第30話 人材発掘と錬金術師の話
「ふうん、村の農業はひと段落したようだね」
「そうね。予定より早く開墾が済んでしまったので。ここからはじっくり作物を育てていく段階になったと思います」
領主の館の執務室。
お互いにテーブルで顔を突き合わせてお茶を飲んでいた俺とアルーシャ。
だが、お互いに話をしているとついつい仕事に思考が向いてしまう。
これが慣れた仕事ならまだしも、今後を左右する仕事であるなら思考がそちらに向いてしまうものだ。
「それで。次に俺たちが目指すべきはなんだろう?」
「大目標としては、この村とも呼べぬ集落を街へと発展させることでしょうね。それはまだ先の目標となりますが」
それはゴール地点というやつだ。そこまでやれば俺の領主としての実績は疑いようがない。
だが領地が発展するには人が必要だ。そして人を集めるには利が必要となる。
それがエンドヴィルには無い。経済、居住性、特産品。なんであれ人が集まるにはこの土地特有の利点が必要になる。
「今はエンドヴィルという土地の利点を探す、あるいは作っていくことが必要になるわ。冒険者たちも頑張ってくれていますよ」
「彼らが何か発見でもしてくれればありがたいんだけどな。新種の作物、鉱石の鉱脈。なんでも良い」
「それらは時間をかけて見つけていくしかありませんね。ともあれ今領主にできることは………」
アルーシャがお茶で舌を潤しながら思案する。
領地経営となると俺の勇者としての経験は、今のところ役に立たない。
聖剣の勇者は魔王討伐後に王になったのに、情けないことだ。
「俺の魔法で農作物を大量に増産とか……」
「駄目です。特定個人に依存した発展は確実に問題を生む」
その通りだ。俺一人チート能力を使えば食料の自給自足くらいは容易い。
だが、それは実は発展から遠ざかる行いだ。もし俺がいなくなれば領民は食料の蓄えすら失くして飢えて死ぬことになる。
俺の修得した魔法はかなり応用性が強くチート行為という点では他のチートより突出している。
だからと言って俺一人が全てをやってしまっては領地が成り立たない。
領地とはそこに住む人間のものだ。領主はその代表にすぎない。
「まあ、そうだよね……俺一人がやればいいってわけじゃないから領主は大変だ……」
冒険者だった時はパーティを組んでた時期以外は勇者の力で大抵のことは一人で無理を通せたものだ。
ドラゴンに勝ったし魔族も倒した。
まあ、だからと言って本当に自分一人で全てをどうにかできたとは思わないけどな。
森でアルーシャに遭遇しなければ遭難して飢え死にしていたかもしれない。
王都でユウに出会い、アリスに助けられなければやはり飢え死にしていた可能性がある。
森で魔族と戦った時もレナがいたからアルーシャたちを助けられた。
今こうして領主として拙いながらもやっていけてるのはアイーダたちがサポートしてくれるからだ。
何もかも俺一人でできるなどと傲慢なことは考えはいない。
「結局、俺一人でできることなんてたかが知れてるしな。みんなと協力しながらやっていくしか……」
そうだ。俺一人ではできない。当たり前のことだ。
ならば、俺が今、探すべきものは……
「どうしたのロイス?」
「ああ、人を集めたいと思うんだ」
「だからどうやって人を増やすかと言う話を……」
「そうじゃなくて、人材発掘っていうのかな?土地の発展に寄与してくれるような人材を探したいんだ」
「なるほど……確かに様々な分野の識者の協力があればより発展は円滑に進むでしょうね」
「そうそう!……ってまあ、具体的にどういう人材を集めればいいとか、どう集めるかとかはこれから考えなきゃだけど」
なんとか方向性は思いついたが、具体的にどうするとなると俺ではさっぱりである。
つくづく領主として情けない気持ちになる。
「いえ、方向性さえ示してくれれば私たちも協力できます。まずは貴方が道を決めること。それが領主の役目であり……」
「それを実行可能にするべく行動するのが我々の仕事です」
「アイーダ、戻ったのかい?」
いつの間にかトレイにお茶のお代わりを乗せてアイーダが傍に立っていた。
足音は愚か扉を開ける音すらしなかった。さすがという他ない。
装備を身に付けてないとは言え、俺も気づかなかったのは情けないかもだが。
「はい。ユウさんたちがしっかりお掃除をしてくれてますので手が空きまして」
「ご苦労さん。それでこの案はどうしたら具体的にどうしたらいいと思う?」
発想の方向性を決めて、具体案を出すためには知識が必要になる。
俺にはそれがないが、アイーダたちならあるいは。
「そうですね…………今もっとも欲しい人材となると、やはり『錬金術師』でしょうか」
「錬金術……師……?」
聞いたことのない職業だ。少なくとも田舎では見たことがない。
【草原の狼】に所属していた頃にジョージさんから剣士や武闘家、魔法使い。僧侶に斥候と一通りの職業は教えられたものだが。
「錬金術師とは万物の理を探求し、その真理を解析することで物質を創造せしめる学者にして術士です」
「なんか凄そうだな……」
「優れた錬金術師は文字通り金を錬成する力を持ちますからね。端的に言えばモノ作りのエキスパートです」
それは凄い。
何しろこの田舎では食料を自給自足するだけで大変な労苦になる。
それ以外の物を作ったり調達したりは決して簡単ではない。
アイーダの言う通りに何でも作れるというなら、この辺境の生活はかなり楽になるだろう。
「王宮にも宮廷錬金術師がいたわね。薬学と医術、それに建築学が専門だったわ」
「はい。錬金術はおよそ万能ですが、錬金術師には専門分野がございます。実際は何でも作れる術師はほとんどいません」
それでも、言い換えれば錬金術師はその分野の専門家ということになる。
開発・発展に必要な知識を持つ専門家、今欲しいのはまさにそういう存在だ。
欲しい人材の方向性が見えてきた気がする。
「それで、錬金術師ってやつはどこに行けばスカウトできるかな?」
「それが……錬金術は修めるのに膨大な知識を必要とし、さらに術を扱えるのは一握りの素質者のみですので……数が少ないのです」
「優秀で知識や実績も豊富な術師となると、それだけで稀少価値ですものね。ほとんど王宮やどこかの貴族、あるいは研究機関に雇われていると聞きます」
「……つまり、うちで雇われてくれる錬金術師を見つけるのは難しいってことかぁ」
優秀な人材はとっくにどこかに雇われている。当然のことだ。
「とは言え、錬金術師の素質を産まれ持つ者は血筋や環境によらず突発的に産まれると聞きます。市井の在野にも未発掘の術師はいるかもしれません」
「アイーダ、王宮の宮廷錬金術師に
「かしこまりました。王都や近隣の街にも情報がないかギルドを通して探ってもらえるようアリス様に依頼を出します」
やはり、うちの女性陣は頼もしい。
ツテもコネも、人探しの手段も持たない俺にはどう動いたものか困るところだが、彼女たちはすぐに行動を開始してくれる。
「はは…………やっぱり俺にできることあんまりないよなあ……」
少し弱気が漏れた。
ドラゴンや魔族を倒せても領地経営で俺ができることはあまりにも少ない。
《スキル》が目覚める前の無力だった頃の自分を思い出して少し切なくなった。
だがアルーシャとアイーダは、そんな俺をキョトンを見つめている。
「何を言うかと思えば……あのね、ロイス?今やるべきことを決めたのは貴方でしょう?」
「そのとおりです。私どもはあくまで手段を明確化しているだけにすぎません」
「指導者とは、領主とはそれが役目。道を示す。貴方がそれを示したならその道をどう進むかを考えるのは私たちの仕事よ」
「人を集めよとロイス様は仰いました。ならばそれに従いましょう」
二人の言葉に胸が熱くなる。俺はちゃんとやれているのだろうか?
その答えが出るのはまだまだ先だろう。俺の領地はまだ始まったばかりなのだから。
ならば、せめて俺を信じて行動してくれる二人には感謝の言葉を返すことしかできない。
「ありがとう。そして力を貸してくれ。このエンドヴィルに住むことを選んでくれた民たちの為に」
二人の言葉はなく、ただ微笑んでくれたことが、たまらなく嬉しかった。
***
それから数日。
領主として執務に忙殺されながら、ギルドや開拓民と連携としてなんとか問題なく日々を過ごした。
そんなある日。アイーダが王都に送った手紙に返信が届いた。
『就職の決まってない弟子がいる。実績は無いが優秀な素質があるのでそちらに送る。よろしく』
それは宮廷錬金術師からの予期せぬ返答だった。
二千回転生した元勇者~女神に気に入られて何度も勇者になった俺の現世の話~ 桜ヶ丘 大和 @sakura_gaoka91
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