が吹っ飛ぶなんて惨事にはなりたくない。今回は矢を強化しより遠くへ飛ばすための術に留めるのが安牌か。
使う術を決めたカゲヨイは術の詠唱を唱え、自身の呼吸を止める。
『
詠唱と共に矢には風が纏わりつき、風がカゲヨイの束ねられた髪を揺らす。
狙うは有翼種が隙を見せる一瞬。息を止めて頭を空っぽにすれば、俺が知覚する世界はゆっくりとなり、彼らの動きをしっかりと認識する。
ふと逃げていたオリオネルが有翼種との距離を放した後、その場で急停止する。
そして俺に向けて、言い放った。
「カゲヨイ、後は一発で仕留めろ」
突然の無茶ぶりだが、まぁ俺はその命に粛々と答えよう。
そうでなけれは、俺の積み重なねた物が崩れ去ってしまうから。
カゲヨイはオリオネルの命に従い、やっと仕留めらると一直線に突進している2体に有翼種に向けて、2本の矢を続けざまに放つ。
矢は轟音と共に一直線に飛び、2体の有翼種の頭部を綺麗に跳ね飛ばした。
ふぅーこれで私の役目は終わった、後はネルさんが回収してくれるだろう。カゲヨイは不足した酸素を取り戻す様に息を深く吸い、オリオネルのもとへと降りる。
オリオネルは落ちて行く有翼種の死体に対しては服を2本突き刺し、自身も奈落へ落ちていかない様に全力で引っ張ってそこらのレールへ縛り上げる。
ボラティーノ達は体内には浮遊石を有しているが、有翼種はその翼を持って飛ぶためか、ボラティーノの中ではそこまでの浮遊石を有していないからか、重量は以外と重い。他のボラティーノは有翼種よりも軽いし、奈落に落ちずにその場に静止してくれるおかげで、回収は後でも間に合うがこればっかりは今やらねばならない。
「ありがとうございます。ネルさん。面倒な役回りをして貰って、ですけど最後のあれ酷くないですか?」
「いや、これが最短の方法だろ?」
「はぁ、そうですけど…まぁいっか、目的の有翼種は仕留められましたし」
「さぁ仕留めた獲物を持って、アンダーに帰りましょう。ギルドでたっぷりと話を聞きますから」
「そういえば、解体について何だが…俺も手伝うよ。まぁ雑にやった礼ってわけだ」
「それはありがたい申し出です。流石に大型二体となると解体に少々時間が掛かってしまいますから」
そう二人は雑談でもしながらレールに掛けられた有翼種を運び、第1支柱ヘクトール付近にある仕留めた獲物を運ぶ納品用のエレベーターの前に居る衛兵に、懐中時計を見せてエレベーターに乗る。
懐中時計は人々が生活する中で、唯一時間を示す物で在り、その重要性から何かの所属を示す物や身分を示す物として良く使われている。確か…原理としては、クローズプレン中央にある、天を突き破る様に聳え立つ塔――迷宮から発見された遺物の一つ「狂いなき大時計」の秒針と同期して、現在の時を示す仕組みらしい。
エレベーターがギルド本部に着けば二人は狩った獲物を背に、戦闘域入り口付近にある解体場で、面倒な解体作業に勤しむのだった。中身を洗って硬い肉質の皮を剥ぎ、
解体作業が終わり衣服や武具に付いた汚れを隣の水汲み場で注ぎ落した後、カゲヨイは矢の作成に使わない部位を売却する為にギルド地下1階にある買い取り受付に行って、オリオネルはギルド2階にある酒場でカゲヨイの帰りを待つ。
はぁ…そういえば、傷の手当がまだだった。酒場の前だが、血は既に止まっているから問題無い。傷口から妙なものを貰って悪化するもアレだしな。
オリオネルは腰のウエストポーチから包帯と針を取り出す。負傷した所にきつく布を巻き付けて、針で止めれば手当完了だ。
オリオネルが傷の手当をしていた頃には既に精算を終えていたようで、オリオネルの隣に立っている。
「精算が終わりましたよ。これが今回の報酬です」
オリオネルは投げ渡された硬貨を受け取って、今回の報酬を確認する。
4876ディナーロ…つまり売値は9752ディナーロか。有翼種にしてはまぁまぁだな。
「やっぱり有翼種はしけてるな…」
「ですねぇ…久しぶりに有翼種を狩りましたが、売値見てびっくりしましたよ。最近人増えたからですかねぇ」
有翼種のよく売れる部位として貴重な食料である肉や心臓部分にある浮遊石だが、人が増えれば日持ちしない肉の価値は下がり、そこまでの純度を持たない浮遊石では子供のおこずかいを貯めれば買えるぐらいには安い。
それはともかく、二人はサーティを食べに酒場に入れば、酒場は狩りを終えて、サーティを食べようとしているグライダーが来る時間帯故に、席を埋め尽くす様に沢山の客で賑わっていた。
「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ」
「よかったな。空いている席があって」
「えぇそうですね。この時間帯いつも満席ですから」
「カゲヨイは今日、どうする?」
「私は適当にローストチキンでも頼んで、後は…何でも良いのでお酒を一つ頼もうかと、せっかくネルさんが飲むんですから。酔う事は出来なくとも、味や風味は楽しめますから」
カゲヨイは滅多に酒で酔う事が無い。
何でもカゲヨイの前職、とある貴族に仕えている使用人の一人だったそうなんだが、カゲヨイの国はなんと言うか…貴族の腐敗と陰謀が渦巻く、まさに腐り堕ちる寸前の国で、それ故に主人を守る毒見役として働き、そのせいで毒物に対する耐性が滅法強くなってしまったそうだ。
「それでネルさんは何を頼みます?やっぱりいつもの冷えたエールとパンですか?」
「あぁそれにするか。それに酒を飲むならつまみも必要だ。つまみとしてイカのスルメも頼もう」
そうして二人は店員に注文した後、いつもどうりの近況を話しながら料理が来るのをを待つ。話の本題は食事の時に取っとくのが定石なのだから。
「お待たせしました。ローストチキンとライ麦パン、そして冷えたエールにつまみのイカのスルメです。ご注文、問題ないでしょうか」
「問題ない」
「でしたら、ごゆっくりどうぞ」
料理を運んできた店員はゆっくりお辞儀をしながら去っていった。
運ばれた料理はまぁ安価な家庭料理の一種だが、ギルドが運営する酒場、
「ソーニョステラ」の良いところは料理じゃない。
何と言っても置かれている酒の種類が多さと、冷えた酒が飲める事だ。
元々、天城都市アンダーは特産品である浮遊石の貿易盛んな事も有って他国との交流が盛んで、色々な物がこのアンダーに流れて来ている。
その為、この酒場に置かれた酒の種類はざっと数えても50種類以上もあり、貴族などの上流階級の皆様が嗜む様な酒から民衆が飲むような酒まで取り揃えており、この酒場のマスターが酒好きだという事もあって、カウンター席ではマスター特製のカクテルも楽しめる。だからマスターが作る絶品のカクテルを求めて、この酒場のカウンター席はいつも満席だ。
「さて、酒も来た事だし、再会を祝って乾杯でもするか?」
「最近「百鬼夜行」で顔を合わせたばかりでしょう。再会を祝うには少々離れた期間が短すぎかと。いっその事チェレーロに向けて乾杯すればいいんじゃないですか?」
「例えば…「この蒼き世界、チェレーロに乾杯!」とか」
「あーそれも良いな。じゃあカゲヨイの案に乗って、乾杯の音頭でも取ろうか」
「ええ、そうしましょうよ」
「「この蒼き世界、チェレーロに
二人はそれぞれジョッキを持ち、少しずれた言葉を周りに迷惑かけない程度に呟いて、カンッ!とガラス同士がぶつかる音を鳴らし、グビっとジョッキの中にある酒を飲み干す。
「はぁ、いつ飲んでも此処のエールは美味しいですね」
「あぁそうだな。冷えたエールは身体によく響く」
キンキンに氷で冷やされたエールが身体に染み渡り、日々の疲れを癒していく。
氷を使って冷やしている為、いくらでも飲める安価なエールからたまにしか飲めない嗜好品にへと値段が変わってしまうが、そのぐらいの金を払う価値はある。
やって来たつまみと一緒に飲めば、更に酒が進む。
「ネルさん。カクテルとか飲みませんか?あいにくカウンター席は空いてませんが材料は金を払らって貰えばいいですし、シェイカーは持ってきてるので二人で色々試してみましょうよ」
「お、良いなソレ。じゃあ割る系の酒を色々と頼んで色々作ってみるか」
そうして最終的に二人のテーブルには三本の酒瓶が並び、割るのに使った氷やら果実にシロップがテーブルを埋め尽くすのだった。
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