天に落ちる

kaname24

プロローグⅠ

 街の至るところに在るレールを滑り、飛び降りて戦闘域を駆け抜ける。そのスピードは段々と加速し、このチェレーロに吹きふさぶ風が気持ちいい。日課のランニングは、年々補修がなされては崩壊することが日常茶飯事である戦闘域でボラティーノ奈落の化け物と戦うグライダー達にとってはこの地に慣れる事大事だ。


「嗚呼、やはりチェレーロの空気はいい。」

 戦闘域の最下層、葬儀場で肩を伸ばしながら板の隙間から見える奈落の景色を見て、独り言をつぶやく。

そうのびのびとしていれば上の方から誰かが降りてくる音が聞こえる。誰かと思って上を見上げれば、腕に入れ墨のある弓を背負った一人の男が俺に対して話しかけて来た。


「ネルさん、ランニングの途中ですか?」

「あぁそうだ。カゲヨイお前が戦闘域の底に来るのは珍しいな、何か依頼でも来たのか?」


 話しかけてきたのは2.3年前に捕まって此処に入ってきた男、カゲヨイだった。昔カゲヨイが新入り頃に一か月の講習で教師役として知り合った時からたまに会っては共にチェレーロにてボラティーノを狩ったりする付き合いの奴だ。


「いえ、依頼と言う訳では無いんですが…ほら、私って矢とかの消耗品を節約の為に自作しているじゃないですか」

「実は最近…その矢羽用の羽を全部駄目にしてしまって…それに矢の在庫も尽きそうですから、有翼種を狩りに来ているんですよ。」

「へぇーご愁傷様、俺に関係ない事だから帰ってもいいよな?」


 過去の経験上、カゲヨイが此処に来た理由を話す時は大抵俺に助力を求める時だけだ。日課も終わって早く帰りたいが為に、オリオネルは話を早急に切り上げ帰ろうとするが…


「待ってください、話はまだ終わっていませんよ」

 カゲヨイはオリオネルの手首を逃さぬ様に掴み取って話を続ける。

「で、ネルさんにお願いごとがあるのです。前の事もありましたから手伝ってくれますよね?」


カゲヨイは前に金を借りていた事を持ち出し、悲しそうな顔を浮かべて情に訴えて来る。どうしても俺を手伝わせたい様だ。

はーどうするか。そうオリオネルが考えているさなか、話はどんどん進んでいく。


「ほら、今日一日ソレイユが沈むまで戦闘域を歩き回っても、大型の有翼種が見つかる可能性なんて確かなものでは無いですし、それにいちいち狩るのも面倒ですから一度にまとめで狩りたい訳ですよ。ですが私が一度に運べる量は有限です」

「それに私としては多数の相手をするのは、少々苦手で疲れてしまいますから。

ネルさんの力を貸してほしいんですよ」

「はぁだから俺にアレをやるのを手伝えと?」

 

あれやこれやと理由を並べ立てて、是が非でも手伝ってほしい様子を見せるカゲヨイだが、実際はただ楽をしたくて俺の手を借りたいだけだろう。彼の実力であれば有翼種の集団なんぞ楽に狩れるだろうし、だがその後の回収が面倒だから俺の手を借りたい。そう言ったところか。


「分かった、手伝ってやる。ただ何か報酬をくれ。無償で手伝ってやるほど俺は優しくは無い」

「分かりました、ネルさん。報酬をお出ししましょう。そうでなければ頷いてくれませんよね。あなたはそうゆう人でした」

「報酬は何を出してくれるんだ?」

「少々お待ちを、今考えていますから」


 カゲヨイが助力を求められたのは何度目だろう。過去に一か月ほどカゲヨイと共にグライダーとして過ごした縁、それは今に途切れてしまいそうな程も細いけれど確かな関係性として二人を繋いでいる。


「報酬としては狩った有翼種の買い取り金額の5割と言った所でどうでしょうか?」

「もう一声」

「はぁ…わかりましたよ。どうせネルさんの事だから帰りはギルドの酒場で飲むんでしょう?私もそこでサーティ夕食を食べる予定でしたからその代金を奢る、それで充分ですよね?これ以上は赤字になってしまいます」

「今日の飯を奢ってくれるのなら十分だ。受けてやるよその雑務を」

「助かりますよネルさん。流石に私一人では大型一体を持ち帰るのが限界なので、人手が欲しかったんですよ。私…痣付きですし、今まで一人でやって来たものですから交流も薄いですし、誰かとパーティーを組むなんて慣れて無かったので」


 痣付き――

 それは身体の何処かに入れ墨を掘られ、過去に罪を犯した罪人達の蔑称。

この都市の政を担うギルドが過去に起きた悲劇、通称「アンダーの悲劇」により都市の血液である人材の不足が始まりで、他国から特産品である浮遊石を引き換えに犯罪奴隷達を引き取り、都市の主要産業であるチェレーロにて浮遊石の採取やボラティーノを狩猟するグライダーとして雇っている。


 何故かというと、グライダーという職種自体が余り人気の無いからだ。人々は美しいチェレーロになんかに目を止めず、クローズプレン中央に聳え立つ塔――迷宮の神秘と尽きることない財宝に魅せられ、冒険者に憧れる人が多い。それに迷宮を探索する冒険者よりも致死率が高いせいで、自ら入ってくる人など毎年手で数える程だ。


「はぁ…それで空葬をやるんだろ?俺は何をすればいい」

「今回はなるべく獲物を傷つけたくはありませんし、回収を誤り奈落に落ちても困るますから、空葬によって上がって来たボラティーノを第3支柱アンレールまで引き寄せて、そこで狩ろうと思います。なのでネルさんは囮役をお願いします。」

「了解だ。カゲヨイは先に第3で待つ形で合ってるか?」

「えぇその認識で問題ありません。第3支柱まで引き寄せて貰えば、後は私の方で仕留めるので」

「話が変わってしまいますがネルさん。この前ギルドで噂になっていたような気がするんですけど、何やらかしたんですか?」

「あーあの話か…まぁその話は後にしてくれ、帰りにいくらでも話すから。空葬をやるなら早ければ早い方が良いだろ?。今回のターゲットは有翼種の大型だ。ソレイユが沈み、暗くなれば狙い目である有翼種達が去って行ってしまう」

 

 チェレーロは時の経過によりルナーレ白き星ソレイユ赤き星が巡る様に姿を見せる。そしてルナーレかソレイユのどちらが姿を見せているかで上がってくるボラティーノの種類が変わるのだ。

 ソレイユが昇る黎明では翼を持ち宙を羽ばたく有翼種が、

 ルナーレが昇る黄昏ではチェレーロに浮かぶアステロイドに宿る霊、幽玄種がその時に合わせてこの戦闘域にまで上がってくる。

 他にも居るには居るがあれらは例外的な存在かつ、そこまで遭遇する事も無い存在だ。語る必要も無い。


「えぇそれもそうですね。では始めましょうか空葬を」

「私はさっさと所定の位置に付きますので、ネルさんの方は空葬の準備お願いします。準備が終わり次第、さっさと初めてくださって大丈夫なので」

「あぁ分かった。こっちも準備をしておくよ」

 カゲヨイが建物やレールに乗り移りながら上へと駆け上がっていくのを見送ると、オリオネルは、空葬の準備へと取り掛かる。


 空葬は、文字通り死んだ人間をチェレーロへ落とす事で普段上がって来ない大物のボラティーノなだを戦闘域まで呼び寄せる、儀式みたいなものだ。

通常、ボラティーノは戦闘域にまで上がってくる個体は少ない。一日に7体見つければ多いほどだ。


 だからボラティーノを狩るには何かを落として此処までおびき寄せるのが手っ取り早いわけで最初は物、食料と色々投げ込んで実験していたわけだが、最終的に死体を蹴り落とすのが効率が良いとなった。

 まぁ死体はいくらでもあるし、貴重な食料や色々と混ぜて作った呼び玉なんかより死体を蹴り落とした方が手軽だと落ち着いたわけだ。


 それに誰かが死んだ時には必ず葬儀をしなければならない。放置すればアンデットになりかねないし、葬儀を行わなければ魂を冥府に送れずに、その魂がこの世で彷徨ってしまうから。


だから丁度良かったんだ。手軽に出来る葬儀が。

葬儀は別に簡単な形で良い、大事なのは誰かが見送り、誰にも見られない場所で眠る事。だからこの儀式は葬儀であり、空葬なんてたいそうな名前がついている。


空葬で見送る死体には、より注意を引く為に腹を切り裂き臓物が飛び散り、匂いが広がるようにしなければならない。遺体に傷を付け、道具として弄ぶ行為には気が引けるが、やるかやらないかで大きな差が出てしまうのだだから仕方のない事。

そう思ってオリオネルはワイヤーで繋がれた双剣を用いて空葬用の死体の腹を裂く。


切り裂かれた死体から腐敗と血の臭いが鼻に付き、両腕には血が大量にこべりつく。

あぁ本当嫌な臭いだ…何度も繰り返して来た行為だというのに、何時まで経っても慣れない、もう死んでいる人間の遺体を傷つけるという行為は。


 そうして冒涜的な行為が終われば葬儀場に置かれた蓋の無い棺に入れて、隣にある手向けの花を詰めてやって、正しく冥府へと渡れることを棺に眠る男へ祈る。

 今回の空葬に使う人間はやせ細って貧乏そうな形相の男だ。大方お金が足りず身内も居ないせいで、空葬されることになったのだろう。


 ………これで空葬の準備が整った。後は血で着飾った死体を奈落に棺ごと蹴落とすだけ。


「よし、やろう」

 オリオネルは戦闘域に居るグライダーに注意喚起をする為に、葬儀場に備え置かれた通信機に手を掛けてその通信機に声を放つ。

「「あーこちらオリオネル」」

「「これから空葬を行う。環境は良好、戦闘域にいるグライダーは以後巻き込まれない様に注意しろ。それと横取りするなよ」」


 オリオネルが放った言葉に遅れる様に耳を劈く大音量の声が、戦闘域中にリピートされる。

 何時聞いたって馬鹿げた音量だ。いくら他のグライダーとのトラブル防止やこの戦闘域に狩りとは違う目的で来ている補修屋や研究者を護る為に義務付けられているとはいえ、少しばかり音量を落としたっていいだろ。


 そんな事を考えながらオリオネルは息を一つ吐き、棺を慣れた手つきで葬儀場からチェレーロへ蹴落とした。棺は臓物と花まき散らしながら段々と加速しながらチェレーロの底へと落ちて行く。

 あの蒼い奈落の底には何があるのだろうか、ふと落ちてゆく棺を見ながらオリオネルは考える。ただの人間なんかにその問いが分かる訳も無いが、全てのグライダーが一度は考えそうな疑問。

 誰だって一度は考えるは筈だ。人が未だ観測していない不可侵領域――その先に何が眠っており、どんな色を見せるのか。まぁチェレーロの神秘より迷宮の神秘の方が人々にとっては魅力的なんだろうが。


 しばらくの時間が過ぎ、チェレーロの底から強風と翼の羽ばたく音が聞こえてきた。来たか――

「ピィショォォーーン!!」

 オリオネルの目の前に鳥が甲高い鳴き声と共に現れる。美しき二対の翼をもつ化け物が餌につられて上がってきたようだ。数は有翼種大型が2体、小型が4体と予想以上に有翼種が上がってきたが問題は無い。多人数との戦いには慣れている。


「こっち来い‼このクソ鳥!」

 オリオネルは声を張り上げ、伝わっているのかも分からない挑発してボラティーノ達を引き付ける。

 このままカゲヨイの所まで上へ約300か400メートルぐらいだ。このまま楽に逃げ切りたいが今回の役目は囮役、故に一定の距離で逃走を続けなければならない。まぁ有翼種相手に上への走りで振り切るって事は起きないだろうがな。

 オリオネルは戦闘域に張り巡らされたレールを伝いカゲヨイのいる第3支柱へと逃走を開始する。だが容易くゴールまで引き付ける事など有翼種達は許さない。


 有翼種達は建物を巻き込み、突風を吹かせながらオリオネルを迫りくる。オリオネルは有翼種たちの攻撃で崩壊していく戦闘域を傍目に上へ上へと駆け上がっていくのだった。

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