第3話 後編

美咲は、私の憧れだった。


中学生、というか、人間は流された方が楽に生きられる。


友達が好きと言った人や物を褒めて、嫌いと言った人や物を貶す。

自分の好みは関係なく、友達との間に溝ができないように、全てを合わせる。


それが、加藤理佐の生き方。


そんな生き方とは反対のコスパの悪いやり方をしている美咲が、気になって仕方なかった。

\



変な子がいるなぁ。

最初の印象は、そんなものだった。


後に大好きになる人は、中学最初の自己紹介の場面で、こんなことを言い放った。


「松浦美咲。走ることしか興味ないです。以上」


ラブコメアニメで1ヶ月も経てば主人公にデレるタイプだ。


その当時の私は、女の子がたくさん出てくるタイプのラブコメ漫画を好んで読んでいた。


メインターゲットは男性らしい、そうした漫画を読んでいる友達は1人もいなかったので、1人でこっそり嗜んでいた。


その中でも、ツンデレと言われるタイプの子に最も惹かれてる性質らしく、最初はキツイ言葉を浴びせるけど、徐々にスキスキオーラを全開にする彼女達のことが、21歳になった今でも可愛らしく思う。

そのツンデレ要素を、松浦美咲に感じた。

これは、私にも攻略できるチャンスがあるのではないかと、近づいた。


最初は、こちらが話しかけても「はぁ」とか「うん」くらいしか言わなかった美咲はだったけど、同じく陸上部に入って辛い練習を共有してからは、美咲から話しかけてくれることも増えた。


真面目すぎるが故に、ジョークを理解できない美咲を他の子達は苦手としていたみたいだけど、私は一緒にいて楽しかった。


キツイことを言ってしまった翌日は、毎回瞬きを普段の6倍はしながら謝るところや、早く走るコツを早口で説明している得意げな顔は、本当に可愛かった。


この感情を軽々しく「恋」と断定することは、私に辛うじて残っていた自意識が許さなかった。


だから、そのモヤモヤを練習にぶつけた。


私のタイムはある日、突然飛躍的に伸びた。

その時に、まず考えたのは、次の大会ではなく、美咲がどんな顔をしているかだった。


怖くて見れなかった。


もし、私が美咲のタイムを超えてしまったら、どうなってしまうだろう。


10分ほど経って、美咲を探したけど、見つからなかった。それから、いくら待っても美咲の姿は見えず、練習が終わった。

\



翌日から、美咲が分かりやすくよそよそしくなった。


あれで少しでも心情を隠せていると思っている美咲も可愛かったが、私は前みたいに美咲と雑なコミュニケーションをとりたかった。


「美咲、一緒にお菓子だーべよ」


これは確実にツッコミを入れてくれる。


「う、うん」


あれ、受け入れられちゃった。


普段は絶対に間食なんてしないストイックな美咲が、5本のポッキーを食べた。


これは、思っている以上に重症かもしれない。

\



ここで私が陸上に手を抜くことが1番美咲を傷つけることは分かっていた。


だから、居残り練習なんて初めてしまった。


逆に不安になるほどタイムが伸びていたある日、体調が微妙で居残り練習を早めに切り上げて部室に向かった。


まだ、美咲はいるだろうか。

そんな期待をして部室に近づくと、美咲の声が聞こえた。


「悪口は、本人の聞こえない場所でね」


美咲お得意の嫌味だ。


ここ最近、私に対してオドオドしている美咲は、珍しくはあるけど、可愛くはない。

この、性格悪いことを言う美咲の方がいい。


5秒ほどで西村さんと今田さんが部室から出てきて、小走りで去っていった。


よく美咲の悪口を言っている2人。

きっと、美咲があまりにも美人だから虐めたくなるんだろう。気持ちは分からなくはないけど、普通に仲良くなった方が絶対に楽しい。


不器用なやり方でしかアプローチできない哀れな2人を見送っていると、美咲が出てきた。


もう帰るのかと焦っていると、地面に座ってスパイクをいじりだす。

練習はもちろん、道具も大切にする真面目な子なのだ。


しかし、このシチュエーションは都合がいい。


スパイクの手入れをしながらなら、自然に話せる気がする。


「あれ?みんなは?」


忘れ物を取りに帰ってきた演技をしてみる。


「えっと、帰った」


だけど、美咲の言葉がぎこちない。


「そっか。私もスパイクの手入れしようかな」


でも、私は諦めない。


出会った頃と同じように攻めていけば、また、気軽な友達に戻れるはずだ。


隣に座って、自分のスパイクを取り出す。

同じ作業をしているのは、親近感があるだろう。


さて、何を話そう。


昨日観た面白い動画の話?

カレーの日にお母さんが炊飯器のスイッチを押し忘れてた話?

担任の石川先生が繁華街のキャバクラに入っていったっていう噂の話?


なんだか、どれも違う気がする。

他に話すべきことがある。


うーん。


そんな風にダラダラ考えていたら、美咲が突然立ち上がった。


「‥‥‥美咲?」


顔が青を通り越して紫に見える。

体調が悪いんだろうか?

だとしたら、家まで送ってあげなきゃ。

私が口を開く直前に美咲が早口で言う。


「ごめん。私帰るね」


ものすごいスピードで走り去る。


「‥‥‥」


私なんかより、とんでもない脚力だ。

早く、私を追い越してよ。

\



美咲と同じ高校に行きたかったけど、陸上部の強いところからのお誘いに、私は屈した。


少しだけ、疲れていたのだと思う。


高校は別でも私達の友情は壊れないとか、自分で自分に言い訳をして、美咲とは別の道を選んだ。


高校生活は、忙しいけど、割と楽しかった。

練習が終わってみんなでファミレスに行ってダベったり、格好いい先輩に告白されてデートしたりもした。


しかし、1人になった時に美咲のことを考えていることに気づく。


卒業してから一度も会っていない。


元気にしているだろうか?

友達はできただろうか?

陸上は続けているだろうか?


そんなことを考えているうちに、時間が過ぎ去る。

そんな日々を過ごして「私は美咲のことを忘れることはできないんだ」と悟った。

\



プロになった。


美咲とは会えていない。


スマホのホーム画面は、唯一撮らせてくれた美咲の写真にしている。

不意にホーム画面を見た人達は、「妹さんですか?」と聞いてくる。


妹。


6年も会えないことになるくらいだったら、その方が良かったかもしれない。


「‥‥‥はぁ」

「加藤さん、ちょっといいですか?」


私がため息を吐いてしまったものだから、マネージャー?みたいな仕事をしている黒田さんが申し訳なさそうに切り出す。


いかんいかん。


仕事の話をするのに気を使わなくてはならないなんて、無駄な心労を与えてしまっていた。


「もちろん。なんですか?」


「あの、情熱大陸からオファーが来ているんですが、どうしましょう?」


「ことわ‥‥‥」

すぐに断ろうとした。


自分のことを語るなんて恥ずかしくてできない。

でも、もし美咲の話を放送してくれたら‥‥‥。


「受けます」

\



水曜日の深夜、私は懐かしい中学校のグラウンドに通っている。

立派な不法侵入だ。

バレたら、色んな人に迷惑がかかる。


今日で3日目。

今夜、来なかったらこんなことは終わりにしよう。


私は、部室の前の地面に座った。

最後に美咲と会話‥‥‥らしきことをした場所。

美咲もいなければスパイクもない。

その事実を突きつけられ、蹲る。


ザッ。


人間の足音。

まさか、そんなわけがない。

あんなに会いたくても会えなかったのに、こんないきなり。


「誰?」


不審者だったら、返り討ちにしてやる。これでもプロスポーツ選手だ。そこらの男には負けない。


「え!?」


この1文字だけで誰の声か分かった。


やっと、追いついてくれた。


どれだけ待たせるんだ。

いつの間にかプロになっちゃったよ。


文句がたくさんある。

きっと、一晩じゃ言い尽くせないくらい。

美咲からもあるだろう。

長い時間をかけて、答え合わせをしよう。








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