第4話

 カオリと恋人関係を解消して3年ほど過ぎた。


 その間は偶に連絡を取ることはあっても会うのは数ヶ月に一度って程度。その連絡だって一月ぐらいは平気で空いたものだ。


 夢を叶えたいっていうカオリの足かせになりたくなくて、別れ話に二つ返事で頷いた。

 あれが正解だったのか不正解だったのかは未だにわからない。そもそも答えなんてないのかもしれない。



 別れてしまったがゆえに詳細までは分からないが、別れたあとカオリはがむしゃらに夢を追いかけたみたいだった。念願の会社に就職もして一生懸命に頑張ったのだと思う。


 惰性でしか生きられない俺にとって夢を持ったカオリは眩しかった。むちゃくちゃ応援していたのもホント。

 俺はあくまでも遠くで静かに見守ることぐらいしか出来ない。だからって離れることも出来なかったのも事実なのだが。


「カオルもシャワー浴びてきなよ。汗とタバコの匂いが臭いぞ~」

「えっ⁉ そんなに汗臭いか?」


 カオリがスンスンと俺の脇の匂いを嗅ぐように近づく。不覚にもドキリとしてしまう。


 何しろ今のカオリの格好は俺のでかいTシャツにペラペラでゆるゆるな短パンだけっていうなんとも危ない薄衣のみ。俺んちのシャンプーなのにいい匂いがするのはなんでだ?


「そうでもないかな。嫌な匂いじゃないよ、寧ろ好き。ただタバコの匂いがするのが、ね」


 居酒屋のどこからともなく漂っていたタバコ臭がシャツにこびりついていたようだった。


「あ、ああ。ん、じゃ入ってくる」

 カオリと交代で逃げるように風呂に向かいシャワーを浴びる。


 俺はどうすべきなのか?

 落ち込んでいるアイツに俺が出来ることは? アイツの本心は……。





「もう少しまともなやつにしておけばよかったかな……」


 風呂上がりの俺の姿。トランクスにヘインズの着潰してよれよれになったTシャツ。なんかカオリ相手に畏まっても仕方ない気もするがこれは流石にナシだったかな。


「出たぞ。酒飲んだあとだし何か飲むか?」

「水か、あれば冷たいお茶がいい」


「水出しのほうじ茶でいいか?」

「うん。なに、カオルが作ったの?」


 作るというほどのものでもない。お茶のパックにほうじ茶の茶葉を詰めて一晩水に漬けておくだけだ。

 お茶のペットボトルを買うよりも安上がりだしペットボトルゴミも出ない。何より好みの濃さに出来るので毎回作っている。


「美味しいね。実は料理もするようになったりして?」

「いや、それはからっきし。せいぜいインスタントラーメンが上限だな」


 実際にはインスタントラーメンも1パック分の5回しか作ったことはない。だからキッチンはきれいなままだ。


「今度からあたしが作ってあげようか?」

「ん、なにを?」


「カオルのごはん。毎日作っちゃったりして……」


 座っていたソファーの隙間を埋めてくる。さっきまでは同じソファーに座りながらも微妙な距離が空いていた。



「あのさ………辛いのか? 苦しいのか?」





「えっと―――うん……」


 カオリが俺に連絡をよこすとき、それ以上に会おうと言ってくるときはだいたい、いや100%カオリがいっぱいいっぱいで苦しんでいるときだった。


 ただ今回は今まで以上に苦しんでいるのが手に取ってわかった。だからいつもなら飲んで別れるところをうちまで連れてきた。


 たぶんカオリはもうこれ以上ないくらい悩んだんだと思う。少なくともそう、俺は感じていた。


「ばれちゃってたかぁ、ごめんなさい……」

「何が?」


「カオルのこといいように使ってる。わたしすごくズルいし汚い」


 カオリの表情は俯いていて分からないが、こぶしをぎゅっと握っていて辛そうに見える。


「カオリってさ、俺と会うときっていつもどんなときだった?」

「ストレスフルで、もうなにも考えたくなくなったとき」


「そういうとき、なんで俺に会おうとした?」

「……会いたくなった。カオルの顔見て、話して、安心したかった」

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