おとめぜんざい

香久山 ゆみ

おとめぜんざい

 また今日も、支払いでやいのやいの社交しなければならない。奢られるのは苦手だから。先輩も面倒臭い奴だと思っているだろう。

 先輩に誘われ、仕事帰りに法善寺横丁へ。島之内の職場からは歩いて十五分程。オダサクの小説の舞台になった場所に行きたいのだと、読書家の先輩は言った。私は無趣味だし、べつだん文学に興味もない。好きなものがある人の、こういうパワーはすごいと思う。

 観光客の多い道頓堀から商店街に入り、路地を曲がって、喧騒から切り離された法善寺境内へ。「女は地図に弱いから」と言う先輩はいささか迷子になり、私がスマホの地図機能でサポートする。

 水かけ不動へのお参りもそこそこに、先輩はキョロキョロと「夫婦善哉」の店先に貼り出されたポスターを見たり、写真を撮ったりしている。

 小ぢんまりした店内は、平日夕刻のせいか空いていた。

 一応品書きを見るも、まあここは「夫婦善哉、二人前」でしょうね。と思いきや。

 先輩は一人前の善哉を二人で分けようと言う。困窮した夫婦が食べたんやから、きっとそうしたはずや。と。ええーー。

 いやいやいや。文学に興味のない平凡な私は一応事前にネットでリサーチ済なんですよ。夫婦善哉は、一人前を二椀に分けて出される。なので、もちろん二人で分けてもいいけれど、縁起物としては、一人で二椀食べる方が縁結びのご利益UPだそうなのに! 適齢期の女二人で来るって、そういうことだったんじゃないんですか。

 とは、もちろん言えず。結局、二人で善哉一つと、氷を一つずつ注文した。まあそもそも先輩の希望ですし。めずらしく久々誘ってくださったのだし。

 先輩は注文の品をあらゆる角度・距離から撮影して、「感動するわあ」と善哉を口にしていた。味覚おんちの私は、善哉よりも氷がふわふわで美味しかった。

「今日は一緒に来てくれて、ありがとう。私、一人やとお店って入りにくくて」

 先輩が言う。

 ふうん、そりゃ大変だ。なら、先輩は難波にある、オダサクが常連だったという自由軒のカレーも食べに行かれないのか。私は一人でもどこでも平気だから、彼女のような人は不思議。今度は私から誘った方がいいのかな。まあ、独り身同士、仲良くせねば。――なんてぼんやりしていたら、先輩が爆弾を落とす。

「私、結婚するねん」

 なんですと!

 は。まさか。今日はその報告のための誘いだったのかっ。

 結局、「お祝いですから」ということで、固辞する先輩とやいのやいのして、善哉と氷の代金各八百、締めて二千四百円を私がお支払いした。

 難波駅へ行く先輩と別れて、反対方向へ歩く。歩きたい気分やから!

 まるで当てつけみたいに(なんの当てつけかは自分でもよう分からん)、オダサクゆかりの地を通る。

 高津神社。

 生國魂神社。オダサク像がある。

 口縄坂。

「彼は本とか読まへんから。こういう文学散歩みたいなんに、付き合ってくれへんねん」

 なんてのろけていたから、先輩はこれらの場所にも来ないのだろう。どうだ。どうもこうも。

 ふと、お祭りの音につられて足を運ぶ。ああ。愛染さんのお祭りだ。そうか、もう六月も終わり。毎年大阪の夏祭りは愛染祭りからはじまる。式はまだ先だが、私にとっては先輩も立派な「六月の花嫁」だ。幸せになりやがれ。

「夫婦善哉の蝶子と柳吉って、けんかばっかりの苦労気質で。結局、蝶子もかわいそうに、柳吉の家族から認めてもらわれへんで。幸せからは遠そうやねんけど、睦まじいねん」

 先輩は言った。知らないのかな。スマホの検索画面をスクロールする。二〇〇七年に未発表だった「続 夫婦善哉」が発見されたこと。相変わらず苦労はしてるけど、ハッピーエンドなんだ。

 購入ボタンをクリックする。結婚祝いのプレゼントだ。

 これからも、どこへでもついて行きますよ! これでも尊敬してるんですから。

 結局、一時間程かけて天王寺まで歩いてきてしまった。高津神社に愛染堂と、なんだかんだ良縁祈願の地をめぐっているし。もう! そんなつもりじゃなくて、偶然ですから。

 最後に堀越神社にお参りする。ここは縁結びではない。一願成就。一生に一度の願いを聞いてくださる。

 私は一人で生きていくさ。

 と強がりながら、先輩の結婚式で新たな出会いがあったりするだろうか、そんなこと考えている。もう! おめでたい奴。

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