第9話 見知らぬ天井

 その祈りが通じたのだろうか。

 ちかっ、と水晶玉の奥のほうが微かに光った。


 これか! これかもしれない!

 私はありったけの力を込めて、自身の体に秘めるドールへの思いを水晶玉に送り込む想像をした。


 私が初めてドールを手にしたのは十年前のことだ。就職してから疲れることばかりで、とにかく疲れてしまって、なにか自分にご褒美を買いたい気分になった。そんな時たまたま出会ったのがドールだった。最初にお迎えをしたのが、キャスト製のルネちゃん。少しレトロな顔立ちをした、とてもかわいらしい子である。そして、私がたびたび浮気をして別の子をお迎えしても笑って許してくれる、私にとっての一番。一番愛しい子。今は離れて暮らしているけれど、いつかまた会いたい。やはり私には彼女が必要なのだ。ルネちゃん。私のもとに来てくれてありがとう。ルネちゃん。また会いたい。



 —―お願いだから、ここに来て。



 その時、ぶわっ、と水晶玉から強い風が吹いた気がした。

 何かが強い光を放ちながら、伸びたり縮んだりを繰り返している。まるで粘土のようだ。私の胸の内に呼応するかのように、それは徐々に人型になってゆく。

 見慣れた姿だ。あの腕、あのボディ。あの足。いずれも自分の記憶と違わない。


 ここにおいで。


 そうつぶやくと、光に包まれたそれは私の腕の中にすっぽり収まり、やがて光が徐々に収まってゆく。


 まだ熱い。

 そう思ったとき、急に体から力が抜けた。抗うことができずに、そのまま私は倒れこんでしまった。そこからぷっつりと、意識が途絶えた。


***


 目を覚ますと、そこは見たことのない場所だった。

 私の体はふかふかのソファに横たえられ、おなかのあたりに布が一枚かけられている。なんとなく起きられそうな気がしたので、むくりと体を起こしてみた。


 おそらく、神殿だ。神殿の中の一室でひとり眠っていたようだ。窓から覗く太陽の傾きから察するに、もう夕方近い時間なのだろう。先ほどは早朝の真新しい光に包まれていたはずが、今は橙色のあたたかな色へと変化している。


 さて、これからどうしたらいいのだろう。

 きょろきょろとあたりを見回していると、突然部屋の戸が開いた。


「おや」

 先ほどの女性の神官だった。「具合はどうですか。ロンバルディ・モネ」


「ええと……、はい。もう大丈夫です」

 私はおずおずと答え、それから彼女のことを見やる。「あのう、儀式は……」


「今日の成人の儀は終わりましたよ」

 彼女は淡々とした口調で告げる。「ほかの皆さんはすでにお帰りです」


「あ、はい」

 すみません、いつまでも寝ていてすみません……。


 私はつい委縮してしまった。てっきり怒られると思ったのだ。しかし、彼女は優しい口調で話しかけてくる。


「年に一人か二人は、魔力の使い過ぎで倒れることがあるんです。だから気にしなくても大丈夫ですよ」


 あ、そうなの。魔力の使い過ぎだったの……。

 突然突きつけられた新事実に、私は思わず肩を震わせた。

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トゥーランドの人形師 ドールカスタマーの異世界転生記 依田一馬 @night_flight

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