勧誘

お久しぶりです。

ワクチン&風邪&疲労でダウンした為、不本意ながらできた時間を使って書きました。

大分、と言うかかなり、名前を中心に変わっているのでご注意を。出来れば前話から読むのをお勧めします。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うちのバカがすまなかった」


 白髪の少年剣士ことレイモンド・レインスターは大変恐縮していた。


「いや、気にしてないので頭を上げてください。本当に」


「しかし勝負が決まった後に不意打ちを仕掛け、さらには本来守るべき市民に向かって手を上げたのだ。このぐらいは当然というものだろう」


 今、目の前で頭を下げているのは天翼騎士団第四隊副隊長……アラスター・ヴァルディその人だ。

 前世の記憶が戻る前は開拓村という辺境にいて、記憶が戻った後も色々あって俗世から離れた生活をしていたため、常識に疎いレイですらこの状況はまずいことが分かる。簡単に言ってしまえば、前世の警察庁トップ……とまではいかないが、県警の副長が一市民に頭を下げているという状況だ。はっきり言ってあり得ない。正義の組織が非を認めるなんてことはないのだから。

 にも関わらず、だ。


「本当にすまなかった。お詫びとして、私たちに出来ることであればある程度は叶えよう」


 こうやって頭を下げてくるものだからレイも怒るに怒れない状況になっていた。


(お願い、かぁ。こういうのは受けない方が失礼になるんだろうけど、欲しいものが………あったわ、金だ)


 あのバカのせいで巻き添えをくらいレイは大会を途中棄権することになった為、賞金は勿論手に入っていない。そして、思ったより興奮してしまった戦いのせいで忘れていたが、切実に、ほんっとうにお金が欲しかったという事を思い出した。今日の食事すら危ういほどに。


「俺の要求を呑んでもらうことで手打ち、ということでいいんですよね?」

「ああ。その通りだ」

「では……優勝賞金と同額のお金が欲しいです」

「いや、それ以外ではないか?」

「え?」

「ん?」


 アラスターのまさかの支払い拒否にレインは首を傾げる。


(賞金って金貨五枚だろ?この程度の大会の賞金なんだから、この人でも払えると思ってたんだけど……実はとんでもない額だったのか?)


 だがすぐにアラスターの言葉がレインの勘違いを正す。


「ああ、違うぞ?金は元々同額渡すつもりだったのだ。あんなでも一応うちのラインが優勝候補というか、優勝する手筈だったからな。それを下した君にはそれを受け取る権利がある」

「そういうことですか……」


 そうなってくると話は変わる。レイが今欲しいものはお金であって正直それ以外の物はぱっとは思いつかないのだ。かと言って前述の通り断るのは失礼に当たる。故に断ることはできないのだが……さてどうしようか、とレイは悩む。


「では提案だが」

「すみません」


 仕方ないから追加で金を請求してお茶を濁すか、と思った時、ちょうど同時に部屋の脇に立ち静観を決め込んでいた1人の女傑と少年が同時に声を上げた。


「ん?ゼスティ。お前が声を上げるとは珍しいな」

「……いえ。少し、興味があっただけです。大したことではないのでお先にどうぞ。エヴァンズ隊長」

「そうか。では先に用を済まさせてもらおう」


 金髪の少年、ルークに先を譲られた女傑、エスメラルダ・エヴァンズはアラスターの前に出てレイの目の前に立つ。そして


「君は力が欲しいか」


 唐突に問うた。


「……はい?」


 唐突。あまりにも唐突過ぎてその意図は掴めない。意味不明。であれば変なことは言わず無難な返事を返すが上策。そう瞬時に判断したレイはとりあえず首肯を返した。


「で、あればどうだ。学校に来るつもりはないか。我らが誇るアレスティア騎士学校に」

「それは――ッ!?」

 

 アレスティア騎士学校。それに興味を抱くよりも前に、ルークが動揺し叫び声を上げた。それを見たエヴァンズは


「ふ、どうしたゼスティ。何か問題でも?」

「……いえ、何も問題ありません」

「そうだよなぁ。あそこは身分や宗派の差別は行わないし、中途入学も推薦があれば可能。――推薦が、な」


 ニヤリ、と笑いながらそう言った。

 

「どうだ。私が言うのもなんだが国内、世界でもトップクラスの教師、生徒が集う学校。いや、英雄育成機関だ。国内で英雄と言われる天翼の騎士、その全てがここ出身。教育の質は保証するぞ?」


 それは極上の誘い。この国の英雄たる彼女直々のスカウトなど普通はありえない。事実アラスターは目を丸くし、ルークは予想していなかった横槍を苦々しく思う。

 そしてそれは、レイにとっても同じ。この誘い、その意味に震える。


(中途入学には推薦が必要。そう、推薦が必要と言った。彼女が俺を推薦する。それはつまり彼女が俺の後ろ盾になるのと同義。もとより自分の力だけじゃ無理があった。でも、これなら――)


「よろしくお願いします。エヴァンズ様」

「いいだろう。では、お前の推薦を私とゼスティの連名で行っておく。出発は……三日後だ。荷物を纏めて三日後の朝、門に来い」

「承知しました」

「ではな。また会おう」


 そう言って女傑は去り、二人も消えた。


「コ、ケ」

「どこに隠れてたんだ?ほら帰ろう」


 そしてレイはいつも通りに平静で、宿を取り諸々荷造りも済ませた。出発は三日後なのに。んでもって、貰ったお金で美味しいご飯も食べた。


「コ?」

「浮かれてなんかないぞ。うん。全然。……ワイン飲んでみようかな」


 めちゃ浮かれていた。


  §


「なぜ、連名で?」


 そう、ルークは問う。国の英雄たる彼女ならば、一人の少年の推薦など容易い。それで無くとも、彼女の実家ならば余裕も余裕。なんたって自分が使おうとした力と同等の力を持つのだから。


「一応、貴様とは同派閥。であれば最初から分け合ったほうがいいだろう」

「そんな建前は聞いていないんですよ。こちらには俺と、フィン。そちらは貴方だけ。彼を取っても文句は言えなかった」

「おや、私の妹は枠外か。ちょっと厳しすぎやしない――わかった。答えよう」


 エヴァンズの揶揄い、それに対してルークは殺気で答えると流石に彼女も笑みを引っ込めた。


「私は邪魔が入るのを嫌った。それだけだよ」

「どう言うことです?」

「家に要請するのではない。天翼の騎士として推薦すると言っている」

「それは……嗚呼、確かに邪魔は入れられない。しかし、何故――」

「それを答える義理はない。そうだろう?」


 天上の問答。大国アレスティアの頂点に限りなく近い彼らは、今日も考える。自らの欲望を満たす方策を、自らの力を増す機会を、敵を、ライバルを沈める事を。虎視眈々と、駒を操り、増やし、削り、自らの願いを叶える為に。


 それが叶うか、潰えるか、それを握るは――


 §


「お貴族さん。どうだい何か買ってかないかい?」

「ん?俺は貴族じゃないけど?」


 取り敢えず生活に必要なものを揃える為市場に繰り出したレイ。そんな彼は何やら骨董品を扱っているらしき店主に声をかけられた。


「ああ、お忍びなんでございますね」

「いや、だから――」


 だから俺は孤児院出身、そう続けようとしたレイは聞く。驚きのことを。


「でしたらその、内彫りのペンダント。それはお隠しになったほうがいいかと。確か印珠いんじゅでしたか。それはお貴族様の証でしょう?」

「――ッ!?」


 その言葉にレイは目を見開き驚愕する。確かにこのペンダントは普通ではないと思っていた。サファイアの様に深い青、その中に白く流れ星が描かれている婉美な宝石。高価であろうと思ってはいたが、まさか貴族の証であろうとは。■■■からの貰い物が。


「知らなかったのですか?」

「……ああ。何も説明されずに持っておけ、と言われただけだった。高価だろうから戦闘の際はしまっていたんだけど……まさかそんな物だとは」

「そう言うことでしたか。では、仕舞っておいたほうがいいかと。お貴族様のだと知られれば余計なトラブルを招きますので」

「そうする……そこの本、これで買えるかな?」

「へい、まいど」


 ありがたい知識をくれた店主に礼として一冊本を買い、レイは歩き出す。ヨナにあげる小麦を求めて。

そして時は流れ、待ち合わせの日。レイは――寝坊した。

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