第2話:異端審問と裏切りの陰謀

「見たか、この女は水に沈まず浮いた、悪魔と交わった証拠だ!」


 下種な王太子は、私を拷問すると言いだしてからマントを変えました。

 おどろおどろしい金の刺繡を施した真っ黒なマントです。

 こんなこけおどしをしなければ、心を強く持てないのでしょう。

 

 常識的に考えて、ありえない現象が起きる事を恐れているのでしょう。

 異教を信じていなければ、神様の御加護で水に沈んだままになる。

 馬鹿げています、有り得ない話です、人は自然と水に浮くのです。


 王太子はその奇跡が起きる事を恐れ、邪悪な悪魔の紋章をかたどった魔導書を左手に持っています。


 本来なら王太子こそ異端審問にかけなければいけないのに、神官長は何も言わずに私の審問を続けるだけ。


 こんな目にあわせられている私を神様が助けてくれる、そんな事は有り得ません!

 神様が善良な人を助けてくれるのなら、異端審問で苦しむ人はいなくなります。


 神様の名を騙って好き勝手する異端審問官は、天罰で焼かれていたことでしょう。

 異端審問で殺された人々の財産を奪う教会は、すでに雷に撃たれて粉砕されていたことでしょう。


 ですがそんな事は一切ありません。

 異端審問をする神官がこの世にのさばっています!


 枢機卿や司教の蓄財は目を覆う物があります。

 でもその最たるものは王族です。

 民を虐げて搾り取れるだけ搾り、時に命まで搾り取るのです。


 父上はそんな王家を内側から変えるために、私と王太子の婚約を受けました。

 私も民のためを考えて、吐き気をこらえて婚約を承諾しました。

 なのに、王家から婚約を持ちかけておきながら、このような仕打ちです。


「だが余は心優しいのだ、もう一度チャンスをくれてやる。

 斬首や八つ裂きではなく火刑にしてやる。

 異教を信じていなければ、悪魔と交わっていなければ、神様が救って下さる。

 火に焙られようとも身体を焼かれる事はない。

 下民ならば神が救われない事もあるだろうが、パトリツィアは公爵家の令嬢だ。

 罪を犯していないのなら神は必ず助けて下さるだろう!」


 王太子が余りに身勝手な事を言います。

 しかも自分が言った事を全く信じていないのは、顔に張り付いた嫌らしい笑いで明らかです。


 私とコートネイ公爵家貶め、苦しめるために口にしただけです。

 しかも嫌らしい笑いを浮かべているのは王太子だけではありません。


 横に侍っているラヴィーニアも同じように嫌らしい笑みを浮かべています。

 異端審問官はもちろん、王太子に媚び諂って利益を得ている側近貴族も同じです。


「さあ、はじめましょう」


「やめなさい、これ以上恥知らずな真似は神が見過ごしても私が許しません!」


 ああ、ダニエラ、誇り高い女騎士!

 恥知らずが多い貴族が多い中で、唯一心を許せる私の親友!

 貴女はこんな所で死んでいい人ではない!


「駄目よ、ダニエラ、こんな所で無駄死にしちゃ駄目、早く謝って!」


「ふん、無駄だ、異端審問に異議を唱えたのだ、ただで済ませる訳がないだろう!」


「そうよ、ダニエラ、貴女も目障りだったのよ!

 パトリツィアと一緒にここで始末してあげるわ。

 さっさとこの女も取り押さえるのよ!」


 王太子だけではなく、愚かなラヴィーニアも嬉々としてダニエラを捕らえようとしました。

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