第8話 重大なことを忘れていた

 神殿の中に入ると、すでにほかの子供たちは集まっていた。彼らは儀式が始まるのを今か今かと待ちわびている様子で大人しく座っている。皆おそろいのローブを身に着けており、なんだか不思議な光景だった。


 私は空いているベンチに腰かけると、そんな彼らのきらきらしたまなざしをぼんやりと眺める。


 —―私の知る十三歳といったら、中学生だ。まだ働きに出るような年齢ではない。しかし彼らは働きに出ることが当たり前とでもいうように、将来のことをこんなにも早くから考えているのだ。


 えらいなぁ。すごいなぁ。

 私は思う。三十四歳になっても自分の将来のことなどまるで考えていない女がここにいるぞ。唯一考えているのはドールのことか。それだけの思いでここまできてしまったんだぞ、こっちは。

 ここまできたら諦めるしかない。モネと私との間で交わした約束だけを胸に秘め、儀式に臨むことを決めた。


 すると、奥から数人の大人が姿を現した。いずれも立派な神父のような恰好をしている。一目見るだけで、神殿の関係者だということが分かった。


「子供たちよ、成人おめでとう」

 彼らは口を開くなりそう言った。「今から君たちは立派な大人だ。これから皆の職業を決めていくが、希望通りにならなかったとしても天命だと思い、立派に職務を全うしてほしい」


 ……もしかしてこのシステムって、転職ができないタイプのやつなのでは?

 私は唐突にそのブラックさに気が付いた。だとしたら相当ひど――否、神様ってよっぽど偉いんだなと思う。


 ほかにも祝詞のような文言をいくつか唱えていたが、その辺の教養にとんと疎い私は何を言っているのかさっぱり理解できなかった。本来のモネなら分かるかもしれないが、そう都合よく教えてくれるわけなどない。とにかく眠らないよう、私は必死に目を開け広げていた。


 すると今度は、ベンチに座った子供を列ごとに最奥の部屋へと連れ出し始めるではないか。来た。あれがたぶん本日のメインイベントだ。順番からして、私はだいぶ後のほうになるらしい。


 モネ。

 私は胸の内で彼女の名を呼ぶ。

 安心して。あなたの望みも、一緒に叶えてあげる。


 ドール……ドール……とぶつぶつ呪文のように唱えていると、あっという間に時間が過ぎる。周りの子供たちが私のことを不審そうに見ていたのは気のせいだ。たぶん。


 そうしているうちに、私の列の番がやってきた。神官に連れられて、五人ほどの子供が奥の部屋へ通される。私は列の一番最後だ。奥の部屋の入口まで来たら、ここからは一人ずつ部屋に通されるらしい。順番に子供たちが入ってゆく。前に入った一人が出てきたら、次。嬉しそうな顔をした子もいれば、がっかりした表情の子もいる。いったいこの中で何が行われているのか。彼らの表情からはさっぱり読み取れなかった。


 そうして、とうとう私の番がやってきた。


 扉の中に入ると、ずいぶん年老いた白ひげを蓄えた男性と、その両隣に男性と女性の神官がひとりずつ。彼らの中心には、紫色をした水晶玉が置かれていた。


 私はマイヤ様に教わった通りの手順で膝を曲げ、礼をして見せる。


「ロンバルディ・モネです」

 すると、女性の神官がにこりと微笑んだ。


「ロンバルディ・モネ。成人おめでとう」

 そして、私のもとまでやってきて、このように言うのだ。「この水晶玉に手を添えて、魔力を放出してみてください。それを見てあなたの職業を決めます」


 なるほど、魔力を放出—―ん、放出?

 私は肝心なことを忘れていたような気がする。魔力を使うところをリサに見せてもらいはしたが、自分でその練習をしただろうか。否、していない。放出ってどうしたらいいのだろう。


「どうしました?」

 途端に顔色が悪くなったのを見て、神官は怪訝な顔をした。「具合でも悪いのですか」


「いえ、そんなことは」

 魔法の使い方が分からないなんて、口が裂けても言えない。


 ええい、もう仕方がない。

 私は両手を水晶玉に添えると、ありったけの想像力を使い、自分が魔力を使うところを想像してみた。しかし、なにも起こらない。これではないのか。


「もう一度お願いします」

 私はそう言うと、掴まんばかりの勢いで水晶に手を当てた。

 ここでドールに関するものが出なかったらなにも始まらないのよ。お願いだからなにか出て。ドールドール、ドルドルドル……! 私のかわいい子! ルネちゃん! 助けてルネちゃん!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る