目的

三鹿ショート

目的

 己の人生に、目的は存在するのだろうか。

 愛する人間が皆無であるため、誰かのために生きる意味は無い。

 就きたい職業が無いため、目標に向かって努力をすることは無い。

 大金を稼ぎたいわけでは無いため、仕事を選ぶことは無い。

 ただ生命活動を終えないために漫然と過ごしているゆえに、私の人生に意味など存在するのだろうか。


***


 今日もまた、一時的な欲望を発散するために、他者を害していた。

 明確な目的も持たずに過ごしている私の標的に選ばれたことは、不幸以外の何物でもない。

 刃物を何度も女性の肉体に突き刺し、私の身体は返り血で赤く染まっていた。

 切り取った心臓に頬ずりしていると、意識を消失させたはずの女性の恋人が、私に飛びかかってきた。

 不意打ちだったが、弱っている人間の力など、高が知れている。

 相手の髪の毛を掴み、壁に向かって何度も顔面を叩きつけると、やがて動かなくなった。

 襲いかかってきた女性の恋人を見下ろしながら、私はあることを思いついた。

 大事な人間を目の前で殺害されることで、私という仇に報復するということを、誰かの人生の目的にすることができる。

 それを果たしてしまえば目的を失ってしまうために、私は自身の生命が終焉を迎えるまで全力で逃げ続ける必要がある。

 ともすれば、そのことが私の人生の目的と化すのではないだろうか。

 早速とばかりに、私は近所の家に押しかけると、娘の目の前で両親を傷つけていく。

 あまりの衝撃に娘が意識を失うと、再び目覚めるまで待ち、そして行為を再開するということを繰り返した。

 取り出した臓器で料理を作り、それを食べさせていく。

 切り取った腕で相手を何度も殴りつけ、露出した腸で首を絞めていく。

 そのような光景を目にした娘は何度も嘔吐するが、目を閉じないように双眸を接着剤で固定していたため、現実から目を背けることはできない。

 娘の両親が動かなくなったところで、私は改めて娘に顔を近づけると、

「この顔は、きみが復讐すべき人間の顔である。両親の敵討ちをしたければ、生きて私を発見することだ」

 先ほどまで娘の両親を傷つけていた刃物を突きつけながら、

「だが、然るべき機関に通報し、私の情報を伝えたと分かれば、きみの生命も奪いに行くと約束しよう。私は、きみに人生の目的を与えたい。邪魔が入るなど、あってはならないことだからだ」

 私を睨み付けながら、娘は首肯を返した。

 私は娘の頭部に手を置くと、その家を後にした。


***


 それから私は、様々な土地で犯行を重ねた。

 残念ながら、中には通報してしまった人間も存在したため、その相手が子どもであろうと大人であろうとその生命を奪った。

 世間は私の事件の話で持ちきりらしいが、私に辿り着く人間は今のところ存在していない。

 私のところにやってくる最初の人間は誰なのだろうかと考えながら、見つかることを避けるために、私は土地を転々としていった。


***


 やがて、私は一人の女性と親しくなった。

 私の犯した悪事の数々も知らずに、私に対して愛情を注いでいる。

 私もまた、彼女に愛の言葉を何度も囁いたが、それは本心ではない。

 彼女が報復にやってきた人間である可能性も存在するからだ。

 ゆえに、私は一秒たりとも気を抜いたことはない。

 逃げ続ける私を発見したことは褒めるべきだが、その復讐心を満たされては、彼女の人生の目的が無くなってしまうのだ。

 だからこそ、彼女が正体を明らかにした際は、逃亡しなければならない。

 しかし、予想に反して、彼女が私に牙を剥くことはなかった。

 それどころか、彼女は私の子どもを求めるようになった。

 子どもを持つことで、私の人生の目的が生まれるのだろうか。

 そう考えたが、私はそこで、己の犯した罪を思い出した。

 私が悪人だと世間に知られれば、彼女やその子どもが不自由を強いられてしまうのではないか。

 考えただけで申し訳なくなってしまい、私は彼女から逃げ出すことを決めた。


***


 数年が経過したが、私は彼女のことを忘れることができなかった。

 密かに彼女の様子を窺いに向かったところで、彼女が別の男性と新たな関係を築いているということを知った。

 そのとき、私は全身が熱くなったことを感じた。

 今まで味わったことの無いその感覚が嫉妬だということに気が付くまで、それほどの時間はかからなかった。

 私にとって、彼女こそが生きる目的だったのではないか。

 彼女が私と共に過ごすことで、私に報復を望む人間たちの標的と化してしまう恐れがあるが、彼女を守り続ければ良いだけの話である。

 ゆえに、私は彼女を取り戻そうと決めた。

 その夜、私は彼女の新たな恋人に襲いかかった。

 何度も顔面を殴りつけ、逃亡することが出来ないように脚を切り落としていたところで、私は背後から殴打された。

 振り向くと、荒い呼吸をしている彼女が立っていた。

 花瓶を手にしていることから、それで私を殴ったのだろう。

 だが、力が弱かったために、私の意識を奪うまでではなかった。

 私は彼女の首に手をかけながら、

「何故、そのようなことを」

 私の問いに、彼女は涙を流しながら答えた。

「私から両親を奪ったためです」

 そこで初めて、彼女がこれまで演技をしていたことに気が付いた。

 彼女ならば、俳優として大成したに違いない。

 そのまま手に力を込めると、彼女の呼吸を止めた。

 動かなくなった彼女を見下ろしながら、私は涙を流した。

 これこそ私が望んでいた展開のはずだったが、彼女を愛してしまったことで、私は余計な感情を抱くことになってしまった。

 誤った道へ進もうとしていた己への戒めとして、私は彼女の首を切り落とすと、それを大事に保管することにした。

 これで、彼女を目にする度に、私は用心することを再認識するのだ。

 しかし、その度に、私は悲しくなった。

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