第二節 無名と有名、二人の英雄

武術大会

 アレスティア王国の北東部、魔の森に隣接するリカルド辺境伯領、その領都は活気に沸いていた。

 理由は二つ存在する、一つはつい最近まで魔の森にて発生していた問題が解決されたこと、もう一つはそれを祝って領主が祭りを開いたからだ。


 そして浮ついた雰囲気に満ちた領都の中を、深くフードを被った一人の少年が歩いていた。


「ここが領都……あのガルドっていう神父。メイシス派なんていう明らかヤバそうな派閥なのに、正直に教えてくれてたのか……あの子を売ったんじゃないかって疑って悪い事をした」

「コケー」


 その少年の腰には大きな得物……所謂太刀を佩いており、明らかに一般人ではなかった。そして彼は情報収集がてら、耳に青いオーラのような物を纏わせ・・・耳をそばだてる。


「……武術大会。賞金:金貨五枚……師匠が残してくれたお金は全部使えなかったから、ちょうどいいな。そう思うだろう?ヨナ」


 そう呟いた少年の言葉に、彼に抱かれ、青いペンダントを突く一匹のニワトリ・・・・が「ココッ!」と返事をした。


「お前もそう思うか?」

「コケ!」

「じゃあ申し込みに行くぞ」

「ココッ!」


 そう言って少年は先程よりも歩調を早める。

 そして、歩調を早めたことによって生じた風でフードが揺れ……白雪のような純白の頭髪・・・・・と、まるで蒼穹のような碧眼・・がのぞいた。


     §


『それではリカルド辺境伯主催!武闘大会を開催します!』


「うぉおおおおお!!」と司会の宣言に観客が沸いた。

 ここは普段は剣闘士が戦う場所……いわゆるローマのコロッセオに酷似した建造物、その中である。

 そして観衆の大歓声による地響きを、選手控え室にて感じている少年がいた。


「そろそろか……何でもありならまだしも今回は武の勝負。十分に勝機はある」

「コ!」

「じゃあ行ってくる。いい子にしてるんだぞ?」

「ココ!」


 そう言って白髪の少年は傍に立て掛けていた長大な得物……太刀を手に取り舞台に足を向ける。

 だんだんと近づいてくる入り口。眩い光が漏れ出すそこからは、なんらかの魔法または魔術……おそらく基本4属性の一つである風属性だろうが、それによって拡声器を使ったかの様に大きくなった声が聞こえてくる。


『第一試合。その一人目はこの度魔の森で起きたスタンピード・・・・・・。それを見事止めて見せた天翼騎士所属、ライン・リルヴァだぁあ!!』


「うぉおお!」という観客の歓声。それを一身に受ける白銀の鎧を纏った騎士が舞台上に上がる。


『そしてその対戦相手はまさかの魔の森近郊出身!野生の剣士!!実戦で鍛え上げたその剣は騎士ラインにとどくのかぁああ!?』


 自分の紹介文を聞いて上手く言い換えたな、と苦笑しながら彼は……は舞台に上がった。

 ちなみにレイモンドは自己紹介データとして「魔の森の近くに住んでた」としか言っていないのだが、それをかっこよく言い換えるのが司会の役目なのだろう。


 そしてレイモンド、もといレイが舞台に上がり対戦相手を向き合うと、彼が話しかけてきた。


「君が私の相手か……悪いことは言わない。棄権しなさい」

「……なぜ?」

「そんなの決まっているじゃ無いか。騎士である私と、ただの田舎で剣を振っていただけの子供……結果なんて見えている」


 実に傲慢なその言葉。けれども彼が所属するという天翼騎士団とは、このアルティア王国においてトップに位置する騎士団。当然そこに所属するこの男も王国の中で最上位に位置する騎士となり……そうなるとこの言葉も相手を気遣っての事とも言えるのかもしれない。

 だが、そんな事は知らないレインは瞭然と言い返す。


「だからと言って棄権する必要はないだろう?」

「まだわからないのか?怪我したくなければ危険しろと言っているのだよ」

「断る」


「だから……」とさらに言い募ろうとした彼の言葉は司会の「双方位置について」という言葉に邪魔をされる。そして彼は、自分の言うことを聞かないレインのことを忌々しそうに睨み「怪我しても知らないぞ」と吐き捨てていった。


(なんというか小物感が凄かったな。いや、足運びからただものじゃ無いことはわかるんだけれど……前世でいうカマセキャラっぽさが滲み出ていたというか)


 そんな事を思いながらレインは数歩後ろに下がり、太刀を抜き放つ。

 そして、陽光を反射する白刃を斜めに構え、一度目を瞑り――


「我が剣は、誓いと復讐の為に」


 一言。

 再び開いた彼の目には一切の雑念はなく、純粋なる闘志があった。


『それでは試合……開始!』


     §


 金糸を紡いだかの様な見事な金髪をフードで隠した一人の少年がいた。

 そして彼は隣に座る青みのかかった銀髪を揺らし、気怠げにしている少年に話しかけた。


「フィン。ライン先輩の試合。もっとしっかり見ないでいいのかい?」

「……別に、あの人僕より弱いし。興味ない」

「ははっ!確かにその通りだ」

「ルークこそよく真面目にできるね」

「これが処世術というものだよ。貴族たる者このくらいは出来ないとね」

「じゃいいや。僕は騎士になる予定だし」

「いや、騎士にも必要だよ?」

「うげぇ……」


 この時二人は試合に大した興味を抱いていなかった。一応今回インターンシップの一環として付いてきた天翼騎士団第4隊。その隊員が出るという事だから見に来ただけ……あと、実はルークが秘密でフィンをエントリーしていたりするのだが、それはまだ秘密だ。


『――騎士ラインにとどくのかぁああ!?』


「おっ、対戦相手が出てきたよ。白髪とは珍しいね」

「んー。そだね」


 興味がない故に対戦相手のことなど特に意識して見ることはなかった。ただ白髪が珍しく目に留まっただけ。ただそれだけのこと。


『試合……開始!』


 だから


 ――ゾワリ


 二人は驚愕した。


 その粟立つ感覚に。


 そこに突如現れた――化け物同族の存在に。


     §


『試合……開始!』


 その挨拶と同時に二人はある行動をした。

 それは――


「「まとい」」


 ――闘術という物だった。


 闘術……それは魔力・・を使って魔法・・を行使するこのファンタジー世界におけるもう一つの力『闘気・・』を使用して行使する技術の総称。

 そして闘気というものは人族全てが保有している力であり、個々人でそれぞれ違う色を持つという特徴がある。また、闘気は主に何かを強化するために使われる。


 そう、例えば――


「「身体強化」」


 ――の様に。


 今発動した二つの闘術。その前者によってそれぞれレイが紺碧の、ラインが橙の闘気を武器と武具に纏わせ強化した。

 続いて後者の術で闘気を身体に行き渡らせ、身体能力を強化する。

 これにて戦いの準備は終わり。であれば次の瞬間


 ガキィン!


 ――激突する。


 ほぼ同時の踏み込み、いやレイの方がやや速い。通常鍔迫り合いにおいて勢いが乗っているということは大きなアドバンテージとなる。けれどもそこは現役の騎士。多少の不利など関係ないと言わんばかりに、レイの太刀を押し返す。


 そこでレイは踏ん張るのではなく一気に脱力――上手く敵の力を受け流しながらスウェーで剣を躱す。そしてそのままの勢いで逆袈裟に切り上げるも、ラインが全力で後ろに飛び回避された。その結果二人はまた離れ、試合開始時と同じ様にそれぞれ構え直す。


 そして


『『『うぉぉぉ!!!』』』


 その息も吐かせぬ一瞬の攻防に観客のボルテージがブチ上がり、大歓声が注ぐ。


(思ったより強い。曖昧だけど天翼騎士団は、なんかすごい所だっていう記憶がある……それならまぁ納得だ)


 そしてレイはこの攻防で相手の実力をあらかた把握し。


(この子供思っていたよりもやる……いや、そんな物じゃない。もう既に現役の騎士レベル。しかも得体の知れない悪寒を感じるほどの何かを持っている。まさかこんなところにも天才がいるだなんて……くそ。子供のくせに一体どうなってるんだこの世代は)


 ラインはその実力に驚愕し、自分より一回り小さい子供が持つその才能に苛立ちを見せる

 そして――


(強い。だけど師匠やアレ程じゃない。今の俺なら十分に勝てる。……だから、悪いけど負けてくれ。アレを殺すにはあんた程度軽く超えていかなきゃならないんだ)


 ――レイは自分のスイッチを切り替えた。

 意識を様子見から勝負を決めるための物へと。


 レイが一歩踏み出し――次の瞬間ラインの目の前まで距離を詰めていた。


 歩法――幽霧


 目の錯覚を利用した特殊な歩法。それによって両者の間の存在した距離を一息で喰い潰す。


「シィ――!」

「ぐ、ぬぅ!?」


 そこから始まる怒涛のの攻撃。その苛烈さにラインも守りに入らざるを得ず、一方的にレイが攻め立てる構図が成立する。


「ハ、ア゛!」


 ガキィン!とまたラインの守りを崩し、さらに一歩敗北へと追い詰める。

 一方的な試合展開。多くの、この試合しか見た事がない人間が見ればラインはそこらの野良剣士に押されている情け無い騎士、という認識になるだろう。だが、ラインを元から知る者から見ればレイこそが異常であると感じる。

 本来ラインは剛剣の使い手だ。生まれ持っての優れた身体能力に闘気を上乗せさせた臂力をもって敵を叩き潰す。典型的な攻め・・を得意とする騎士である。だからこそ、自分が受けに回れば弱いことなど誰よりも知っているし、それ故に受けから攻めへの主導権奪取の訓練も積み、自身の弱点克服を行なっている。故に生半可な実力では彼に受けを強要し続けることはできない。

 にも関わらず、だ。レイは初手を奪い、有利をとってから数十合。ここまでただの一度もラインに反撃を許していない。常にラインが苦手とする受けを強要している。


「ク、ソォオ!」


 それがラインは気に入らない。戦いが始まってから終始相手に主導権を握られているというストレス。国内トップクラスの実力を持っているにも関わらず弱点・・を強制され続ける屈辱。そして何よりも、反撃に移ろうとしてもその悉くを潰されるのだ。

 どこまでも冷徹に、計算高く、正確に、ライン反撃の芽を潰して来るのだ。まるで詰将棋のように、少しずつ追い込まれて行く。


 それをレイは当たり前のようにこなす。


 そのレイが今、この戦いの中、思い出すのは全てを失い、その心一つだけとなった自分に全てを与えてくれた師の言葉。


『戦いに感情はいらない。ただただ冷徹に、淡々と最善手を打ち続け有利を持て。そして敵を圧し……征圧せよ』


 だからこそレイは眼を開く。


(右、左、斜め左、右、右、右、上……カウンターの芽、潰す)


 視界に移る情報、その全てを、ただの一欠片も見逃してなるものかと眼を見開き集中する。

 敵の動きを、その熾りを見、動きを予測し、無数に浮かび上がる選択肢、その中から敵の動きを封じかつ追い詰め得る最善手を選択し続ける。そんな、常人には成し得ない事をレイはする。


(ライン、さん。あなたは強い。俺はと戦った経験はほぼないに等しい。だけど、それでもあなたが強いことは分かる。……でも、だからこそ嬉しいよ。まだ俺には成長する余地がある事がわかった。あなたで隊員なら、その隊長は?騎士団長は?英雄は?同じ人間。その人たちが居るのであればまだまだ俺だって強くなれる。アレに近づける。アレの命に届き得る。……それをあなたは教えてくれた。だから敬意を持って――全力で仕留めさせてもらう)


「――ッ!?」


 ギアが上がる。また一つ、いや二つラインを敗北に追い詰めた。


 それを実感し、レイはその端正な顔に暗い嗤いの表情を浮かべた。


     §


 レイが天翼騎士団の騎士……通称白翼の騎士を圧倒するその姿を、試合開始前とは打って変わって真剣に見つめる二人の少年がいた。


「彼、凄いね。空間の掌握が上手い」

「……特にあの目が凄い」


 試合に集中する二人。その隣に座る白銀の鎧を着た騎士……ラインの同僚が二人にの言葉を受けて呟く。


「確かにあの視野の広さは凄いな……一体どこにあんなのが埋もれていたんだか」

「……そうじゃない」

「ん?何か言ったか?」

「何でもない」


 そう言って彼、フィンはまた目の前の戦いに眼を向けてしまう。

 そんな彼の代わりに、まだ周りをみる余裕があるルークが代わりに話を繋ぐ。


「彼勝てると思いますか?」

「……どうだろうな。如何にラインがとしていようともあいつは白翼の騎士だ」

「先輩は、ライン先輩が勝つ、と」

「ああ、そうだな。くだらん事に嫉妬したり気が短かったりとする奴だが、実力は本物だ」

「そうですか……俺はそうは思わないですけれど」


「ほう?」和を重視するルークにしては珍しく反論してきた事に珍しさを感じつつも、その先を促す。


「おそらく、何もさせてもらえずに負けますよ」

「いや、あいつだって切り札の一つや二つ……」


 そう言おうとした時、一際大きな歓声が上がる。そして何事かと思い、其方を見れば白髪の剣士の動きがさらに上がり、彼の同僚が今にも負けそうになっていた。


「ほら、ね」


 それを見て金の睛を満足げに細め、彼はそう呟いた。


     §


 ラインの体勢が大きく崩れ、試合が始まってからようやく見せた大きな隙。それを見逃すようなレイでは無く。


(ようやく出したな……このまま決める!)


 一層その攻撃は激しさを増し彼に襲いかかる。それによってさらに追い詰められ、修正不可能なほどにまで態勢を崩された。そして


 剣技――


飛燕ひえん


 優速の剣。速剣がライン、その掌に迫り――


「あっ」


 キィン……


 剣を弾いた。

 そして、すかさずその無防備となった首に刀を突きつけ


『しょ、勝者!レイモンド・レインスター!!!』


「「「うぉぉぉおおお!!!」」」


 まさかの勝利。野良の剣士が、まだ15の少年が、魔法なしの純粋な武術比べとはいえ、一回り上の王国最上位層に位置する騎士を打ち破るという大どんでん返し。その事実に観客たちが湧き上がる。


「……あなたとの試合は楽しかったです。ありがとうございました」


 観客の盛り上がりを他所に、レイは項垂れる敗者ラインに静かに声をかけ、踵を返して去っていく、その途中で――


「スキル【炎王の牙】発動……「■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■」」


 背に奔った危険信号を受け振り返ると、そこには何か・・を呟き終わり両の手に蒼の炎を灯した男の姿が。


「楽しかった?ふざけるなよ!このクソガキガァああ!!」


 その咆哮と同時、彼の感情に呼応するようにして燃え上がった魔術・・が発動する。


「【青碧の零セレストノート】!!」


 炎というものは熱の塊だ。そして、実体というものを持つ限り、行き過ぎた熱が致命的な弱点になる事は、無機物も有機物も変わらない。そこに、1400℃という圧倒的熱量を持つ赤の炎を超え1800℃という膨大な熱を持つ蒼炎がそこに顕現した。


 そんな破壊の化身が、塊となり、一つの蒼い道を創るかのように刀を納め無防備となったレインに迫りくる。


 そして、その蒼く揺らめく津波はレインに瞬く間に接近し――


「スキル■■―■■■大太刀」


 衝突した。


     §


「不味い!」


 ルークは隣でそう叫んだ騎士よりも早く、立ち上がり対処しようとする。

 ラインが先ほど起動したスキル【炎王の牙】は、自身の火の魔法に大幅な補正……バフをかけるスキルだ。

 それゆえに、ただでさえ危険なレベル8、上から三つ目の高位魔法【青碧の零】がさらに凶悪化し勝者レイモンドに、いや、彼を超えて観客すらをも燃やしかねない物となり、放たれた事になる。

 当然、民を守る事を旨としている騎士としてそんなことは看過できないし、何よりあのような才能をここで失うのはあまりにも惜しかった。

 だからこそ、ルーク以外にも、正規の騎士たちが介入しようとして――


「大丈夫」


 銀の少年フィンの言葉を聞いて動きを止めた。


「僕のスキルがそう言ってる」


 その蒼い目が宿す確信は――


「アレは……大太刀、か?」


 ルーク達が、太刀よりも更に長大な得物を振り抜いた形で止まるレイの姿を見たことで現実となる。


「多分、スキル。しかも珍しい――」

「具現系……」


 白髪の剣士が握るその刀は、刀身から柄までその全てがのように透き通った蒼をした美しい姿をしていた。

 そしてその武器の美しさに見惚れ……大事な事達に目がいっていなかった彼らは、自分最高の魔法をあっさりと防がれた事で放心していたラインをレイが制圧するまで動く事を忘れてしまうのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なんか無双ムーブかましてますがそんな事ないです。

金髪銀髪少年強いですし、ライン君は本来魔術師ですから。

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