第4話 貴史は私のこと好きじゃないし。だから断ると思ってた
「あなた、ダメよ。貴史くんに正体がバレた以上、彼をこちら側に取り込むか始末するしかないんだから」
いつも優しそうな莉愛のおばさんが優しい笑顔のまま凄く物騒な事を言ってきたので、俺は聞き間違いをしたのかと自分の耳を疑う。
「ううっ……じゃあ始末するぅ……」
「し、しま……?」
聞き間違いじゃない! と思った瞬間、莉愛が立ち上がった。
「ちょっと! パパもママも馬鹿なこと言わないでよ!! もし貴史が居なかったら私はあの場で犯人に切り刻まれて皆にバレたかもしれないんだからね!」
「……ぐっ、莉愛、でも……」
「……うふふ、それもそうねえ。消すにはちょっと惜しい男かも」
「だからママ、冗談でも消すとか言わないで!」
殺されるのか婚約するのかやっぱり消されるのかそれとも冗談なのか。確実なのは莉愛はスライムってことだけ。さっきからジェットコースターの様にいろんな事が流れてくるので、俺の心臓は多分ヤバいことになっている。浅い呼吸を繰り返している自分に気づいたあと、莉愛の息も荒いことに気がついた。
「莉愛、大丈夫か?」
「は? 大丈夫なワケないじゃん。パパは馬鹿だしママはフザケてるしさ!」
「あ、いや、違くて。なんかキツそうだから。もしかしてソレを分けてるのって、結構ツライ?」
俺がおじさんに抱えられた1/4のスライムを指さすと、莉愛はぶすっとした。
「言ったでしょ。質量が足りなくてこの姿を維持すんのがキツイだけ!」
「え、じゃ別の姿になれば良くね? なれるんだろ?」
正直なことを言うと、俺は莉愛の別の姿にちょっとだけ興味があった。だってスライムで異星人だよ? 莉愛の普段の姿は地球人に合わせてるってことだろ。本来の姿があるんじゃないか?
「……やだ。可愛くないんだもん」
「あ?」
「莉愛ぁぁぁ! 莉愛はどんな姿でも宇宙一可愛いよぉぉぉぉ!!」
「パパうざい。あと撫でてんのキモい」
「あなた、話が進まないからそろそろ黙ってね。あとこれ」
おばさんがおじさんの手元から(さっきまで泣きながらナデナデしていた)スライムをモギュッと奪い取り、俺の腕に渡す。
「まあとにかく、貴史くん、あなたはもう莉愛の婚約者でうちの身内って事だから」
「へ」
やっぱり婚約って決定事項なんだ!?
「私や莉愛の正体がもし他の人にバレたら、婚約者であるあなたも宇宙人だと疑われて捕まって、きっと実験とか拷問とかされるから」
「へあっ!? ご、拷問って」
「それがイヤなら、私たちの正体がバレないように協力してね。運命共同体よ♪」
「……え……」
手元でプルプルしているスライムの重さがズシッと腕にのしかかってきた様に思える。俺は暫くそれを見つめてから隣の莉愛に手渡した。
「……わかりました。この事は誰にも言いません。その代わりこっちにも条件があります」
「なぁに?」
おばさんの目に緑色の光がきらっと閃く。
「時々でいいんで、おばさんの話を聞きたいです。どこの星からきたのかとか、おばさんがどんな生物なのかとか」
「言っとくけど世間話しかできないわよ。
「いや、俺、そういうハイレベルなことがわかるほど頭良くないんで。全然いいです」
「あらそう。まあ。若い子が私に興味を持ってくれるなんて嬉しいわね。フフッ」
「あ、もうひとつ」
「なぁに?」
「おじさんと結婚して莉愛も生まれたって事は、地球侵略はやめたんですよね?」
おばさんはクスクス笑った。
「あはっ、バレちゃった? ぶっちゃけ、うちの星の計画は頓挫してるの。私はココに取り残されたのよ」
莉愛とよく似た笑い方を見た俺は、ふーっと息と力が抜けた。
「……わかりました。話はそれだけですか?」
「うん、そうねぇ。流石、貴史くん。物わかりが良くていいわ」
「じゃあ失礼します」
「ちょっと貴史! コレどうすんの?」
1/4のスライムを抱えた莉愛に俺は「いや、貰っても困るし」と言おうとして、すんでのところで飲み込んだ。そんなの言ったらテーブルの向こうでスネてるおじさんに殺されそうだ。
「辛いんでしょ? 元に戻しなよ。戻せるよね?」
「戻せるけど……」
「じゃ。俺夕飯喰わなきゃ」
俺はさっさと退散した。玄関を出てエレベーターに向かうと後ろから莉愛の大声が聞こえてきた。
「貴史! 待って!」
振り向くと莉愛がこっちに走ってくる。宙になびくロングヘアーが復活していた。
「なんだよ」
「貴史、あんた何考えてんの? 婚約だよ?」
「いや、1/4なんてあっても無いのと同じじゃねぇか。婚約者っていう建前にしたいだけなんだろ。ふざけてるよな」
「フザケてるけどさ!……その、嫌じゃないの?」
「へ?」
なんだろう。なんか不安げというか、モジモジしていつもの堂々とした莉愛らしくない。
「だってさ、私はフツーの人間じゃないし、貴史は私のこと好きじゃないし? ……だから婚約は断ると思ってた」
「え、断らないだろ」
「え!」
莉愛の瞳がきらっと緑に光った気がする。
「だって断ったら、俺消されるんでしょ」
「……わかんないけど、アレはママの冗談だと思う」
……冗談には思えなかったなぁ……。もしおばさんは冗談でも、おじさんがヤバイし。ん? 莉愛の瞳から光が消えてるような。なんか元気もない? あれ、1/4は返したのに。
「まあ、いんじゃね?」
「いいの?」
「いいよ別に。どうせキモメガネの俺にはしばらく彼女も婚約者もできないだろうから、おじさんとおばさんの気が済むまではこのままで」
「……うん」
「ていうかさ、宇宙にロマンないって言ってたけどあるじゃん? 俺、おばさんと話すの楽しみなんだけど! 異星人だよ!? 地球外生命体だよ!? どこの星から来たんだろ。今度空を見ながらどのへんか教えて貰いたくてさ!」
莉愛はぽかんとした後、ぷっと噴き出した。
「もー、貴史って……あはは!」
そういえば莉愛の笑顔、事件の後に見たのは始めてだ。
「なんだよ、変だって、キモイって言うんだろ?」
「変じゃないしキモメガネでもない」
「いいよ無理しなくて」
「無理じゃないし。今日、すごくカッコよかった」
「え」
俺の後ろでスーッと音がした。
「ちょっと貴史! あら、莉愛ちゃんも一緒だったのね!」
「わー!!! ババア何してんだよ!!」
母さんがエレベーターに乗って降りて来たのにギリギリまで気づかなかった俺は、死ぬほど心臓がビクってなった。
「ババアってなによ! せっかく迎えに来てあげたのに!」
ああ、30分経ってたのか。でも今の莉愛の話、聞かれてなかった?
「莉愛ちゃん~! もう大丈夫?」
「ハイ。貴史君を引き留めちゃってごめんなさい。おやすみなさい」
貴史
「さっきの、否定しなかったのムカつく」
「は?」
「なんでもなーい。おやすみ!」
さっきのって、何? か、カッコよかったってやつ!? それともその前に何か言ってたっけ?
「莉愛ちゃん良い子よねぇ。あんた、頑張りなさいよ。今日いい所を見せたんだからチャンスあると思うわよ!」
「うっせ。そーいうんじゃねーから」
母さんには婚約の事は黙っておこう。色々面倒なことになりそうだし。
◆
翌朝、家を出るとマンションのエントランスに莉愛が居た。
「おはよ。貴史」
「おはよう。どうかした?」
「ん? 貴史と一緒に学校に行こうと思って」
「え?」
莉愛が俺の腕に腕を絡ませて、俺を見上げてくる。なんだかいい匂いがするし、黒い綺麗な瞳やぷるっとした唇が間近にあってドキドキした。
「え、ちょっちょ……」
莉愛が更に腕をぎゅっとしてきた。胸が! 多分胸が当たってる!! ぽよんとしてるもん! ぽよんって……あれ、そういえばこいつってスライムなんだよな。
昨夜のでっかいスライムの感覚が蘇って、興奮がスーっと一気に覚めた。
「あー、貴史、昨日の晩の事思い出したでしょ」
「人の心を読むな」
「ちぇー、つまんないの。幼馴染の美少女の胸の感触で興奮しないとか!」
「自分で美少女って言うなよ」
莉愛はケラケラ笑ってる。くそ、やっぱわざと胸を押し付けてきたんだな。ホントこいつって何考えてるんだろ。
「あ、そうだ、貴史。私達、昨日から付き合ってるってコトにしとこ!」
「へぁ!?」
「そうしないとめんどい事になるから」
「めんどい? あ、昨日の帰りで莉愛が変なことを言ったから……」
「んーそれもあるけど、多分すぐわかるよ」
意味がわからないでいるとスマホがブルっと震えた。確認すると田中からのメッセージだった。田中は俺の数少ない友達の一人だ。
『これお前だろ!!』
メッセージについていたリンクを開いて動画を見る。莉愛の言ってる意味がわかった。
莉愛が通り魔に斬られ、俺がタックルした瞬間を撮影した人がSNSに動画をあげていた。遠目からだから知り合いじゃないとわからないレベルだけど、確かに俺だ。動画は「通り魔事件 犯人逮捕の瞬間」のタイトルでめちゃくちゃ再生されている。
「はぁ!?」
「あ、やっと見たー? もう私なんて、昨日の夜から通知やばいんだけどー。充電
莉愛は自分のスマホをひらひらさせてそう言った。言ってるそばから通知がばしばし来ている。『莉愛だよね?』『大丈夫なの!?』『これ、キモメガネ?』『やば、キモメガネのくせにやるじゃん』……ってうるせーわ。
「ね? どうしてこうなったか皆に説明すんのめんどいでしょ。付き合ってないのにココまで守ってくれるとかありえなくない?」
「いや、ありえるよ! 俺がピンチになったら莉愛だって助けようとするだろ!!」
莉愛は変な顔をした。くしゃっと笑ったみたいな。
「……あーもう。そういうとこだよ!」
「どういうとこだよ」
「なんでもなーい。いこいこ!」
「腕を組むな!」
「遠慮しないで~。サービスだから!」
「なんのサービスだよ!!」
ううっ、なんだか悲しい。生まれて初めて女の子の胸の感触を味わったと思ったのに、スライムの感触だなんて……。
◆◇◆◇◆
こうして俺は、莉愛の1/4の婚約者で、表向きは彼氏という事になった。
今でも時々思い出すんだ。あの日、街へ行かなければ、本屋に寄り道しなければ、莉愛を先に行かせなければって。そうしたら俺の人生は全然違うものになっていたはずだ。多分。
莉愛の友人の生井に「キモメガネ、見直したよ」って上から目線で言われたり。
天文部の後輩の信濃さんに「先輩、富良野先輩と付き合ってたんですか?……嘘……」と何故か涙目で言われたり。
中学の時に好きだった深谷さんと連絡を取れるようになったり。
そんな事は全部無かったかもしれない。
そして何より、今こうして、莉愛に腕を絡めとられていたりはしなかったはず。
スライムだけに絡めとるだって? うるせーわ!!
1/4の婚約者 ~美人で人気者の幼馴染の正体は、分裂する地球外生命体?~ 黒星★チーコ @krbsc-k
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