第2話 回収

時は遡ること2週間前。京香の営む質屋、紅椿の近くにある工場で火災が発生した。

出火原因は整備不良の機械だった。ベルトコンベアのゴムが燃えたことにより、有害な悪臭が周辺地域一帯を覆った。

その結果、周辺地域からは悪臭を吸引したことによる体調不良者も出ており、工場側は大きな責任問題を抱えることになった。

いくら近所と言えど、京香自身にとって特別興味を惹かれることはない話題であった火災事故。

しかし事故から二日後に質屋を訪れた客との談笑によって、それは一瞬にして興味の対象へと様変わりした。


その日、店を訪れたのは一人の女性だった。セミロングであることを言い訳にして、まともに髪を梳かすことのないボサボサ髪の京香とは違い、訪れた客は透き通るような長い黒髪をポニーテールで一つにまとめていた。

更に白地のTシャツの上からデニムシャツを羽織り、下はベージュのストレッチパンツで白いスニーカーを履いており健康的に見える。

少なくともこの様な陰険な店に入ってくるような人種には見えない。

しかし客は机に突っ伏す京香を視界に捉えると、親しみのこもった声で店主に呼び掛けた。


「きょーかちゃんもうお昼だよ。まったく、いつまで寝てるの」


そして店主が突っ伏している机の後ろに回ると、手提げバックから櫛を取り出す。


「まったく、女の子なんだから髪は大事にしないとダメだぞぉ。あと……服も、ね」


櫛で髪を梳かしながら店主、京香の着ている着物を見下ろす。

少々色褪せてはいるものの茜色の生地に白い椿があしらわれたデザインとなっており、小柄な京香が着ると一見して座敷童に見えると揶揄われることがある。この着物はオーダーメイド品であり、ある人物が京香の為に依頼したものである。

その人物こそ今、紅椿の店主である京香の髪を梳いている客人、琴瀬 蒼井その人である。


一通り京香の身嗜みを正した琴瀬は、店の奥に通され紅茶をご馳走になっていた。茶葉はファーストフラッシュ、言わばダージリンの新茶であり、一部の贔屓にしている客にだけ出している。


味覚と嗅覚を失った・・・・・・・・・ばかりの琴瀬は、紅茶を楽しむフリをしながら京香に話題を振った。その話題は近所の工場で起きた火災事故に他ならない。


京香は特段、被害など無かったことを伝え一先ず安心と言った。琴瀬はその回答にホッとした素振りを見せると、誰もいない店内を見回し声を潜めて言った。


「ところでその火災事故に関する噂は聞いた?」


キョトンとした京香の表情を見て、琴瀬は噂の詳細を語った。

曰く8名の作業員が火災事故の犠牲となり、彼らは皆逃げ遅れ火に巻かれて亡くなった。この事はニュースで報道されており、嘘偽りのない真実として世間に知られている。

しかしこの件に関して奇妙な噂が付きまとっているのだ。


それは焼死体となった作業員たち8人、全員の奥歯が何者かによって抜き取られた形跡があったことだ。悪趣味な噂に聞こえるかもしれないが事実、火災から数日経過した今も警察官が巡回しているところを見ると、一概に噂とは切り捨てることが出来ない。逆を言えばそれ自体が、噂の火種になっている可能性もあるが……。


琴瀬から噂を聞いた京香は興味が湧いて来たのか、亡くなった作業員の名前を尋ねる。対して琴瀬は手持ちのスマートフォンで、工場火災の記事を表示して京香に見せてやる。このご時世、小学生でもスマートフォンを持っているというのに、こと京香に至っては金の無駄の一点張りで購入しようとする素振りすら見せない。


京香はスマートフォンに表示された記事を一通り斜め読みすると、再び机に突っ伏した。

予想外の反応を見せる京香に琴瀬は唖然としたが、すぐに我を取り戻し声を掛ける。しかし京香は突っ伏したまま腕を器用に動かし、店の出入口を指さした。つまり京香はこう言いたいのだ――さっさと帰れ、と。琴瀬はムッと表情を強張らせたが、席を立つといそいそと京香の店を後にした。


琴瀬が自宅であるマンションに着くと、習慣になっているポスト確認を行う。いつからか帰宅する度に、ポストの中身を確認する癖がついていた。無論、そんな頻繁に確認したところで、手紙など入っている筈がない。


しかしポストの中を確認すると案の定、達筆で書かれた手紙が入っていた。その筆使いと上質な和紙を見て、差出人が誰であるか瞬時に悟る。そして手紙には一言、こう書かれていた。


"奥歯の回収の為、丑三つ時に工場の火災跡地に侵入する"


それが京香からのメッセージあることに相違はないだろう。興味がなさそうに見えたのは、深夜活動する為に今から休もうという魂胆だったのだろう。

相変わらず説明不足な京香の態度には呆れる。

一先ず自分に出来ることはないと、琴瀬は誰が届けているのか分からない手紙を片手にエレベーターに乗った。

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