第161話 賢者の帰還

 授爵祝いと婚約祝いの煩い客はホリエントに押しつけて、商業ギルドに出向く。

 現在の住まいには厩と馬車置き場が無いので、厩と馬車置き場を作る手続きだ。

 流石に話が大きすぎたのか鼻で笑われたが、ギルドカードを渡して残高照会をさせた。


 掌くるりんと態度が変わり揉み手になったが、家の改築の為の関係者を呼ばせる。

 以前アパートを借りる時にお世話になった係員が現れた。

 現在住んで居る家の一階を改築して、厩と馬車置き場を作りたいと伝えると不思議そうな顔になる。


 当然だな、以前は広いとは言えワンルームを借りたのだから。

 説明が面倒なので見せた方が早いと思い、現在の住いリンガル通りの家へ直接連れて行く事にした。

 係員と共に商業ギルドの馬車で家へ向かったが、到着した家を見てびっくりしている。


 王家からの借り物だが、改築の許可を貰っていると伝えて案内する。

 警備隊詰め所に断り一階の空き部屋を案内するが、各階とも厨房,食堂,サロンに使用人の控え室を除いても広い部屋が八室ある。

 一室が広いので警備隊が使用している部屋は二部屋のみ、一階部分を見て馬5、6頭と馬車の4、5台なら楽に置けますよと太鼓判を押された。


 元々広い部屋と通路なので出来るのは判っていたが、面倒で放置していただけだ。

 壁を取っ払う前に外壁と柱や梁を強化して、天井も石造りに変えてしまうつもりだ。

 ただ、どんな間取りにすれば良いのかがさっぱり判らないので専門家に頼む事になっただけ。

 次いで二階に上がり、玄関ホール脇の一室を除き伯爵邸になるが、上階の子爵邸とは内階段で繋がる様にしたいと言うと、又々ビックリ。


 ゆくゆくは上階と一体化するのだが、そこまでの説明はしない。

 工事には俺も立ち会うと告げて、工事予定と費用は俺の口座から引き落とす様に伝えて後を任せる。


 俺の後を付いてくるホリエントが又も呆れているが、もう一泡吹かせてやるぞ。

 夕食後食堂でホリエントの妻子、ファランナとフィーネも座らせてお話しだ。


 「このアパートはデリスに引き渡して伯爵邸になり、俺は玄関ホール脇の一室に居候となる。となるとホリエントと妻子の二人はお役御免だが、ランガート伯爵様には家臣もメイドも居ない」


 「それは、デリスがこの先の主人って事になるのか?」


 「雇用条件は俺と結んだ条件と同じで、ご両親も今まで通り屋根裏に住めるな。此れなら、主人不在で退屈になる事もなくなる」


 「そんな話じゃないんだが・・・」


 「解雇手当として、ホリエントに金貨100枚、ファランナとフィーネに金貨50枚ずつを贈るよ」


 「ホリエント様、今まで通りデリスとお呼び下さい」


 「二人だけの時はそれでも良いが、他の使用人の手前そうもいかんだろう。まっ伯爵様とでも呼ばせて貰うよ。それと俺に様を付けるなよ、伯爵様」


 三人はその場でデリス・ランガート伯爵の身分証を貰い登録するが、ホリエントは相変わらず騎士団長と同じ高位使用人用だ。

 馬車で移動する際の護衛も必要なので、立場上も騎士団長のままだ。


 「ホリエント様が不味いのなら、騎士団長と呼べば良いよ」


 * * * * * * *


 改築が終わると、俺が住まう時に放り出した家具を運び込ませて、伯爵邸の体面を保つ用意は出来た。

 内階段が出来たせいで、リンディとリンレィが頻繁に二階に降りてくる様になり、また華やかになったのは嬉しい誤算。


 俺の居候部屋のドアは頑丈だが、玄関ホールから見れば壁に紛れて目立たぬ作りで、無骨なノッカーが付いているだけ。

 鍵穴はなく、内部より閂を掛けると誰も入れない。

 入るには転移魔法が必要で、俺の留守中はデリスのみが部屋に入り用件を記した用紙をテーブルに置いておく取り決めだ。


 此れで王都にいる用は無くなったので、気楽な冒険者生活を満喫するつもり。

 と言うか、転移魔法が有れば移動が極めて簡単になるので、王国内を旅するつもりだ。


 * * * * * * *


 「フェルナンドは、未だ帰って来ていないのか?」


 「彼の部屋に陛下のご用件を記した用紙を置いていますが、押さえの呼び鈴が動かされた様子はありません。ただ、オンデウス男爵殿の話しによれば、シエナラの森や、時には見知らぬ街を訪ねて遊んでいるそうです」


 フェルナンドの要求を受けて、年に一度の公式行事出席も免除したが、デリスとリンディの結婚式以来王都には全く姿を現さない。

 公式行事に参加しなくても、彼が王都に居ると知らしめる方法を考えなくては、と国王は気を揉む。

 彼の存在はコランドール王国にとって無くてはならないもので、デリスが如何な魔法巧者と謂えども、フェルナンドには遠く及ばない。


 * * * * * * *


 薄汚れたローブ姿の男がランガート伯爵邸の前に立ち、衛兵に軽く挨拶をして階段を上がる。


 「よう、お早いお帰りで」


 「相変わらず皮肉っぽいね、騎士団長」


 「そりゃー、騎士団が無いのに騎士団長と呼ばれているからな。それより陛下の書状が置いてあるので読んでくれよ」


 暫くして降りてきたユーゴが、空に向けて火魔法を放つ。


 〈ドーン〉・・・〈ドーン〉・・・〈ドーン〉

 〈ドーン〉・・・〈ドーン〉・・・〈ドーン〉


 ファイヤーボールの三連発が間を開けて二度、王都クランズの空に響き渡る。


 ファイヤーボールの三連発二度は、賢者ユーゴ・フェルナンド男爵の王都帰還を知らせる合図だ。

 あまりに姿を見せないフェルナンドに焦れた国王が、賢者の存在を王都中に知らせる方法として頼み込んだのである。

 巨大なファイヤーボールは、賢者の存在を示すものとして配下の貴族や王都の民に知らせてある。


 王都の空に響き渡った轟音は王城にも届き、早速王家差し回しの馬車がランガート伯爵邸へ向かう準備を始めた。


 ** ** 完 ** **

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる 暇野無学 @mnmssg1951

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ