第一節 英雄の降誕

プロローグ

「う〜ん……眠い」


 朝、寝起きの俺は寝ぼけ眼であたりを見回し、一気に頭が冴える。


「……どこだ?ここ」


 俺の視界に入ってきたのは木の壁。壁紙が貼られておらず現代日本ではあり得ない部屋。

 何故こんなところにいるのかを思い出そうとして記憶を遡り


「ゔぉぇぇぇ」


 ――吐いた。


 なんで俺の知らない記憶がある!いや、しっている。でも知らない。どういうことだ!何で二つ・・の記憶が俺の中にあるんだ!

 俺は……僕は、自分おれ/ぼくはなんだ!?


 知らないはずの人生、まったく違う世界を生きる二つの記憶、それのせいで自分が誰なのか、どちらが自分なのか、そもそも自分とはなにか、全てがわからなくなり自分を構成する何かが壊れていく様な感覚と共に、自分の意識は暗転した。


      §


 あれから3日が経った。


 あの後俺は吐いたまま気絶していたらしく様子を見に来た院長が焦りに焦ったと聞いた。

 確かに吐いたまま気絶していたら普通に驚くと思うけれど、院長が焦ったのは俺ともう一人の男の子が2日前から高熱を出していたからみたいだ。


 そして俺の身に起きた事だが、俺は――異世界転生をした。

 俺は元々17歳だったはずなのに小学生くらいで、黒髪碧眼・・・・の体になっているし、俺が今住んでいる場所はまさかの孤児院だ。この時点で俺は転生したことを悟った。


 そして、俺のもう一つの記憶はこの体で元々生きていた奴の物みたいで……俺はこの事実を受け入れるまで俺は3日もかかってしまった。

 小説とかであっさり転生を受け入れる奴とかいるけどやっぱりあれはフィクションだと思う。

 実際に起きると頭が痛く狂いそうになる。あ、ちなみに主人格というのかな……俺の人格の基礎を成しているのは前世の記憶だ。

 やはり17年と11年の記憶だと前者が勝つらしい。それでも前世が勝ったとはいえ、別々に存在しているわけではなく前世を母体として融合した感じだ。

 これのおかげで俺はこんなにも早く立ち直れたんだと思う。もし、融合してくれなかったら軽くもう一ヶ月くらいは苦しんでいた可能性が高い。


 ガンガンガン


「朝食の時間か……昨日神父様が問題ないっていていたから食べに行くか」


 3日ぶりの他者と一緒に取る食事――楽しみだ。やっぱり一人は辛い。


 今生では知識チートでもして、楽に暮らそうかなーなんて考えながら食堂に入ると皆が俺に気づき声をかけてくれる。


「レイン大丈夫ー?」

「レイン兄ぃだぁ!」

「病気じゃなくてよかったな」

「うん。心配してくれてありがとう」


 やっぱり心配してくれる人がいるっていいね。

 そんな爺さんみたいな事を考えながら自分の席に着くと見計らったように一人の少女が隣に座った。


「レイン大丈夫だった?まだ悪いところとかない?あるんだったら休もう?私がお世話してあげるから」

「あー大丈夫だよ。心配させてごめんね。でもほら、顔色もいいし問題なさそうだろ?」

「……確かに大丈夫そうね。じゃあ食べさせてあげる。ほら、レインは病み上がりだしね」

「いっ!?だ、だいしょうぶだよ。自分で食べられるし。俺元気だよ!?」

「だーめ。レインが寝込んでる間なんにもできなかったから何かやりたいの」


 そう言って強引に俺の世話を焼こうとするこの美少女はフィーネ。俺がここに来た時から仲のいい幼馴染というやつだ。そして、俺の世話を焼きたがる癖がある。中身17の俺としては恥ずかしくてしょうがないのだが、それでも強く出られないのは……片思い中だからだ。……俺の勘違いでなければ両片思いだと思うけど。

 ちなみに俺が好きになったのではなく、僕が好きだったのを、俺が受け継いだ形だ。


「レインなんか雰囲気が変わった?」


 俺に満足のいくまで餌付けしていたフィーネが、胸元の蒼のペンダントを揺らし、俺の顔を覗き込んできた。そして、その鋭い指摘に俺の心臓が跳ねる。


「そう?自分じゃわかんないけど、変わったかなー?……もしかしたら熱の苦しみのせいで精神年齢があがったかも」


 それに対し、俺は内心の動揺を押し殺しながらできるだけ自然に返した。……熱の苦しみで成長するとはこれいかに?


「そっか……確かに大人っぽくなったかも。ますますかっこよくなってるし……ライモンドに近づいたんじゃない?」

「お、おう……ありがと……」


 いきなりの不意打ちに俺の顔は朱に染まる。


 そして自分の言葉で真っ赤になったレインを見て、何を言ったのかを遅れて理解し、マリアも真っ赤になる。


 ちなみにライモンドとは、僕が憧れていた英雄のことだ。なんでも、愛する女性のために地位も名誉も捨てた英雄のマイナーな逸話らしい。


 それはともかく、何とも言えない甘酸っぱい恋の空気になったこの空間を……ここで今青春が起きているなんて事はまったく知らない院長がぶち壊す。


「おーい!二人とも食べ終わったなら早く準備しろー!今日は収穫でいそがしいんだぞー!ほら、アルはもう行ったぞ!」

「はっはい。今すぐいきまーす」

「はい!準備します!」


 院長の言葉に二人がビクッと反応して急いで動き出すのだった。


「た、助かった」


「もうちょっとあのままでいたかったなぁ」


 それぞれの想いを溢しながら。


 §     §     §


「ううん……がっこう」


 僕は寝起きでだるい体を動かしベットから起き上がった。

 そして目に入ったのは全く見覚えのない部屋。


「………旅行に来てたっけ?」


 そう思い自分の記憶を探り

 気づく。


「なに?この記憶」


 自分とは全く違う人間の記憶。それが僕の記憶と共に存在していることに気づき……あまりのショックで僕は気を失った。


     §


 翌日僕はまだ昨日のショックを引きずって


「これって異世界転生だよね。じゃあ僕は主人公キャラ・・・ってこと!?」


 ――いなかった。


「やっった!これテンプレ通りならチートがあって、顔もイケメンで、モテモテの人生送れるってことでしょ。もし本当にそうなら前世の平凡な人生なんかより全然いいじゃん!まじ異世界転生さいっこう!」


 突然黒髪赤眼・・・・の別人の体で目覚めていたんだけど、意外と簡単に受け入れる事ができた。


 ガンガンガン


 これからの未来を妄想しにやけていた僕を引っ叩くかの様に突然フライパンを叩いた様な音がした。この音は朝食を知らせる音だ。これが鳴ったら急いで行かないと怒られてしまう。そんな、知らないはずの事を知っている感覚を少し気持ち悪く思いながら僕は食堂へ向かった。


 一体この先にはどんな世界が待っているんだろう、そんな期待に胸を膨らませながら僕は食堂への扉を開けた。そしてそれと同時に向けられる数々の視線。それに一瞬緊張してしまうけれどそれが好意的である事に気づき緊張は解ける。


「アル兄ぃが起きたー」

「アルバート大丈夫?」

「元気でよかったー」


 口々にそう話しかけてくる僕と同じ孤児たちに元気になった事を伝えながら進み自分の席に座る。


「もう大丈夫なの?」

「え?……あ、うん大丈夫」


 初めての食堂で少し緊張していた僕に不意打ち気味に声がかかった。

 それに、答えながら隣を見やるとそこにはひとりの赤髪黒眼の美少女がいた。

 ー学年に一人はいる可愛い女の子だ。

 前世では決してなかった状況にドギマギしながら僕は記憶の中から少女と一致する物を探し、すぐに見つかった。


「ひ、久しぶりだねフィーネ」

「久しぶりって……たった2日寝込んでただけでしょ」

「あはは……そうだね」


(思ったより当たりが強い気が。もう少し仲が良かったはずなんだけど……)


「アルどこかに頭でもぶつけたの?なんかおかしいわよ」

「……っ!!」


 何か怪しむ様に僕を見ながら放たれたフィーネの言葉に、僕はビクッと肩を震わせてしまう。


「そ、そんな事ないよ」

「……なんかあやしい」


 なんの根拠もない僕の言い訳にさらに疑念を深めるフィーネ。これはやばいと思い何とか話を逸せないかと思い視線を彷徨わせる。何かいい話題はないかと思いながら必死に頭を働かせているとまるで天の助けのようにマリアに「フィーネこっち手伝ってくれないー!」と声がかかった。


「いまいくー!……あ、そうだレインが起きてきたら教えてよ」


 フィーネはそう言い残して去っていった。その背中を見ながら有耶無耶になったことに安堵し「ふぅ〜」と力が抜ける。


「……レインって誰だろう?」


 そのレインという人を見つけるためにまた自分の記憶を探り――出てきた。


 レインハルト。僕の幼馴染でフィーネを含めた三人でよく遊んでいた。そして、僕の記憶からしておそらく両片思い。ナチュラルに恋人繋ぎとかハグとか色々やってる。


 つまりだ。テンプレの幼馴染とのラブコメはできないってことになる。それどころか自分がテンプレ主人公なのかどうかすら怪しくなってくる。

 そう思うと途端に不安が僕を支配した。僕はチートを持っていないのか?前世と同じで普通の人間なのか?命の価値が軽いこの世界で一般人として生きていくのか?次々と不安、不満が湧き出てくる。


 そしてその時、パニックに陥りかけていた僕の耳にある言葉が飛び込んできた。


「来週は素質鑑定の日だねー」


 素質鑑定―その言葉を聞いて僕の心は一旦落ち着いた。


(そうだ。素質鑑定が来週受けられる。僕がチートを持ってるかどうかはそこでわかる。うん。まだ僕は受けられないけど、3年後にはきっと……)


 自分に強く言い聞かせて僕は残りを食べ切り席を立つ。

 重心の定まらないまま僕は歩き、割り当てられた手伝いをするために庭へ向かった。


 §     §     §        



「紙ってこれで良いの?」

「多分……だよな。アル?」

「……これ、売れるのかなぁ?」


 §     §     §


「今度、一緒に踊らない?レイン」

「あ、うん。……喜んで」

 §     §     §


「やったー!」

「なんだろ、このスキル?」

「スキルないの俺だけか」


 §     §     §


「なんで、こんな所に――が」


 §     §     §


「レイン、逃げて」

「――ッ!」


 § § §


「うん。君笑っちゃうほど弱いね」

「それでも!お願いします!」


 §     §     §


「悔しさとか、怒りとか。そういうの要らないから」

「う、ぐぅ」

「そういう激情でパワーアップして良いのは才ある者の特権。君にはそんな余裕はない。さぁ、今日も死にかけようか」


 §     §     §


「あっははは……いやぁ、これはもう無理かも」

「まだ、生きてるじゃないですか。なら、なら!」

「いや、間に合わない。うん。そうだね。これは最後のお願いなんだけど――」


 §     §     §

 §     §     §

 §     §     §


 暗く、湿気った洞窟の中を一人の少年が歩いている。

 その足元には紅の水が滴り、しかしその確固たる足取りから返り血である事もわかる。こんな所を灯りも持たず、血を纏い歩く姿は異様の一言。

 が、それよりも目を引くのはその暗闇の中でも尚輝く白銀の髪と、紺碧の目。


「ヒッ」


 洞窟の奥。柵によって簡易的な牢獄となった其処には傷ついた少女が一人。

 それを確認して、「遅かったか」と呟いた彼は佩いている刀に手を添え、居合の要領で柵を断つ。

 穴を潜り、未だ怯えた表情を見せる少女に近づいた彼は


「大丈夫。盗賊たちは全員殺した。もう、家に帰れるよ」

「……ほんとう?」

「本当だ。さ、行こっか」


 先ほどまでの無機質な表情と打って変わり、少女を安心させるかの様に温かい笑みを浮かべ、抱き上げた。


「お兄さん。なまえ、なんていうの……」

「俺の名前はレインハ……」


 少女の問いに答えようとした少年は、もう一度言い直す。


「俺はレイモンド・レインスター」


 少女と目を合わせにっこりと。


「英雄を目指す元孤児だ」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 主人公はレインハルトです。無双はゴm……好きじゃないので、スタートは上の下からですね。

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