寝坊

「おはよー」

「おはよう」

「今日だね」

「今日だな」

「「行商の日!」」


 辺境、しかしながらまだ発展途上の開拓村。それ故に物はいつも不足している。農具、苗、建築資材、食料、全てがまだ足りていない。だから、と言っていいのか此処には定期的に行商がやって来る。比較的高い頻度で。まぁ、教会がある、というのも一助を買っているが。


「どのくらいになるかな」

「結構貰えるんじゃない?」

「アルも一緒に三人で頑張ったもんね」


 行商、来るのは商人。勿論買うのが主体であるが、物を買って行ってくれることもある。基本、孤児院で作った物はそのまま運営費に回されるが、個人的に、こっそり作った物は目溢しされ、子供たちのちょっとしたお小遣いになる。

 そして、今回作ったのは紙。と言ってもパピルス紙であるが。植物を潰して固めただけのお手軽製法。子供でも作れるので前世知識からレインが思いついたのだ。


「でもレインよく知ってたね。紙の作り方なんて」

「まあ、一応文系だったから」

「ぶんけい?」

「旅の人から聞いたって意味」


 パピルス紙といえばエジプト。エジプトと言えば歴史。歴史と言えば文系。そういう事である。


「うーん。これはまた珍しい。羊皮紙じゃあ無いとは」

 

 いざ、帰ってきたアルを含めて三人で行商に突貫。束になったパピルス紙を渡してみた。

 それを受け取った行商人。羊皮紙じゃ無いのは珍しい。けれども無いわけでも無い、がやはり作ったのは子供。おそらく製法も人伝に聞いたのだろう。材料すら間違っている感じがある。もし、これがパンであればこんなもの買えるか!そう叩き返してもいいくらい。辛うじて紙の体をなしているだけ。

 けれども――


「銀貨3枚でどうだい?」


 およそ1500円ほど。たった数枚の紙が化ける。


「ありがとうございます!」


 物の価格は需要と供給。この時代、世界において紙は常に不足している。質は恐ろしく悪いが下級貴族であれば欲しがるだろう。そう、思っての価格付け。

 その価格に三人は狂喜する。特に、転生組二人はこの世界の生活水準はかなり辛かった。そんな中でのこれ。喜ばないはずがない。


「じゃあ一人一枚。おけ?」

「オッケー」

「うん」

 

 早速三人で分ける。そしたら直ぐにアルは飛び出して行った。何か欲しいものがあったのだろう。木剣とか、お菓子とか、木剣とか。木剣とか。買えるかは不明だが。


「アル、行っちゃったね」

「なんか最近そそっかしさが増した気がするの。なんでかしら?」

「男の子だから。仕方ない」

「仕方ないの?」

「男には、中2でかかる病気があるんだよ」

「ふーん。あ、レインあれ見に行こっ」

 

 二人も駆けていく。肩を並べ、距離は近く、されど触れはしない。そんな甘く焦ったい空気を共有して。


 §


「レインにいちゃんそれ買ったの!?」

「いいだろ?」

「うん!僕にもちょーだい」

「ちょっとだけだぞ?」

 

 農作業がひと段落、物陰にてレインは弟分と一緒に焼き菓子を食べる。まぁ分けるのはちょっとだけ、だが。砂糖がない為そこまで甘くはないがそれでも貴重なのだ。レインにとっては久方ぶりの甘味。いくら弟分とは言え沢山分けられるほどレインの心は大きくない。

 そこに


「レーイン。何やってるの?」

「ん゛ん………昨日、買ったお菓子を、な?」

「ふーん。そっかぁ。レインは私を除け者にしちゃうんだぁ。へぇ」

「いや、違うんだよ。別に除け者にしようとかじゃなくてな――」

 

 一緒に物を作り、稼いだお金で買ったお菓子。それを自分以外と一緒に食べる。そこに何故か引っ掛かりを覚えたフィーネはちょっとばかり責める。

 それをレインもしっかり自覚し焦るものだから、フィーネとしても堪らない。それはつまり自分が大切にされている、そういう事だから。

 だから、まぁ、このくらいで許してやろう。


「んー。レインが一人で食べるならこれ、私一人で食べちゃおうかなー」

「申し訳ありません。是非、ご相伴に預かりたいです」

 

 フィーネが持つ袋。そこから漂う香りにレインは抗えなかった。だって美味しそうなんだもの。


「じゃ、いいよ。一緒に食べよ」


 レインの横に座り、その袋を開ける。その瞬間をレインも、ついでに弟分も喉を鳴らし見つめていた。

 そして中から出てきたのは明らかに甘い匂いを漂わせた――


「これ、もしかして、砂糖使ってる?」

「せいかい!この白いのお砂糖なんだって!」

「わぁぁ!いいなぁ!」

「ゴクリ……」


 砂糖。前世以来ほぼ口にしていない究極の甘味。その存在にレインの口内は涎で満ちる。


「じゃあ1人一個ずつね。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとう!」


 それぞれ一つずつ、計3個を受け取りいざ食す。その瞬間――


「あっ――!」


 ポロリ。手から滑り落ちたそれはそのまま泥の中へ。


「あああ――!」


 沈んだ。土であられば良かったが、こうなってはもう食べられない。


「ルカやっちゃったかー」

「あ、ど、どうしよう。ひろえばたべられるかな!?」

「ダメ。あんなの食べたら命に関わるわ」

「そんな……」


 しょうが無い。自分は今、10歳。ルカはそれより幼い8歳なのだ。物を落とす事はある。ただそのタイミングが最悪だっただけで。

 その、最悪を引き当ててしまい打ちひしがれるルカ。それを見たレインはちょっとだけお兄さんをして見ようと思った。


「ルカ。これ、食べるか?」

「え!?」

「え、いいの!?」

「ああ、いいよ」

「ありがとう!」

 

 パシッと、遠慮なく貰っていくルカ。遠慮なさ過ぎではなかろうか。レインちょっと後悔する。


「良かったの?」

「ん。まぁ、惜しいけど、すっごく惜しいけど。いいよ」

 

(砂糖なら前世で沢山食べてるし、ね。ここは譲るのが大人でしょ)


「そっか。……レインは優しいね」

「そんな事ないよ」

「そんな事あるレインには、はい。あげる」


 フィーネがレインの手に握らせたのは半分になったお菓子。勿論その出どころはフィーネの分のお菓子である。これにはレインもびっくり。直ぐに確認する。本当にいいのか?と。


「いいのか?」

「いいの。私はレインに、レインと食べたいの」

「そっか。ありがとう」


 遠慮なく。くれると言うのだ。であれば有り難く頂くのが礼儀という物。有り難く、というところがミソである。決してパシッと奪っていくのは礼儀とは言わない。

 パクリ。口に放り込めば広がる香りと脳を痺れさせる甘さ。まさかこの世界でこうも美味しいものが食べられるとは。そうレインは思う。


「おいしいね」

「おいしいな」

「あまいね」

「あまいな。本当に」


 2人は顔を合わせて笑う。今日も、幸せを共有して。


 そんな、幸せの記憶。


 

 §    §    §         



「――ッ!はぁ、はぁ………」


 辺りを見渡す。目に入るのは記憶と寸分変わらぬ自室。


「ゆめ、か」

「ココ!」

「どうし、た――」


 ニワトリ、ヨナの嘴が指し示す先には窓が。そしてそこから見える外には日が上り、明るくなった街が――


「寝坊!!」


 レイは走った。

 決して遅れてはならぬと。

 1人の人間としてそんな事はできぬと。

 何より


「俺は、まだ、しね、ない」


 気分次第で殺されても文句は言えぬ相手。そんな存在を待たせることなど出来ぬと。走った。

 そして


「ほう、ちょうどに到着とは。どこかで見ていたのか?」

「え、ええ。……多分、このくらいの時間だと思って」

「そうか。乗れ。荷馬車だが我慢しろよ」

「はい」


 ぎり、間に合った。

 なお、後で小麦を忘れたことに気づきヨナに突っつき回されることになるのは余談である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

レインハルトとアルバートが転生したのは9歳。その後およそ一年ってとこ。

現在はもう直ぐ16歳。

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対の英雄〜相反する二人の英雄譚〜【リメイク】 晶洞 晶 @idukisouma

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