オフ会のオフはテイクオフのオフじゃないのに君は服をテイクオフ
姫路 りしゅう
テイクオフ!
インターネットSNSにて。
姫「じゃあ明日遊びましょう~! ●●駅の改札出たところでいいですか?」
和田島「わかりました! 迷ったらDMで連絡しますねww」
姫「和田島さんと会うの楽しみ~~!」
和田島「わーい 姫ちゃんとオフだ!」
和田島:いつも全裸
姫:いつも可愛い
++++
初めてのオフ会で遅刻なんてできないよね、と思い集合時間の十五分前に改札を出ると、集合場所で全裸の男性が堂々とスマホを弄っていてぼくは思わず持っていたカバンを落っことしそうになった。嘘だろ、と思いながら瞬きを繰り返しているとスマートフォンがぶるりと震え、「もう着いてます!」とメッセージが届いていたけれどそんな文章は頭に入ってこなかった。全裸男性のインパクトが強すぎる。駅を行き交う人々はその全裸男性を”いないもの”として扱っているようで、ともすればぼくだけにしか見えていないんじゃないかと勘違いしてしまうほど、みんなが彼を無視している。でも通行人の多くは彼を二度見した後完全無視を決め込んでいるので、たぶんぼくだけにしか見えない妖精さんとかではなさそうだった。あれに声を掛けるの、ハードル高くない? と思いながらゆっくりとあたりを見渡すと、駅の方からゆっくりと全裸の男性が歩いてきた。
「全裸の男性が、二人!?」
全裸の男性はお互いを見つけた瞬間少しだけフリーズし、お互いを指さしてこう言った。「お前は誰だ!」お前たちが誰だ。すると全裸男性二人はゆっくりと首を横に振って宣言した。「僕は和田島だ!」うそーん。ぼくはへなへなと地面にへたり込んだ。和田島が複数人いるなんて。
和田島さんは全裸。これは少しでもインターネットに触れたことのある人類なら「エジソンは偉い人」と同じくらい常識的な言説なのだけれど、それはあくまでインターネット概念の話で、実際に全裸で出てくるとはだれも思わなかっただろう。向かい合った二人の全裸男性は「僕が和田島だぞ!」と不毛なやりとりをしているけれど、誰だって自分の偽物が現れたときに本物だと証明することはできない。よしんば運転免許証や保険証があったとしても、誰も本当の和田島さん(インターネットペルソナ)の中身を知らないので、正誤判定ができないのである。だからぼくはつかつかと歩いていって二人の間に割って入った。
「ねえ!」
「誰だ君は」「誰だ君は」
「不毛な争いはやめましょう!」
「僕が本物だ!」「僕が本物だ!」
らちが明かない。
ぼくは右手を高々と上にあげて、言い放つ。
「殴り合ってください! 最後まで立っていた方が、和田島さんです!」
「そんなことできるわけ」「そんなことできるわけ」
「そうですか? 私の知っている和田島さんならこういうと思いますよ。
『うぅ…… やはり自分を証明する最後の手段は暴
圧倒的な暴こそがすべてを解決する』」
そう言うと彼らは一度天を仰いで。
お互いの拳がお互いの顎にクリーンヒットした。
++++
全裸と全裸が殴り合う。
その様子はとてもエキサイティングで、ぼくは思わず録画しながら実況をしようとしたのだけれど、なにぶん全裸なのでお互いをどう呼べばいいかわからなかった。格闘技なら赤コーナー青コーナーと言えるけれど全裸格闘技はもう乳輪の色の濃さくらいしか判別ポイントがない。濃い方と薄い方だ。まず濃い方は格闘のセンスが抜群に高かった。薄い方の大振りの右フックをダッキングで躱し、それにカウンターを合わせる形で右鉤突き――! 薄い方の口から透明な液体が吐き出された瞬間、濃い方による連撃、強烈な左肘打ちが続く。
しかし薄い方はこの攻撃を読んでいて、わざと左肘打ちを頭突きで受けた。濃い方はこの反撃には面食らったようで半歩バックステップして距離を置く。
そのバックステップは、乳輪の色の薄い方による、誘導――!
薄い方はバックステップに合わせて半歩前に出て、その勢いのまま右ストレートを相手の頬に叩きこむ。勢いよく地面に叩きつけられた濃い方はゆっくりと顔をあげ、薄い方をにらみつけた。まだ、お互いの心は折れていない。心が折れない限り、立ち上がることができる。双方の目に炎が宿った。
けれども、倒れていた方が両手を使いゆっくりと立ち上がろうとした瞬間その顔が驚愕の色に染まる。
それは、上空からだった。
睨み合う二人の間に、上空から大きな塊が降ってきたのだ。
ダン! と大きい着地音が鳴り響き、地面が揺れる。
上空から降ってきた塊は、人間だった。
そしてその人間は、服を着ていなかった。
「俺が、俺こそが和田島だよ」
++++
突然の乱入。満身創痍の二人。三人目の和田島。
「もう一度言おうか。俺が和田島だ」
乳輪の色の濃い和田島と薄い和田島は手を取り合って、新しい和田島に向き合った。
「いいや違うね」「いいや違うね」
「何がちがうというんだい?」
「ぼくは乳輪の色が濃い和田島。和田島ディープ!」
「ぼくは乳輪の色が薄い和田島。和田島ライト!」
彼らはお互いの指を絡めるようにして繋ぐ。
『ふたりは和田島!』
それだけは絶対ないだろ、とぼくは思ったけれど、息を呑んで続きを観戦することにした。新しい和田島の力は圧倒的だった。なんせ、身長が2.5mほどある、筋骨隆々の歩く筋肉なのだ。いわば和田島筋肉。そのよぎぼーの抱き枕くらいある太い右腕を振り下ろすだけで、和田島ディープは二回転半したあと地面に叩きつけられ、和田島ライトは壁にめり込んだ。
圧倒的な暴。
これがすべてを解決する圧倒的な暴なのか。ぼくが感心していると、視界の隅に小さな女の子がうずくまって震えているのを発見した。
和田島バトルの勃発のせいで駅前からは人が消え、和田島たちしかいなくなっていたと思っていたのに、逃げきれていない少女がいたなんて!
そう思った瞬間、壁にめり込んだ和田島ライトが壁から脱出し、その衝撃で天井が崩れてくる。そして天井の破片が少女の真上に落下した。
「あ……あ…………」
潰れてしまった。少女が一人、潰れてしまった。
ぼくがふらふらと崩落した天井に歩み寄ると、しかし落ちている瓦礫が動いた。
「大丈夫だったか、嬢ちゃん」
瓦礫の下から少女を守るようにして出てきたのは、和田島筋肉だった。
「……あ、ありがとうござい……ます」
「ケガはないか?」
「はい、おじさんが守ってくれたから」
「はは、そりゃよかった」
和田島筋肉は、ニカっと笑い、地面に倒れ込んだ。
彼はいち早く天井の崩落を察知し、身を挺して少女を守ったのだ。
「…………筋肉」
和田島ライトが駆け寄る。
「ははっ、お前たちの勝ちだ」
「馬鹿言うな! 僕が壁から出たせいで天井が崩落して!」
「その壁にめり込ませたのは俺だからよ。ま、あとはせいぜいがんばってくれや。……和田島さん」
「筋肉ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!」
その言葉を最後に和田島筋肉は気絶した。
しかし現実は彼らを悲しみに浸らせる時間すら与えてくれない。
二人の和田島がしばらくうなだれていると、遠くから警察が走ってきた。
「ま、そりゃ呼ばれるか」
ぼくが納得した面持ちで成り行きを見守っていると、警察は和田島ライトの方へ歩いていき、「君、名前は?」といった。「僕は和田島だ」「いいや違うね!」警察がそう言った瞬間、和田島ライトの両手には手錠が嵌められ、間髪入れずにダンダン! と二発の銃声が鳴り響いた。
和田島ライトの両足が撃ち抜かれている。
「き……貴様は…………」
思わず倒れ込んだ和田島ライトの両目に、信じられない光景が飛び込んできた。
警察?
――――否。
全裸に、拳銃を構えた男。
「俺は和田島ポリス。俺が本当の、和田島だ」
その言葉に呼応するかのように、キキーッと、ブレーキの音が響いた。タクシーだ。
タクシーから降りてくるのは、当然全裸の男性だ。
「ぼくは和田島タクシー」
車、自転車、徒歩、ヘリ、飛行機。
色々な手段で色々な全裸が集まってくる。
和田島、和田島、和田島。
「そ。ならあたしは和田島レディ」
「わいが和田島カンサイ」
「我は闇の和田島」
「和田島ピクシー!」
「和田島バズーカ!」
和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島、和田島。
和田島さんがいっぱい。
ぼくはもう一度叫んだ。
「最後まで立っていた人が、和田島さんです!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』
++++
幾星霜。
++++
そこに、一人の全裸の男が立っていた。
一部始終を見届けたぼくは、満身創痍の彼に、数百、あるいは数千の屍の上に立つ彼に、惜しみない拍手を送った。
「おつかれさまでした。凄い。かっこよかったです!」
「ふふ……ふふふふふ…………ふあははははははははははははは! そうだろう、そうだろう! そうだよ。私だ。私こそが、和田じ――――」
「あ、いや、和田島はぼくです」
ぼくは一枚だけ羽織っていたコートを勢いよく脱いで全裸になり、満身創痍の男を締め上げた。
そして、道の隅で震え続けていた少女に手を差し伸べる。
「あんなことがあったのに、一回は天井の崩落で死にかけてすらいるのに、律儀に待っててくれたんだね」
「は……はい。もしかして、あなたが本当の和田島さんですか?」
「そうです、そう言う君は、姫ちゃん」
「はい!」
姫ちゃんは満面の笑みでほほ笑んで、ぼくの手を取った。
「予定通り、お昼ご飯を食べに行きましょう!」
全裸の男と可愛い少女。
オフ会が始まる。
オフ会のオフはテイクオフのオフじゃないのに君は服をテイクオフ 姫路 りしゅう @uselesstimegs
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