第参回 GWに久月さんは座布団の上で推理をした事 並に 関係がもっと近くなれた事」

 たとえば、いきなり“久月きゅうげつ邸”という単語がクラスで囁かれたとしても、普段の自分なら気にも留めなかったと思う。

 いや、違う。たぶん少しは気になる。けれど、立ち入るようなことは絶対にしない――そんな距離感のまま過ごすはずだった。

 けれど今日、私はその門をくぐってしまった。

 白砂利の敷かれた小道、端正に剪定された植木、玄関前に立つ石灯籠。

 まるで季節ごとに設えが変わる“展示品”のような庭を眺めながら、ゆっくりと玄関に歩を進める。

 風が吹くたびに、風鈴がひとつ鳴った。高く、涼やかな音だった。

(遊びに、来た……んだよな)

 自分で自分に確認する。

 一応護衛の一環――そう言い訳することもできるが。

 でも、今日に限ってそれは通じない。

 なぜなら、「友達として」と、彼女はそう言って、私を招いたのだから。

 やけに緊張している自分がいるのがわかる。

 けれど、玄関戸が開いて、現れたその顔を見た瞬間、妙に肩の力が抜けた。

「ようこそいらっしゃいました、涼さん!」

 あ、いつもの赤い振袖姿だ……。そこにはにこにこと笑顔の久月菜乃香きゅうげつなのかさんが立っていた。

 それはやはり、こけしのようで、それでいて彼女らしい――不思議な、柔らかさがあった。

 そして、いつもの笑顔とは違う、どこか嬉しそうな表情を感した。

「お茶やお菓子もご用意しております。……それと、ちょっとした謎も」

 にこりと笑った彼女――久月菜乃香さんは、今日もまた、好奇心の化身のようだった。


  *


 通されたのは、離れの一室だった。客間というよりは、私的な空間。座卓の上には急須と茶碗が並べられ、掛け軸と香の匂いが静かに空気を包んでいる。

「少し散らかっていて、申し訳ありません。……本とお人形は、増える一方でして」

 そう言いながらも、整頓され尽くした空間だった。積まれた和綴じの古書や、栞が挟まれた文庫本。季節の花がいけられた小壺。そして可愛らしいぬいぐるみの中に何故か日本人形。すべてに、彼女の趣味と暮らしぶりが滲んでいた。

「……どうぞ、おかけになってくださいませ」

 私が正座しようとした瞬間、彼女はふわりと座布団に腰を下ろしていた。手元には湯呑み。そして、当然のように話題を切り出す。

「涼さん! 最近、学園でちょっとした噂をご存知でしょうか?」

 そうきたか、と思う。

「……いきなりですね」

「ふふ、気になっていたのです。でも、現場には行かずとも解ける謎というのも、なかなか風情がございましょう?」

 今日の彼女は、探偵の椅子、いや座布団に座る気らしい。

 安楽椅子探偵──現場に赴かず、話だけで謎を解いてしまう。久月さんにとっては、まるでお茶菓子のようなものなのかもしれない。

「じゃあ、その“噂”ってのは……?」

 湯気の立つ湯呑みを手にしたまま、彼女は静かに告げた。

「──“花のメモ”が、届くのです。ある生徒の靴箱に、毎朝ひとつずつ。」

 唐突だったが、耳に残るワードだった。花、メモ、靴箱。何かの符号のようにも感じた。

「手紙ですか?」

「いえ、短い言葉だけが書かれた小さな紙と、一輪の花……それが毎朝、同じように。ですが──」

 久月さんは、言葉を区切る。こちらを一度だけ見て、笑みを消した。

「その生徒が欠席した日。なぜか、“二枚のメモ”が届いたそうです。……しかも、その日は……校内の別の場所に花が飾られていた、と」

「……どういうことですか?」

「わたくしにも、わかりません。ただ、少しばかり、気になるのです」

 窓の外、庭の枝が風に揺れる。静かな午後。

 けれどその空間に、彼女の言葉が落とす影は、何かの始まりを予感させた。

「さあ、涼さん。まずは、情報を整理してみましょうか」

 そう言って、湯呑を机に置いた菜乃香の仕草は、まるで扇子を構える舞台役者のように美しかった。

 (……逃げられないな)

 お茶の香りとともに、謎解きの時間が、始まった。

「誰が言い出したんです、それ?」

 尋ねると、久月さんは茶菓子の小皿に手を伸ばしながら、頷いた。

「……一週間ほど前、矢崎さんという子から伺いました。偶然、廊下で話しかけてくださって」

「矢崎さん……って、あの顔がいつも笑ってるような子だよね?」

「ええ、優しいお声の方ですね。“ちょっと気になってることがあるんです”と、お話してくれましたんです」

 そう言って、菜乃香は指を重ねるようにして、静かに続けた。

「『毎朝、靴箱に花のメモが入ってる子がいるらしいんです』とのことだそうです」

「毎朝……それって、ラブレター的なものとかですか?」

「いえ、内容は“がんばって”、“いつもありがとう”など、抽象的で……でも、どれも丁寧な字で書かれていたそうです」

「ふうん……。でもその子が休んだ日だけ、メモが“二枚”?」

「はい。しかもその日は、校舎内の別の場所に、小さな瓶が置かれていて……そこに、一輪の花が挿してあったとか」

 私は、腕を組んでしばし考える。

 ラブレターとも違う。嫌がらせでもなさそうだ。けれど、決まって「その子が登校していた日はひとつ」、「休んだ日は二つ」というのが、引っかかる。

「つまり……“いつも一枚”がルールで、“休んだ日は追加でどこかに一輪”、ってパターンですか?」

「ええ。そして、それを誰も見ていないんです。“気づいたら入ってる”、と」

 誰が、何のために? その人物は何を“伝えようとしている”のか?

 安楽椅子探偵の時間が、本格的に動き始めていた。

しばらく、湯呑みの湯気がゆらいだまま、部屋の空気が静まり返る。

 菜乃香は窓の外に目をやりながら、まるでひとり言のように口を開いた。

「まず、“毎朝ひとつだけ届く花のメモ”……これが、特定の誰かに毎日継続して届けられているとしましょう。だとすれば、それは“習慣”であり、“ルーティン”のはず」

「なるほど」

「しかし、“休んだ日”だけは、それが二枚になります。普通なら、何も届かないか、あるいはひとつ減るはずなのに……」

 久月さんは、すっと扇子を開くように言葉を広げた。

「つまり、“届けていた誰か”が、欠席を知ったことで、別の場所に花を置く必要があったのですね」

「……“その子がいないから”、別の場所に置いた……?」

「はい。届ける相手が不在であれば、代わりに“自分がその役割を引き受けた”と示す──そういう意味合いではないでしょうか」

 私は、その意図をゆっくりと咀嚼する。

「……つまり、“花のメモ”は、“代理の合図”ってことですか?」

「はい。“当番交代”や“代わりにやっておきました”という、無言の伝達手段です」

「じゃあ、その靴箱に花が入っていた生徒は……普段から、誰かの役目を担ってたり……?」

「それもありえます。たとえば“掃除当番をさりげなく引き受けていた”、あるいは“備品を毎朝揃えていた”などの、目立たぬ貢献をしていた生徒だったのかもしれません」

 久月さんの目が、静かに細められる。

「そして、それに気づいた誰かが、黙って支援を始めた。“あなたのやっていたことを、わたしは知っています”と伝えるために──」

 あまりにささやかで、名前も顔も出てこない優しさ。

 でも、それがきっと、相手には伝わっていたのだろう。

「……お互い、名乗らなかったんてすね」

「名前を出さないからこそ、続いたのかもしれません。“気づいてもらうこと”より、“してあげること”のほうが、きっと大事だったのでしょう」

 涼の喉奥で、何かがつかえる。

 それはきっと、理解の先にある“感情”だった。

「だからこそ、気になるのです。“誰かの優しさ”が、そっと届いていたという事実が」

 久月さんの声は、とても静かだった。

 それは、花びらのような声音。けれど、その言葉は、私の心の中に確かに落ちた。

推理を終えた久月さんは、湯呑みを口元に運び、ひとくち、音も立てずに啜った。

 その表情には、どこか満足げな笑みが浮かんでいる。

 謎を解いたからというだけではない。

 おそらく、“その優しさが届いていた”ことを、感じ取ったからだ。

 わたしは、静かに言葉をこぼした。

「……久月さんって、やっぱりすごいですね……」

 その瞬間だった。

「菜乃香、でいいですよ。涼さん」

 えっ、と情けない声が出そうになって、ぐっと堪える。

 彼女は、少しだけ身を乗り出して、柔らかく笑った。

「涼さん、いつも久月さん呼びは堅苦しくないですか? 私たちはもう、お友達なんですから。下の名前で呼んでくださっていいんですよ?」

 思わず視線をそらす。心臓の音が、さっきの推理よりも大きく鳴っている気がした。

 けれど、それを悟られないように、なんとか呼吸を整える。

 ──友達。

 そう呼ばれるのは、少し照れくさくて、でも悪くなかった。

 ってまた先を越された……。

「……じゃあ、な、菜乃香さん……」

 ようやく、呼んでみると、彼女はうれしそうに目を細めた。

「はい、涼さん」

 名前を呼び合うだけで、こんなにも空気が変わるものなんだ、と初めて知った気がした。

 しばし沈黙が落ちる。

 けれど、その静けさが嫌ではなくなっていた。

 ふと、前から気になっていたことを思い出す。

「……あのさ、ひとつ聞いてもいい?」

「なんでしょう?」

「……なんで、私を家に誘ったんです?」

 菜乃香さんは、きょとんとした顔をしたあと、あっさりと笑った。

「……だって、涼さんと、もっとお話ししてみたかったからです!」

 えっ? それだけ? と聞き返す間もなく、彼女はまた湯呑みに口をつけた。

 ──敵わないな。

 そう思った。

 赤い振袖を纏った赤いこけしの和のお嬢様の名探偵……久月菜乃香さんには、本当に、敵わない。またそれを再認識した。

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赤いこけし少女と秘密の学園探求 古木しき @furukishiki

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