エピローグ
都内の某居酒屋。俺は海斗とアルコール片手に近況を語り合っていた。高校を卒業してそれぞれの道を歩んでいた俺たちだが、二十歳になって久々に会い、一緒に飲むことになったのだ。
「ソニアちゃんとどうだ、仲良くやってるか?」
それまで学業なんかの話をしていたのだが、ふと海斗は俺にそう問いかける。
「やってるよ……。まだ俺が大学出てないから、向こうの保護者と俺の親で生活費の大半出してもらっちゃってるが。一応俺もバイトはしてるけど、早く独り立ちできるようにならんと」
「ソニアちゃんが何の心配もなく専業主婦をしようと思えるのが目標だっけか。気持ちは分かるが、難しくないか?」
「……お前もそう思うか」
海斗の言葉を聞き、苦笑する。彼女はいつだって勤勉で、どんなに小さなことでもやる意味や必要性があると感じるとすぐに行動に移す。それは間違いなく美点であるが、同時に俺にとしてはソニアが頑張らなくていいように自分が頑張りたいと思っているから複雑だ。
「そりゃそうだろ。最後に話したのは高校の時だけど、めちゃくちゃしっかり者じゃねえかあの子」
「だよなあ……。どうしたら家事だけで満足してもらえるんだろ。最近は『とにかく仕事したい』って言ってフリマサービスで内職してるよ」
言いながら、今朝の彼女を思い出す。
『大和は勉強とバイトで忙しいんですから、基本家にいる私に家事は全部投げてくださいよ。皿洗いなんて私がやればいいんです』
『今日は外食の予定があるんでしたね。では私は一人で適当に作って……。え、私も外で食べてきていい?そうですね……じゃあ、数百円で済むファミレスで』
『あ、大和のレポートに使えそうなwebサイトや本をまとめておきましたよ!』
……ソニア、働きすぎでは?
最近のソニアはフリマでの活動から、将来のビジョンが少し変わったらしい。投資はリスキーな面があるし一日中張り付いてるわけにもいかないから投資信託にして、自分は何かしらの創作活動をする方がいいかもしれないとかなんとか。
ちなみに身分証を持たないソニアは銀行口座が作れないため、法律上ソニアがやっている活動は全て俺の活動として計上しなければならない。さすがに脱税はダメなので。そう考えると副業禁止の企業だけは避けないとな。専業主婦になってほしいけど、ソニアの行動範囲を狭めるのは違う。
ん?まて、ソニアって日本国民じゃないから納税する必要はないのか……?
……考えすぎるとドツボにハマりそうだ。ひとまずソニアが一定額稼いだら俺が確定申告してお茶を濁そう。色々考えるのは就職してからで。
まあ、まだ俺は被扶養者だし、学生のうちは確定申告もいらないと思うけど。あ、ソニア単体で百三万じゃねぇ。俺のバイト代と足し算だからワンチャン超えるかも。ちゃんと計算しとこ。
「おーい、どした」
「……いや、ソニアの収入分の税金について考えてたとこ」
「俺税金とかほとんど考えたことないわ……。すげえな」
「すごいというか……死活問題だな。考えないと即脱税になりかねん」
「あー、確かに」
そうして自身の思考にトリップしながらも、久方ぶりの海斗との会話を数時間続けた。話題も尽きてきた頃、海斗は思い出したように『遅くならないうちにソニアちゃんの元に帰った方がいいんじゃないか』と言う。
「……だな。それじゃ、そろそろ帰るわ。えーっと値段は……」
「今日はいいよ、いろいろ話聞かせてもらったし。俺が出す。その分また今度飲みに行こうぜ。そんときにはもっと関係進展させとけよ」
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらう。……進展ねぇ。それよか何かしらの資格取っときたいかな。たぶんソニアも俺との距離が縮まるよりそっちのが喜びそう」
「なんか、あれだな……側から聞くとビジネスの関係みたいだぞ。いや、心の距離が近いからこそそうなってんだと思うけど」
……たしかに。今度から迂闊な発言には気をつけよう。あらぬ疑いや心配を生じさせかねない。
+ + +
「ただいま」
引っ越してから二年余り。ここが自分の家であるということに違和感を覚えなくなって、愛着も湧いてきた頃だ。最も、所詮は大学生が住まう賃貸のアパートであるから、いつかはここを去る時が来るのだが。
時間の流れというものは変えたくないと思っても、変わりたくないと思っても、無常なまでの変化を人に与えていく。そこには人間の感情も事情も関係なくて、ただ揺らぎようのない不可逆性だけが絶対のものとして君臨する。それでも……いや、だからこそ。時間が経っても変わらなかったものが人にとって大切な、その人らしさになるのだと思う。
「おかえりなさいです、大和」
ソニアは俺にそっと笑んで、楽しかったですかと聞く。
「ああ。あいつも変わってなかったな。……ファッションはちょっとチャラかったけど」
靴を脱いで家に上がりながらそう言うと、彼女はふむ、と思案げな表情を見せる。
「それを言うなら、大和も大人っぽい服装になってますよ。中身はそんなに違わないと思いますけど、見た目が変わるだけで印象も変わりますしね」
「……そうか?服に関してはあんまり自信ないんだよな」
「今度一緒に見に行きます?」
「あー、そういうのもいいな」
俺が答えると、ソニアの口角がぐいっと急激に上がる。しかし、彼女はそれを誤魔化すかのように咳払いをして話し出す。
「……もちろん、課題が終わってからですよ?期末試験も近いんですし、すでに出てる課題はさっさと終わらせないと」
これは彼女なりの照れ隠しだろう。なんか……うん。こう言うところを見ると思わず揶揄いたくなる。
「わかってるって。ソニアと過ごすことを優先して学業を疎かにしたら、かえって将来的にソニアを不幸にしかねないし」
「殺し文句……」
何やら恨みがましい様子で俺を見てくるソニア。気づいていないふりをして、ひとまず荷物を片付けるなりなんなりしておく。
別に何もおかしなことは言ってないと思うけどな。俺たちが生きてるのは今だが、一生涯を考えるとやはり将来の比重の方が重く感じてしまう。それに、やっぱりソニアにお金の心配をさせたくない。自己満足だし、俺のわがままでしかないけれど、できることはすべきだろう。
……当然ながら、ソニアのそういう反応を予期した上で言ったんだが。
ひと段落してソファに腰掛けると、先ほどからずっと俺の周りで唸っていたソニアも座り、背もたれに深く体を沈み込ませた。
「ずるいです……本当、そう言うところがずるいんです……」
「なんだよ急に?」
「だから……その……つまり!大和はずるいって言ってるんです!」
「大事なことだから二回言ったのか」
「バカにしてます?」
「してないって」
「……なんか、大和って私に対してすごい尽くそうとしますよね」
「そんなことない、と思うけどな」
「別に悪いと言ってるわけではないですよ?むしろ……こんな私のことを本気で想ってくれてるんだな、というか……。本気で私と一生を添い遂げようとしてくれてるんだな、というか……」
「お、おう。まあ、そうだな……」
しばしの沈黙。こういう時って何喋ればいいんだろ。
別に、いいか。何を喋れかいいかわからないなら何も喋らなければいい。すでに沈黙が痛い関係などではないのだから。いわゆる心地の良い沈黙、とやらである。
……もしかしたら、海斗のいう進展とやらは毎日の生活の中で少しずつ生まれているのかもしれない。同棲当初は結構ドギマギしてばっかだったし。大学入ったらそれどころじゃなくなったけどね?
いや。互いが互いのパーソナルスペース内にいる状態には慣れたのだが。実際のところ言語化できるような進展はないし、やっぱり誰かに言う分には進展はなしか……。
そうこう考えていると、ソニアがそっと俺の肩にもたれかかってきた。
「……きっと大和はどんなに言っても、一人で背負っちゃうんだと思います。でも、背負いすぎないでくださいね。じゃないと私が困りますから。少しは私にも分けてください」
「……ん。ソニアが困るのは、困るしな」
そう答えると彼女は微笑みながら、でしょうねと言った。
昔面倒を見ていた子が女子高生になってぐいぐい来ます。心臓に悪いからやめてくれ……。 さんぱちうどん @youthnovels
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