質屋「紅椿」の風変わりな店主と客人

城島まひる

第1話 質屋

曰く榑乃京香は古物商である。

曰く榑乃京香は風変わりな質屋である。

――曰く榑乃京香は病的なオカルトマニアである。


人の口に戸は立てられぬと言うように、一度人々の話題に上がった噂というのは増えることがあっても、消えることはない。

たとえ消えたように見えたとしても、それは蛇の脱皮の如く新しい噂となって話題に上がる。


さて今日話題に上がっている榑乃京香たる人物も、蛇足に蛇足を重ね、噂が有耶無耶になっていても、その変人という評価は一向に変わらないようで。


相も変わらず、彼女は心霊スポットや深夜の河川敷で度々目撃されていた。


 *


「京香様や、また噂が二転三転しておりましたが、拙の居ぬ間に何をしでかしたんです?」


茜色の下地に掠れた白文字で紅椿と書かれた――かろうじて読める――看板を掲げるボロ屋に一人、初老の男性が訪れていた。

その手に大きな手提げバックを持ち、入り切らないのかバックの口からくすんだ色のガラクタが見え隠れしている。


「別に何もしでかしてませんわ。ただ近くの工場で火災があったので、その焼け跡に侵入しただけですわ」


思いっきりやらかしてるじゃないですか――という言葉を飲み込み、初老の男性、來宮は興味深げに京香の背後にある棚へ視線を向けた。

その棚には手に入れたばかりの品が並べられており、売り物になるか否かを確認する為の一時保管場所である。


「京香様のような御仁が、そのような場所へ参ったのであれば、耳目を集める物があったに相違ないでしょう」


來宮は確信に満ちた声で京香に促す。一体何を掘り出し見つけてきたのか?と。

迫られ隠しきれないと思ったのか、それとも隠す気など元々なかったのか。京香はあっけらかんとした様子で、背後の棚からクッキー缶を取り出した。

クッキー缶自体は真新しいもののようで、あくまで入れ物代わりに使われている様に見えた。

京香はクッキー缶を來宮にも見えるように、目の前の机に置くと爪を立てて力任せに開封した。


「これはまた面妖な小物を拾ってきましたなぁ……」


言葉とは裏腹に、それを見ている來宮の目は好奇心からか爛々と輝いていた。

クッキー缶の中に入っていたのは、火災があった工場の焼け跡で拾ってきた"赤錆びた鈴"に他ならなかった。


 *


見た目こそただのボロ屋で、看板の文字も掠れ読めたものではないが、ここ紅椿はれっきとした質屋である。そしてその店主こそ、怪しい噂の絶えない榑乃京香である。


京香と來宮は商談の為に店の奥で、机を挟んで座っていた。テーブルには京香が入れた紅茶と、先程の赤錆びた鈴が8個。來宮は紅茶の入ったティーカップを手に持ち、香りを楽しむ素振りを見せてから口に含んだ。


「さすが京香様、結構な点前でありますな」


「あら?貴方に紅茶の味がわかりまして?」


賞賛の言葉に京香は皮肉を返す。しかし來宮から予期せぬ言葉が返ってくる。


「えぇ最近、味覚と嗅覚を手に入れまして・・・・・・・・・・・・・ねぇ。拙の身の上話に興味がおありで?」


彼らしくない、ねとつくような笑みを向けてくる來宮。京香は首を横に振り、興味などないと返す。以前から來宮が人間ではないことは、薄々察していたが來宮自身から思わせぶりなことを言ってきたのは今回が初めてだった。


そもそも京香自身、まともな人間とは到底言えないのだ。京香の経営する質屋、紅椿は正真正銘の曰く付きの物を売り、その対価として買い手の寿命をいただく。死を恐れるあまりに京香が編み出した呪法であり、対価として受け取った寿命は京香に加算される。


「さて、拙としましてはそろそろ商談を始めさせていただきたい」


笑みから一変、真剣な顔を向けてくる來宮へ京香はそうねと短く返し、商談に応ずる構えを取る。

京香が帳簿を机の上に置くと、殆どの客は顔を強張らせる。それもその筈、これから寿命を対価として抜き取られるのだから、身構えない者がいるだろうか?

しかし少なくとも見た目だけは初老の男性といういで立ちの來宮、この男だけは飄々とした態度で商談に応じていた。


「先に言っておくけど、今回の代物はアナタが好む感染呪物の類では無いわ。それでも取引するのかしら?」


理由は知らないが來宮は感染呪物。人から人へ呪いが伝染する呪物を殊の外好んで購入する。一度その理由を尋ねたこともあるが、はぐらかされてしまい聞き出すことはできなかった。


「ほほう、感染呪物の類ではないことは誠に残念です。して、この鈴の何が京香様の琴線に触れたのでしょう?」


それは――と、この赤錆びた鈴を手に入れることになった日のことを想起する。

そしてぽつりぽつりと京香の口から語られる話は、今から2週間前まで遡ることになる。

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