乾季がはじまってしばらく後のことであった。

 アリアンロッドは壺つくりの翁に連れられ、イルチェイシの川岸を遡っていた。

 イルチェイシ川は都の東をまっすぐ北に向かって流れ、その水源は小高い山中にある。

 雨季がすぎると水は涸れるが、海から水を遡ってきた混沌の生き物のなきがらが、塩となって川底に堆積している。

 川の源頭近く。切り立った山肌が両側から落ちかかっている場所で、二人は陶土を見つけた。背負った袋に陶土をいっぱいに詰め、これで村に帰るのだろうと思っていたアリアンロッドに、翁は言った。

「山頂まであと少しだ。登ってみないか」

 彼らは暗闇の世界で生きるように創られていたが、このような見通しのきかない地形は決して安全なものではない。アリアンロッドは、翁がたわむれにそんなことを言い出したとは思わなかった。陶土集めの旅の道連れに、アリアンロッドを選んだことが、そもそも意味のあることだったのだと思った。

「行きます」

 と、アリアンロッドは短く答えた。

「うむ」

 と、翁はうなずきながら言った。そうしてもう、山頂に向けて歩き始めていたのだった。


 ヨーリオンよりもずいぶん年上であるはずだが、壺つくりの翁は身軽だった。険しい山道をすたすたと登っていき、その背中に追いついたと思ったときには、すでにそこが山頂だった。

「見よ、あれがキンメリアの都だ」 

 翁は言った。

 近くから見上げるときは果ての見えない巨大な壁のようであった都は、銀色の宝珠のような姿で、眼下の砂漠に輝いていた。山頂から見るその姿は、掌に収まってしまいそうなほど小さかった。

「知っているか、アリアンロッド」

 都を見下ろしていた翁が、不意に彼を振り返って言った。

「おまえは、あの都で産まれたのだ」

 アリアンロッドの呼吸が、つかのま止まった。

 自分がヨーリオンの実の子ではないことは、うすうす気づいていた。きょうだいたちは何も言わなかったが、村の口さがない者たちに、からかわれることは度々あった。アリアンロッドは感情を表に出さない子供だったが、そのことで少しも傷つかなかったわけではない。

 だから、翁の次に発した言葉は、大きな衝撃となって彼の心を揺らした。

 壺つくりの翁はこう言ったのだ。

「おそらくおまえは神の子なのだ」と。


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火の巨人 @oiomae

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