3.護衛艦『いずも』

佐藤は素早く立ち上がるとWBSSⅣのナビゲーターシートに滑り込む。そして、レーダーを操作しながらその画面をじっと見つめる。そして、反応が有るのを確認すると再びコックピットから顔を出し神楽に向けて叫んだ。


「神楽さん、何か飛行物体が近付いて来ます」


佐藤の声を聞いて神楽もコックピットの中を除き込む。


「音の感じだとヘリっぽいわね。でもそうだとしたら航続距離はそんなに長くないわ、近くに船でも居るのかしら?」

「バッテリーの充電と節電でレーダーのレンジを一番狭くしてましたから気付きませんでしたぜ、意外と近くに何か居るのかも」


佐藤はレーダーのレンジを広げて広範囲探査モードに切り替える。すると接近する飛行物体の後方にも反応が有る事に気付いた。


「大きいやつが居ます。この反応はひょっとしたら大型空母かも知れませんぜ」


佐藤がそう言った瞬間、上空にプロペラとエンジンの爆音が響き何者かがWBSSⅣの上空をかすめ飛んで行った。


V-280バロー?」


上空を見上げる神楽の目に一見プロペラ機に見えるが、そのプロペラが異常に大きく尾翼がV字の特徴的なフォルムが映る。V-280はベル・ヘリコプター社のティルトローター機で2022年にアメリカ陸軍が最初に採用した機体だった。


「このあたりにいるとしたらアメリカ海軍か」


佐藤もコックピットから身を乗り出してその姿を確認する。V-280はWBSSⅣの上空を旋回しながらこちらの様子を伺っている様にも見えた。


「違う、アメリカ海軍じゃないわ、見て!」


神楽のさす指の方向を追いかける佐藤、そして上空を旋回するV-280の機体に描かれていたのは『日の丸』そして『海上自衛隊』の文字。


「海自?なんでこんなところに」


不安げに見上げる彼等の感情は無視して、V-280はその視線を確認したのか、そのままゆっくりと飛び去って行った。


★★★


艦艇番号DDH-184、護衛艦『いずも』は当初、ヘリコプター搭載型護衛艦として建造されたいずも型護衛艦の一番艦である。


当時の極東の戦力状況から正直しょうがなく改修がなされ、甲板の対熱処理や艦首形状など様々な仕様変更により、アメリカ製の垂直離着陸型戦闘機『F-35B』を搭載できるようになり、実質的に極東では珍しい軽空母としての運用されている。


この改良版いずもは電磁式のカタパルトを搭載しており、スキージャンプ型の発射台は搭載されていない。今、積まれている戦闘機はF-35Bのみであるが、実質通常の戦闘機の離着陸が可能になっている。そして、さらに異本の自衛隊が保有する艦船と大きく違う部分は、日米の原子力協定、非核三原則があっさりとが無視され、動力には原子力が使われているということだ。護衛艦出雲はアメリカのスーパーキャリアを縮小した日本の軍事的な異物、日本国憲法をまるで無視した存在と言えるのである。


佐藤はこの船の素性を聞いて呆れ顔を見せ、その素性を語ったこの艦の責任者と名乗る尾下おしたかしを怪訝そうに見つめる。豊かな髭を蓄え、いかにも科学者然とした尾下田は何も言わずブリッジの窓から甲板を見下ろしている。


「随分、じゃねぇか。日本国憲法やら安保やらはどこに行ったんだ?」


しかし、尾下田は佐藤の質問に答えない。


「見事な物だな」

「……見事、何のことだ?」


佐藤は尾下田の言葉を聞いて、その真意を確かめる。


「まるで芸術品だね。これはワインダー博士が確実に天才であることをこれは示している」

尾下田は甲板に仰向けに寝かされているWBSSⅣを指さして不敵に笑って見せた。


「まず言わせてもらうと、このコンパクトな機体で光速の99.8%まで加速できるなど想像できるものなどこの世にはいない、いや、地球の重力を振り切って宇宙に出られるなどと思う科学者も技術者もいないだろう、現代の最新の宇宙船がまるで古代のいかだのようじゃないか」


尾下田の笑顔には威圧的な狂喜が垣間見える。


「ワインダー博士とは会った事があるんですかい?」

「いや、知っているのは名前と功績だけだ、面識はない」


尾下田は苦々しく、そして吐き捨てるようにそう言った。


「時間の壁が博士との面識を否定した。私にとっては悲劇でしかない」

「時間の壁?」


尾下田はゆっくりと佐藤に視線を向けるとゆっくりと話し出す。

「そういえば、話していなかったな。いいか、今は西暦2066年、君らがブラックホール爆弾を使用してからちょうど50年経った世界だ」


佐藤は眉をひそめながら尾下田に問い返す。


「50年後?なんだそりゃ、俺は全然歳なんか取ってないぜ」


その言葉を聞いた尾下田はかなり怪訝そうな表情を見せ眉間に皺を寄せながら徐に佐藤に視線を向ける。


「ワインダー博士のアシスタントともあろう者がこんな簡単な現象に気が付いていないのか、全く嘆かわしい」

「はん、何の事だ?」

「良いかね、君達は秒速29万9792.458キロメートル、つまり光速を人類で初めて体験したと言う事だ」


回りくどい解説に佐藤は苛立ちをあらわにしながらも、穏かな口調を崩さず彼に再び尋ねる。


「だからそれがどうかしたのか」

「速度が上がると時間の進行は遅くなり、光速でゼロになる。おそらく君達は約50光年を往復しここに戻って来た。そして地球では50年の時が過ぎた、そう言う事だ」


佐藤と神楽はゆっくりと顔を見合わせる。そして神楽は小さく肩を竦めて見せた。その様子に構う事無く尾下田は更に言葉を続ける。


「物質を加速すると質量もスピードに比例して増えて行き、光速に達するとそれは無限大になる。理論的に光の速度を超えることは出来ないと言われているのはそう言う理由が有るからだ。しかしワインダー博士の手に掛かればそんな理屈は無意味なのかも知れないな、事実、こんなコンパクトな機体が高速まで加速できる技術を持っているのだからね、全く、彼には尊敬の念しか思い浮かばんよ」


尾下田は再び水平線に目をやると目を細め不敵に微笑んで見せた。

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モンスターズ・ナイトⅣ-鐘の鳴る丘- 神夏美樹 @kannamiki

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