第5話

 俺は分かっていたが、カオリは頑なに誤魔化して隠してきたことがこれだった。カオリ的には隠しているつもりだったようだが、俺にはすべてお見通しだったってわけ。


 そのカオリが告白してバラしてしまうくらいに過去一苦しんでいる。もうリカバリーが利かないぐらいなのもわかる。


「正直全部わかっていた。俺がカオリの安定剤になるんだったらいくらでも利用してくれて構わない。というか、利用しろ。形式上別れたと言っても俺はまだお前こと――」


 そこまで言った途端、カオリがキスをしてくる。チュッとかいうかわいいやつじゃなくて舌を絡ませるような濃厚なやつ。

 驚きはするものの拒否するものでもない。カオリとキスするのが嫌だなんてことは一切ないから。


「カオル……あたし、もう疲れた……。もう、あきらめてもいいかな……」

「うん。カオリは頑張った。やれることはやったんじゃないかな?」


 諦めたらそこで終わりと言われて、そこから更に奮起して立ち上がれる人間なんて実は一握りなんじゃないかと思う。


 大概の人間は早々に諦めて、もしくは見切りをつけて次の目標へとシフトしていくものだろう。


 継続は力なりと目的に向かって努力することは悪いことじゃない。だけどそれに執着してやがて妄執となっていくのとは違うはずだ。


 気づいたときにはすべての他の道は閉ざされた後だったとなるよりも、駄目なものはダメと気づき新たな道へと移行していけばいいのではないだろうか。


 人間、諦めが肝心って言うしね。カオリが自分自身で出した答えならば俺は全力で支持するよ。続けるばかりが正義じゃない。


「ありがと……」

「ゆっくり休めばいい。カオリはだいじょうぶ。俺が保証してやる」


 ふたたびキスをする。息も止まるぐらいな長く甘い情熱的なキス。



 押し倒すようにカオリは俺に抱きつきのしかかってくる。


「カオル……抱いて。ねぇ、しよ」

「ん」


 久しぶりに感じる昂り。カオリの瞳からもそれが伝わってくる。



 カオリをお姫様抱っこし隣の寝室に移動。こんな事をするのも3年ぶり。

 この3年間俺には彼女はいなかったし、カオリにも彼氏がいないのも知っていた。


「めちゃくちゃにして……」

「カオリ、そういった時の俺が何するか覚えているんだろ?」

「うん、して……。全部忘れさせて……」


 3年分の溜まりに溜まった思いも含めていろいろと吐き出させてもらう。

 事実努力するカオリは眩しかったし応援していた。だけど、彼女が成功すれば俺のもとからは離れていくことも分かっていた。


 俺自身諦めるか待つかの想いに身を削る思いだったのは正直なところ。


 カオリの挫折に付け入るような感じになるのはとても心外だけど、俺も我慢はそろそろ限界だった。






「カオル……。もうむり……」


 連続で3回。小休止を挟んで2回。俺の方はそんな感じだったけど、カオリはそれどころじゃなかったみたい。

 ベッドは買い替えないと駄目かも知れないな。シーツがこんな状態じゃマットレスの中まで染み染みかもしれない……。



 二人でシャワーを浴びて、シーツとベッドパッドを剥がすと粗大ごみの回収を頼まないといけないことが確定した。


「とりあえずパッドとシーツは取り替えておこう」

「ごめん……」

「カオリが謝ることじゃないよ。お互い様って感じなのかな」


 不毛なことはいつまでも考えない。どのみちシングルベッドはもういらないのだから。たぶん。



 まあ新しいシーツの上で気だるげにゴロゴロしている。


「あたし、プランナーになる夢がなくなったら何も残らないよ。転職だって本当はしたくない」


「俺たちの仲だし取り繕う必要ないから聞くけど、もうどうにもならなくなって俺にすがって来た、ということだろ?」


 目指すべき道を失って迷子になりかけているカオリが最後まで無くしていなかったのが俺という道標ということじゃないのか。いいように考えすぎかな。


「すごく都合のいいこと言っているのは分かってるの。どうにかカオルのこと繋ぎ止めたくて身体で誘惑しようっていうのも考えた」

「そんなのは分かってる。分かっていてカオリを抱いたんだ。俺もカオリにいてほしかったから。ズルいとしたら俺も同じだと思う」


 本当のところ目標を失ったカオリがどこかに消えてしまうのは怖かった。カオリ自身がどうにかなってしまうのも怖い。

 だからといって諦めるのを促すのも違うと思っていた。だから俺はただ待っていた。どっちに転んでも平気でいられるように覚悟だけして。


「すがってもいいの?」

「いいさ。カオリはなんだかんだで俺のことずっと頼りにしてくれていたってことだし、俺はカオリのことをずっと守っていたかったんだから」


「ずっとなの? あたし、また彼女にしてってカオルにいうよ?」

「大歓迎だね」


「結婚してっていうかもよ?」

「じゃあ、明日婚姻届出しに役所に行くか?」


「カオルの子供が欲しいっていうよ」

「さっきのゴム。3年前ので使用期限過ぎているだろうから穴空いてたかもよ? そうだな、3人はほしいな。男の子と女の子両方」


「ずっと一緒にいてくれなきゃ嫌だよ」

「ずっと一緒にいるつもりしかないよ」


「あたし諦めて正解だったかもしれない」

「諦めからしかこれない未来に来てくれてありがとう」


 諦めるっていうのもそうそう悪いことばかりじゃないんだよ。これ、覚えているといいことかるかもよ?

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諦めから始めよう 403μぐらむ @155

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