第3話 商談

「話を聞く限り京香様は奥歯を回収しにいったようですが……実際に拾ってきたのはこの鈴でありましょう?」


一体どういう事だ?と疑問符を浮かべる來宮。京香はクッキー缶に入った鈴を一つ手に取ると、指先で振って見せた。

瞬間、來宮の表情が強張る。何故ならその鈴からはチリンチリンでも、シャンシャンでもなく、コツンコツンとドアノックの様な音が発せられたのだ。

そこで來宮は鈴の中身が何かを悟った。あぁ確かに京香様は鈴ではなく奥歯を回収してきた・・・・・・・・・様だと。


「いったい誰がこんな悪趣味な小物を作ったのでしょうね」


誰に問うわけでもなく、京香は物憂げな表情で一人呟いた。

その問いの答えは來宮さえ知らない。來宮が知っている、否先ほど悟ったことと言えばその鈴の中身こそ、工場火災で亡くなった従業員たちの奥歯だろうという事だ。


しかし何故、彼らの奥歯が鈴の中に入っているのか、その理由は來宮も京香も知りえないことだ。


「拙も京香様も暫くの間は夜道を避けた方がよいでしょうね」


そうね、と京香は來宮の言葉に賛同した。

亡くなった従業員の奥歯を加工したのが何者かは分からない。しかし少なくとも鈴は意図的に火災現場に残されていたのであり、京香は興味本位でそれを拾ってしまった。


その結果、正体不明な怪異かはたまた頭のおかしい変質者に目を付けられている恐れがある。

触らぬ神に祟りなし。京香と來宮の頭にはそんな諺が浮かんでいた。


 *


「では、そちらの鈴を買い取らせていただきましょう。お幾らになりますかな?」


京香は來宮の言葉に目を見張った。いったい何を聞いていたのか。この鈴が孕む危険性を聞いて尚、この男は購入の意思を変えることが無いのか。


「勘違いしてほしくないのですが」


京香の考えを読んだのか來宮が口を開く。


「出所不明な危険物を京香様が持っているより、老い先短い拙が持っていた方が安全だと思い、購入を検討させてもらっているのです。ささ幾らになりますかな?」


京香は何度も反論を口にしたが。


「老い先短いのですから、今夜殺されようと変わりますまい」


來宮は好々爺然した笑顔と言葉によってそれを許さなかった。

無論、この鈴を持っていたところで命の危険があるとは限らないが、こんな不気味なものを作る者が何もしてこないというのは考えにくい。

であれば、老い先短い來宮が持っている方が理に適ってはいるのだ。


商談後、京香は來宮を店の外まで見送った。それから來宮が角を曲がり見えなくなるまで、彼の姿を目で追った。


店の中に戻り、2週間前と同様に机に突っ伏した。京香は寿命を延ばす為に、若くして奇奇怪怪とした存在や呪物に手を伸ばした。すると時に自身では手に負えない代物が出てくることが幾度かあった。


そういう時は決まって來宮が進んで引き取ってくれていた。京香はその度に初老であろう來宮に自分の我儘で、迷惑を掛けていることに罪悪感を抱いていた。


しかし寿命を延ばすという自分勝手な目的を考えると、やはり別に押し付ければ良いじゃないかと言い出す自分が何処かにいた。結局、いつも來宮に危険物を押し付けることになるのだった。


「まあでも、あの人なら大丈夫かなぁ」


好き好んで感染呪物を買っていく來宮の姿を思い出し、楽観的な思考へ逃げる。感染呪物を手にした來宮は初老の姿に似合わず、目を爛々と輝かせ生命力に満ち溢れていた。まるで新しい玩具を手に入れた・・・・・・・・・・・子供の様に。


そんな様子の來宮の姿を思い出し、京香はクスリと笑うと営業中にも拘わらずうたた寝するのだった。



―了―

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質屋「紅椿」の風変わりな店主と客人 城島まひる @ubb1756

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