第2話 誰かいませんか
外では太陽が輝いているのに、まるで真夜中のような静寂。
誰かの足音も会話する声も、どこにもない。
耳に届くのは自分の息遣いだけ。それが気持ち悪くって、なんだか呼吸がしづらい。
一体なぜこの城は、こんな不可解な状態になっている……。
「誰かいませんかー」
俺はその場から、同じ階に誰かいたら聞こえるくらいの声で言った。
「誰か!いませんかー!!」
今度は階段まで戻って、城中に響かせるつもりで叫んだ。
しかし、誰からも返事は無かった。
もう1度、玉座の間に行く。ここまで来たら流石に誰かいると思っていたのに――玉座の裏まで探しても誰もいないし、隠し階段もない――。
「嘘だろ……」
鼓動がついに耳まで届くほど大きくなってくる。頬が熱い。
意を決して、窓を開いて外の景色を見てみた。橙色と紺色の屋根が多い町が下に広がっている。特に目新しさはないヨーロッパのどこかにもありそうな城下町。細かい部分は城の位置が高いのでよく見えない……。
が、少なくとも視認できる範囲に人間の姿は無かった。
飴玉を飲む時くらい大きく、唾を飲み込む。嘘だ嘘だ……そんなことある訳ない……。
部屋を飛び出して一気に城内を駆け下りた――。必死で走るのは久しぶりのことだった。しかも建物内となると、小学生の頃に校内で鬼ごっこをした時以来だろうか。
城を出ても長い階段を飛び降りるように下りて、町のほうへ向かう。
景色を楽しむ余裕はもう無かった。異常事態が起きていることに確信を持った。何しろ城門の番をしている人間もいなかったし、最初の曲がり角まで走ってもやっぱり誰もいなかったのだ。
「誰かいませんかー!」
時折叫びながら、建物が多い通りを選んで町中を走ってみる。
正面に壺が並んだ建物や、食べ物の絵が描かれた看板を掲げている建物。それらを見つけると、きっと入ってもいいお店だろうから……窓に顔を押し付けるようにして中を確認した。
もし人がいたらひん曲がった顔を見られるけど、幸か不幸かどの建物の中にも犬や猫の姿すらない。
「おーい!誰か―!」
焦ったところで得られる結果は変わらないだろうが、俺は焦った。次から次へ公園だとか時計塔だとか、人がいそうな場所を休むことなく目指した。
そんな訳はない……そんな訳はないから。誰か1人くらいはいるはずだから、絶対に……。
そう思いながら走った。走ったけど……走れども走れども……。
見知らぬ異世界の町は俺を否定した――。
「――はあはあ」
体力の限界がきて立ち止まる、中央に噴水がある緑に囲まれた広場。当然のように、ここにも誰もいない。
何故だ、どうして。どうしていない。早く誰かに会って安心したい。この焦燥から解放されたい……けれど。
「はあー……はあー……」
一旦休憩しなければ、これ以上は走れそうにない。呼吸が荒れる。全身が熱い。汗が止まらなくて、その分喉がカラカラだ。
「し、死にそう……」
俺は今すぐ水がほしくて、広場の中央にある噴水のほうへ歩いた。携帯している飲み物などないし、どこに行けば飲料水が手に入るかも分からない。
だから、迷っている余裕は無かった。
噴水から出る水を直接口にインさせて飲む。下に溜まっている水には葉っぱが浮いていたのでこうした。
無理やり水のほうへ頭を伸ばしているし、想像より強く舌にヒットするので飲みづらい。
しかも獅子のような獣の彫刻の口から水が出ているから、吐いたものを飲まされているみたい。
気持ちが悪い、でも傍から見た自分の姿を想像すると笑えるかも。言うなれば逆マーライオンという形での水分補給になった。
「ゴホッゴホッゴホッ……えへっううんっ……はあ」
そして、今までにない形だったので普通にむせたし、服も濡れた。
飲み終わると、疲れも思い出してさらに気持ちが悪くなる……。
「はあ……あー吐きそう……ゴホッゴホッ」
肌に張り付くシャツを脱ぎながら近くにあったベンチに座る。シャツを隣に投げ捨てると、背もたれに身を預けた。
「はあ……」
吐きかけるように大きく息を吐いて、天を見上げる。
空が青くて、雲が白い――。太陽が輝いている――。上には前の世界と変わらない景色があった――。
俺なんでこんなことしてるんだろう……これって本当に夢じゃないんだろうか……もしも夢ならこの苦しみで早く現実に戻してほしい。
しばらくそう思いながら体を休めた。ずっと太陽を見ていると眩しいから目を閉じて、暖かい暗闇の中に逃げ込んで、そうするとこんな状況でも不安を忘れられて、心地が良かった。
いっそこのまま眠ってしまえば、夢が覚めるかも。なんだか投げやりにそんなことまで思った。
でも、呼吸が整ってから体を起こしてみると、見慣れない植物や天使のような像が見えて、やっぱり異世界の町があるだけだった……。
――俺は再び移動を始めた。今度はゆっくりと町を歩いた。憩いの広場で身を休めて、落ち着くことができたから、早く早くと焦る気持ちは無くなっていた。
というか、もう諦めた。
「どうやら本当に人がいないようだ……誰1人…………」
その考えに自信が持ててしまった。もうこれ以上走ったところで、誰かに出会える気がしない。
だからこそ今、自室に1人でいるときのように上半身裸で、町を歩きながら独り言も言っている。
「これは一体どういうことなんだろうか……何事なんだ」
棒読みのように言った。
目に映る希望と、先行きの不安で気持ちがどっちつかずになっていた。自分でも自分が今どんな気持ちなのかよく分からない。
何も定かではないが、たぶんかなり深刻な状況に置かれているのに、何故だろう、妙に落ち着いてしまっている。
大小さまざまな杖が並べられた建物やなんとなく気になるカラフルな建物ががあると中を覗いてみたり、上に人が居る訳ないのに背の高い建物を見上げながら歩いた。そんな余裕が不思議とあった。
――ある時、読めない文字が書かれた看板を見てはっとした。さっきから何度も見たことが無い異国の文字が目に入っているけど、何だか急に気づいた。
「この世界の人には俺の言葉が理解できないから、呼んでも出て来ないんじゃないのか……」
すぐにそんな訳はないと分かるひらめきだった。「バカか」言いながら自分の頭を叩いた。
言葉が分からなくても声色で誰かが呼んでいるらしいというのは理解できるはず。それにそんなレベルの静けさじゃないだろう
立ち止まっても全く何も聞こえてくれないんだ。こんなに気持ち良く足音がこだまする町で……あり得ない。やっぱり、ただシンプルに人がいないのだ。
分かっているけど、俺は歩くのをやめなかった。足を止める気にもならなかった。
いつもの半分くらいの速度で歩いていた。さっきとは違う道を通って、回り道もしながら、なんとなく城のある方を目指した。
路地裏を歩くことが多かった。俺にとってはそっちの方が落ち着くから、日陰に身を置きながら町並みを眺めた…………。
「――やっぱり誰もいないか」
城周辺を中心にしばらく歩いてから玉座の間まで帰ってきて、俺は言った。
外ではもう日が落ち始めていた。そんなになるまで歩き続けていたから、インドアで運動不足の俺は足が棒のようになってしまっていた。
そして、そこでようやく100%絶望した。
時間が経ってからもう1度城に戻ってくれば誰かがいる、何の根拠も無いけどそう願っていたのに、もう見事なまでに打ち砕かれた。
人が座る椅子がある……。人が描かれた絵も飾られている、人の銅像もあった。なのに、どうしても人がいない。
「なんで……なんで、どうしてなんだ」
膝から崩れ落ちて、金と赤のカーペットに手をつく。同時に目から涙も込み上げてきた。
最初に3kmくらいは走ったと思う、それからまた休憩して、歩き始めて、いくら時間が経っただろうか。まだまだ探せてない通りはあるけど、少なくともこの辺りの地区に人がいないのは完全に確定でいいはず……。
こんだけすっからかんになっていて、城にさえ人がいないのだ。もしも何らかの異常事態でこの地区からだけ人が消えたのだとしたら、隣の地区の人が異変に気付いて様子を確認しに来るはずだ。
同じことがその隣の地区にも言えるなら、そのまた隣の地区も同じで、誰かが異変に気付くはずだし、そのまたさらに隣の地区も同様。
もう俺が来てから何時間も経った。周辺の地区の誰かが異変を察知し、走って探しに来る時間には十分だろう。
つまり、この町全体に人がいないのだ――。
もしかしたら、世界全体かも――――。
「くっ……うっ……」
「でもだとしたら…………俺が」
絶望はしたものの、俺はすぐに立ち上がった。感覚が薄い足を踏ん張って歩きもする。
「俺が、俺が皆を……」
開けっ放しになっていた窓から、町を眺める。数時間前に見ていた町よりもずっと美しい。
「……取り戻すしかない」
町を歩いている時から決めていたことだった。体の芯まで絶望しきってしまう前に立ち上がれるようにと、頭が冷静なときにあらかじめ次の行動を決めておいた。
この町に、俺以外人がいないのなら――。見つかるまで世界を歩くか、再生させるしかいない――。
そう、答えはそれしかない――。
人がいなくなった原因を解明して、人が戻ってくる方法も見つける――。
夕陽に誓うと窓を閉めて、もう1度歩き出した。
「よし、やってやる。俺は夢の異世界まで辿り着いてみせる」
誰のものだったか知らない空席の玉座に座って、声を震わせながら言った。
白紙の異世界 ~異世界に召喚されたけど、何故か誰もいませんでした……~ 木岡(もくおか) @mokuoka
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