エピローグ

卒業式

 逃避行生活から一ヵ月が経った。店長から喝を入れられて温泉街をあとにした俺は、勢いそのままに蓮香の実家に訪れた。そこで蓮香の両親と対面し、娘さんを無断で連れ去ったことを心からお詫びした。もちろんこっぴどく怒られはしたが、同時に感謝までされてしまった。中学一年生の荒れていた蓮香を普通の道に戻したことを、今になって感謝されたのだ。蓮香の両親は医者をしているため娘の面倒をよく見れないことに悩んでいたらしく、その中で蓮香がグレてしまったから困っていたらしい。そんな時に俺が蓮香を普通の道に戻したもんだったから、ずっとご挨拶をしたいと思っていたのだそうだ。それなのにどうして、あの日蓮香のご両親は激怒して俺の家に突撃しようとしていたのか。それは俺がフリーターをしていることで、娘がそんな男と付き合ってもよろしいもんかと考えたからだそうだ。そこで俺は蓮香の両親に社会人になることを約束して、なんと四月から定職に就くことが決まった。そのことを報告すると蓮香の両親も納得してくれて、蓮香とのお付き合いが親公認となったワケである。


 そんなことがあったのが一ヵ月程前。今日は蓮香の卒業式。俺は二束の花束を持って、蓮香の通う越冬高校の校門前に立っていた。胸元にコサージュをつけた学生が次々と校門から出て来るところを見ると、もう卒業式は終わったらしい。蓮香はまだ出て来ないかなと思っていると――


「よっ。柊一さん」


 後ろから声を掛けられた。後ろを振り返ってみると、そこには制服の胸ポケットにコサージュを付けた蓮香が立っていた。


「こんにちは。柊一」


 蓮香の背後から、乃々ちゃんも顔を出す。彼女も蓮香と同様に、制服の胸ポケットにコサージュをつけている。


「二人とも。出て来てたんだな」


 ずっと校門を見ていたのに、蓮香と乃々ちゃんが出て来たことに気が付かなかった。一ヵ月前のことを考えてボーっとしていたらしい。

 俺は改めて、蓮香と乃々ちゃんに体を向けるようにして立つ。真正面から見ても、二人はどの卒業生よりも輝いて見えた。


「卒業おめでとう。二人とも。これ、卒業祝いだ」


 俺はそう言って、大き目の花束を蓮香に、小さめの花束を乃々ちゃんに手渡した。二人は驚いたような顔で花束を受け取ったが、次第に頬を緩ませた。


「えー、すごく嬉しい。ありがとうございます。柊一さんってこういうこと出来るんだ。なんか意外かも」


「ありがとう。柊一」


 嬉しそうに笑う二人の笑顔を見て、俺は照れて頬をかく。


「普段はこんなキザなこと出来ないけど、今日は卒業式だからな。手ぶらで二人を祝うのも違うと思って、近くの花屋でパパっと買って来たんだ」


 嘘だ。本当は一昨日くらいからずっと、二人にどの花束をプレゼントしようか迷っていた。二人とも同じ大きさの花束にするのか。色はどうするのか。そんなことを二日ほど考えた結果、恋人の蓮香には大きめのピンクの花束を、友達の乃々ちゃんには小さめの色とりどりの花束を選んだのだ。


「この花束、柊一だと思って大事にする」


 乃々ちゃんはそう言って、微かに頬を緩めた。彼女なりの感謝の言葉だろうと思って、俺は「そうしてくれ」と笑って頷く。そこで沈黙が訪れようとすると、乃々ちゃんは何かを察したようにハッとした表情を作った。


「わたし、パパとママのところ行ってくる。一緒に写真撮りたいって言ってたから」


「あ、そっか。じゃあ乃々。今日の十八時に私と柊一さんで迎えに行くから、一緒に卒業祝いのご飯食べに行こうね」


「あい。了解」


 乃々ちゃんは額に手を当てて敬礼すると、そそくさと小走りで人混みの中に消えて行ってしまった。きっと彼女なりに、俺と蓮香の二人だけの時間を作ってくれたのだろう。それに気が付いたのは俺だけではないらしく、蓮香も照れたような表情をこちらに向けていた。


「乃々、行っちゃったね」


「そうだな」


 そう言葉を交わして、二人で笑い合う。二人の笑い声は、すぐに人混みの中へと消えて行ってしまった。


「改めて卒業おめでとう。蓮香」


「はい。ありがとうございます。柊一さんのおかげで高校も無事に卒業出来ました」


「本当によかったよ。春からは大学生になるんだもんな」


「そうです。大学生になります。私もJKを卒業して、JDになるんですね」


 つい先日知ったことだが、蓮香は一月くらいに志望校の大学に合格していたらしい。その大学では経済学部に入るらしく、なんと乃々ちゃんも同じ大学の同じ学部に進学することが決まっているそうだ。蓮香と乃々ちゃんはずっと仲良しでいることだろう。


「私の親は卒業式に来てないですけど、両親も柊一さんのおかげで私がここまで育ったって喜んでましたよ」


「そんなことないよ。ここまで高い学費を払って育ててくれたのは、両親のおかげだ」


「それじゃあ、両親にも感謝しておきます」


 えっへんと胸を張る蓮香。どうしてそんなに偉そうなんだとツッコみたくなったが、彼女の茶目っ気に免じて許してあげよう。

 ツッコむ代わりに笑ってみせると、蓮香も釣られるようにして笑った。二人で笑顔を見せ合うと、そこで一区切りがついた。俺はここで、言わなければいけないことを思い出した。


「なあ、蓮香」


 改まった感じで名前を呼ぶと、蓮香は「なんですか?」とキョトンとした顔をした。俺は高鳴る心臓を手で押さえながら、今日言おうとしていたことを口にする。


「ちょっとだけ気が早い気もするけど、蓮香が大学を卒業したら――俺と結婚してくれないか?」


 蓮香が進学する大学は四年制なので、彼女が卒業する頃には俺は社会人四年目になる。そうすれば稼ぎも安定して来て、蓮香の協力は必要だが二人で暮らして行けるのではないかと考えたのだ。それ以上に、蓮香のことが好きでしょうがないという理由が一番ではあるが。

 俺からのちょっと早めのプロポーズに、蓮香は驚きで目を大きくさせたかと思うと、途端に大粒の涙を流し始めた。蓮香は自分の瞳から大粒の涙が流れていることに気が付き、顔を伏せる。しかし蓮香は手の甲で乱暴に目を擦ると、顔を上げて満面の笑顔を見せた。


「はい。喜んで」

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金髪JCにエッチをしようと迫られたが面倒だからと断ると、なぜか惚れられてしまい結婚を申し込まれた。~結婚は大人になってからなとはぐらかしたのだが、金髪JCは清楚系JKになってまた俺の前に現れる~ 桐山一茶 @rere11rere

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