第29話 領主の館と小さいメイドの話

「じゃあ、今度そのうち君の魔法についてじっくりご教授を願いするよロイス」


「ああ、それなら私も君の武術についてご指導を願いたいな?」


「ジョージさん、ギデさん…………二人とも俺よりベテランじゃないですか」



 冒険者ギルドを立ち去る時に二人の年上から教えを請われた。

 聞いた時は無茶ぶりをしてくるものだと思ったが、考えてみれば無理も話だ。


 未知の流派の武術、この世界の技術体系と異なる魔法。

 知ってしまえば、その道の人間なら興味を持つのは当然。

 むしろ、その道が長いからこそ未知の技術には好奇心を刺激されるのだろう。


 いい加減に使い慣れた(他の武器を使うとルクスが不貞腐れるから)聖剣以外の技術も慣れておく必要はある。

 装備を手に取れば慣れなど気にせずに技を使えるが、必要な時に必要な装備を選択するのは慣れが必要だ。

 特に戦闘中は。



「わかりました。いずれ訓練に付き合いますから」


「頼むよロイス」



 馴染みの顔ぶれに挨拶を済ませた俺はアイーダを連れて屋敷に戻ることにした。






***






「にぃ!お帰りロイスおにーさん!」


「ただいまユウ。ちゃんとお掃除できたか?」


「ばっちり!」



 領主の館に戻った俺を元気よく出迎えた声は、メイド服を着た小さな少女。

 青い髪に猫耳が生えた獣人のユウだ。



「あのね!ボク言われた通りお掃除と、あとお庭の花に水あげたよ!」


「えらい!よくできた!」



 わしゃわしゃわしゃとユウの頭を撫でる。

 少し猫耳が潰れるくらいガシガシと撫でる方が好みらしいと最近は理解できるようになった。



「にははっ!ねえボクちゃんとメイドさんできてるかな?」


「ああ、ちゃんとできてる。えらいぞユウ!なあアイーダ?」


「はい。メイド長スタンプを進呈しましょう。ポンっと」


「やったぁーっ♪」



 王都裏町でギャングの一斉摘発と浮浪者の雇用。

 これらによって王都裏町の住民は綺麗さっぱりいなくなり、監獄かエンドヴィルに集まることになった。

 その為、裏町の教会は役目を終えて、シスターアリスはこちらに来ることになったわけだ。


 そうなると教会で生活の世話になっていたユウのこの先も考えなければならない。

 親も無く、働ける歳でもないユウを開拓地に連れて行くのは問題がある。

 人手は必要だが、子供は人手に数えるわけにはいかない。

 だからと言って放置はもっと悪手だろう。

 

 ユウに限らず裏町には多くの孤児が住んでおり、ギャングや教会、浮浪者のコミュニティの庇護でかろうじて生活している。

 裏町を一掃し、教会も実質手を引いた状態で子供たちを放置すれば将来的な禍根になるのは火を見るより明らかだ。


 アルーシャ、アイーダ、アリスと協議した結果、俺たちはこの裏町の子供たちを将来の労働力として投資することにした。

 エンドヴィルに孤児院兼学校を作るという結論になったのだ。

 より厳密に言うと、この領主の館の半分を子供たちの生活スペース兼学校として開放することにした。

 元より俺たちの生活の世話などアイーダ一人で事足りるし、三人で生活するには館は広すぎるくらいだ。空きスペースは余っている。

 この館に裏町の子供たちを可能な限り集め、生活と教育を提供し、将来の労働力として育成する。

 それが俺たちの考えた将来への投資であり、子供たちの救済だ。



「にはは、大きいお屋敷の掃除って大変だけど気持ちいいね!働けばご飯もお金も貰えるし最高だよ!」


「それが労働というものです。ユウさんは働き者ですね。メイド長スタンプを追加しましょう」



 メイド長スタンプなるものがどんなシステムか領主である俺も知らないが、アイーダは意外と子供好きであり、熱心に子供たちの指導に関わっている。

 特に熱心に俺や屋敷のメイドの手伝いに参加するユウは目に入れても痛くない可愛がりっぷりである。



「みんなもね!ここに来て最初は戸惑ってたけど、ちゃんとご飯もお金もくれるし、あったかいベッドで寝れるからロイス好きだって!」


「そっかぁ……よかったぁ……」



 裏町の子供たちも大半は生きることが最優先と考え、俺たちの計画に賛同してくれた。

 子供たちとも一人一人面談をして、王都への残留を希望する子供には王都での仕事の斡旋や、教会施設の支援などを取り付けて残らせた。

 そして俺たちの考えに賛同してくれた子供たちが今こうして館で生活をしている。

 その中には当然ユウも含まれ、彼女はこうして館でメイド見習いとして働いている。

 もちろん労働するのは自ら希望した子供たちだけであり、ほとんどは館の半分を使った学校で教育を受けているというわけだ。



「あのねあのね!ルカちゃんはお勉強できるの楽しいって!それにニーナちゃんはお料理の勉強するんだって!コウくんはロイスおにーさんみたいになるって剣の練習してる!」


「そっかそっか。みんなやりたいことがあったら何でも言うんだぞ」



 うう、なんだか子供たちが夢を見つけて励んでいるというのは胸にくるものがある。

 俺自身、どちらかというと自分のやりたいことに対して周囲は否定的だったのもあって子供の夢はできるだけ応援してやりたい。

 それが将来、このエンドヴィルであっても外に出て行ったとしても子供たちの糧になってくれるなら言うことは無い。



「ユウさんは何かしたいことはありませんか?何でも遠慮なく仰ってくださいね」


「ボクのやりたいこと?あるよ?」


「へえ、ユウのやりたいことか。それは興味あるな」



 ユウとはアーティファクトの腕輪を手に入れてから精神汚染ぜんせのきおくで恋愛感情が芽生えてしまってしばらくは大変だった。

 だが最近は感情をコントロールし、「女の子」ではなく「子供」として、「男性」ではなく「父性」として振舞うことで何とか抑えている。

 いや、あまり抑えられてないかもしれない。アルーシャには「まるで親馬鹿ですね」とよく言われているくらいだし。


(まあ親馬鹿くらいでちょうどいいだろう。ユウは子供なんだから女の子として見るのは良くない。うん)









「ボクね!ロイスおにーさんのお嫁さんになりたい!」


「なるほど。貴族ともなれば側室は付き物ですからね。メイドとして良い心がけです。メイド長スタンプを……」


「アイーダ!? アイーダさん!?そこは止めようよ大人として!?」



 爆弾発言であった。

 やめてくれ。俺の理性の壁を壊そうとしないでくれ。ユウ、恐ろしい子。

 と言うかアイーダはどうも俺に側室をやたら勧めてくるような気がするのだが気のせいだろうか?



「しかしですねえ。メイドともなれば将来的には夜伽も考慮を……」


「しないでいい!そういう業務は教えないでいい!」


「にい……よとぎ?」


「ユウはまだ知らないでいいっ!」



 いかん、駄目だ。なぜ俺が意識しないようにしているのに周囲が外堀を埋めようとしてくるのか。

 意識すると嫌が応にも思い出してしまう前世の記憶。

 天狼拳という武術を使う拳の勇者の思い出。


 思い出の中のユウそっくりな女性・・はスラリとした長身で、細いウェストに反してたわわに膨らんだ胸。なにより年上の色気と武闘家特有の健康的な色気の同居した綺麗な年上の女性だった。

 それでいて青い髪と猫耳はユウと瓜二つであり、まだ幼いユウが成長すればこうなるだろうと確信できる。

 記憶の中の俺にとっては姉同然の人であり、初恋の人でもあり……



「ああああああっ!はいやめ!この話しゅうりょう!!閉廷!」


「仕方ありませんね。ユウさん、この話は後日……」


「だからやめようって!?」


「にぃ、また今度ねー」


「ユウっ!?」


「ではユウさん、お掃除に戻ってください」


「はーい」


「ねえ、二人とも!?」



 おかしい。俺は領主だ。誰がなんと言おうと領主だ。

 なのにこの土地での俺のヒエラルキー……低すぎないか?

 仲良く去って行く二人を見ながら、そう思わずにはいられない。

 ロイス・フォン・レーベン伯だった。



「…………何をしているんですか、ロイス?」


「ああ……とっても疲れたんだ。頼む、癒してくれアルーシャ」


「はいはい。それでは執務室でお茶でも飲みながら休憩しましょう」



 屋敷の中でぐったりする伯爵領主を通りかかった婚約者が慰める。

 英雄と王女とはとても言えないやりとりだが、ロイスは幸せだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る