2-5 鷲尾観月視点 

「お前、何なんだよ」


 俺がそう言うと、ユキは目をまんまるに見開いて、ぽかんとした顔をした。といってもマスクをしているから、その下がどうなってるかまではわからないけど。


「何なんだ、って、何が」


 俺がそんなことを言うなんて全くの想定外だったとでも言わんばかりのリアクションである。


「お前、料理出来んじゃん。後片付けも、洗濯だってさ」

「それは、まぁ、なんていうか。やれば出来るタイプだったというか」

「やれば出来るにもほどがあんだろ」


 それを言われてしまうと言い返せないのだろう。ユキは何とも言えない顔をして黙ってしまった。


「ほんとは出来んのに、してなかったのか?」

「それは……」


 脇に挟んだ体温計の存在を思い出し、引き抜く。見れば37.6℃。まずまずだ。


「別にさ、怒ってるとかじゃなくて。純粋に、疑問なんだよ。自分で出来るんなら、やりゃあ良いじゃん」


 そりゃあ面倒臭いのはわかるし、人に世話されたい気持ちもわからんでもないけどさ。


 熱が下がると、しゃべる元気も出て来る。別に糾弾したいわけじゃない。だけど、お前が一人でもちゃんとやれるなら、そこはほら、大人として、っていうかさ。


 そんなことをモゴモゴと言うと、その度にユキは大きな身体を縮ませていく。そのうち、膝を抱えて俯いてしまった。


「ユキ、あのな。別に責めてるわけじゃないんだって、マジで」


 何だか立場が逆転したような状態に焦って、慌てて起き上がり、わたわたと頭を撫でてやると、ユキはむくりと顔を上げた。


「だってどうしてもカンちゃんを繋ぎとめておきたくて」

「は、はぁ……?」

「カンちゃんは友達も多いし、人気者だから。だけど、おれの世話をしてる時は、おれのことだけ見てくれるじゃん」

「えっ、お前そんな理由で……?」


 思わず素頓狂な声が出る。

 するとユキは、ふるふる、と首を振った。

 

「おれにとっては、大事なことなんだ。おれはずっとカンちゃんを独り占めしてたい。ずっと好きなんだ」

「お、おう……」


 何とも熱烈である。ちょ、不意打ちやめて。


「あのなぁ、別にユキが色々出来たって、俺は、一緒に飯食ったりもするし、遊んだりだって――」

「ほんと?」

「おわぁ!」


 急に声を張り上げて、俺の手を取る。いまにも泣きそうな顔で、声のトーンもかなり必死だ。


「ほ、ほん、ほんと。ほんとほんと。だから、いつまでも俺に甘えてないで」

「いやだ」

「えっ」

「それはいやだ。おれはカンちゃんに甘えたい。色々出来るとしても、それはまた別の話だから」

「お前……開き直ったな」

「こうなったらもう開き直るでしょ」

「そんなこと言われても、色々出来るってわかった以上なぁ」

「うん、だからこれからは100%じゃなくて、60%くらい甘える感じにする」

「そこはせめて50%にならないか?」

「善処する。ただ――」


 おお、善処するのか。言ってみるものだな。でもまだ続きがあるようである。ついでに言えば、まだ手は握られたままだし、顔も近い。


「……飯だけはこれからも一緒に食べたい」


 そこだけは、搾り出すような声だった。


「さっき、全快したらご褒美ちょうだいって言ったじゃん」

「お、おう」

「おれ、カンちゃんとクリスマスと年末を過ごしたい」


 クリスマスは延期になっちゃうけど、ともそもそ言って、真っ直ぐ俺を見つめる。予想以上に控えめなご褒美である。てっきり俺はやっぱり、その、何だ、アッチ系かと……。


「毎年過ごしてるじゃん。今年だってチキンもケーキも用意してたし」

「それはそうなんだけどさ。さっき冷蔵庫見て、すごくホッとしたんだ。だってさ、別におれ達、ただの友達だし。毎年約束してるわけでもないじゃん。もしカンちゃんに彼女が出来ちゃったら、自然消滅するような予定じゃん」

「それは……そうかもだけど」

「だから、ガンガン恩売って、カンちゃんを予約すんの。良いでしょ、お願い。ここからいきなり彼女なんか作らないよね?」

「そりゃあいまからなんて普通に無理っていうか」


 こんなに感情を剥き出しにするユキを見るのは初めてかもしれない。こいつはいつも「何考えてるかわかんない」なんてみんなから言われるくらいに表情の乏しいやつで、声にだってあんまり抑揚がないのだ。


 そのユキが。


「おれのこと、絶対に好きにさせるから。まだ彼女とか作んないでよ」


 懇願するように。

 強く祈るように、眉間にしわを寄せている。


「ま、まぁ――……、無理には作んねぇって。別に好きなやつがいるわけでもないし」

「じゃあそこ、あけといて。絶対におれが入るから」

「わ、わかった……?」


 握った手にぎゅっと力を込めて、熱っぽい視線を向けられると、ぐっと胸が苦しくなる。なんか矢でも刺さったみたいだ。えっ、死ぬの、俺?!


「言質とった。ちゃんとあけといてよ」

「お前その、『言質とった』って怖いんだけど」


 ドキドキしているのを悟られないよう、必死に平静を装って、そう返す。


「録音しないだけマシでしょ。さ、そうと決まったら早く治さないとね。寝て寝て」

「う、うん……」


 もぞもぞと布団に入ると、ユキは額の冷却シートを交換してくれた。そしてそのまま俺の頬をするりと撫でる。


「カンちゃん、出来るだけ早めに落ちてね」

「は?」

「友達として過ごすのも楽しいけど、恋人同士は絶対にもっと楽しいから。保証する」


 そう言って、すっと顔を近づける。唇が触れるまであと数センチってところだろう。顔が熱いのは、アレだ。熱のせいだ。きっとまた上がって来たんだ。


「け、検討する!」


 それだけ言って、ぐいっと布団を頭まで被った。何だよコレ。動悸もすっげぇ。風邪、悪化してんじゃねぇか。


 だけどほんの少し、流されそうな自分もいる。

 どうやら俺は、悪くないかも、って思ってしまっているらしい。

 

 周回遅れにもほどがあるけど、ユキの気持ちと同じ方向に走り始めた気がする。だけど、それを認めたい気持ちと、熱があるせいだろと抗いたい気持ちがない交ぜになって、落ち着かない。


 布団を被ったままだから、まだ近くにユキがいるかどうかはわからない。だけど、


「ちゃんと追いつくと思うから、急かさないでもう少しだけ待ってくれ」

 

 そうぽつりと呟くと、返事の代わりに、ぽすん、と布団の上から頭を撫でられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無表情だけど言葉が素直すぎる系Sっ気×ツンデレ気味な兄貴肌(?)の同級生ラブ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ