2-4 吉鷹志保視点

 数日分の着替えとスマホの充電器、それから暇つぶし用の本やら何やらを鞄に詰め、再びカンちゃんの部屋に戻ると、彼は、寝息を立てていた。すぅすぅといった安らかなものではなく、はぁはぁと息苦しそうなのが可哀相だ。額に貼った冷却シートはもう温くなっているだろうけど、貼り換えたらびっくりして起きちゃうだろうか。


 とりあえず、流しに放置している洗い物をやっつけてしまおう。


 なるべく音を立てないようにして洗い物を終え、そぅっとベッドに近付く。洗い物を終えたばかりで冷えている手をひたりと頬に当ててやると、カンちゃんはびくりと身体を震わせた。ヤバい、起こしちゃったかな、と手を引っ込めようとすると、それを掴まれる。グイッと自分の方に引き寄せて、再び頬にくっつけ、ふにゃ、と笑った。


「きもちぃな、ユキの手」


 起きてるのか寝ぼけてるのか知らないが、勘弁してくれ。えっ、カンちゃん何? わざと? わざとなわけないか。てことは天然? えー、だとしたらとんだ小悪魔だな、マジか。オカンと小悪魔って共存出来るもんなの? まぁ、悪魔だって母親から生まれるんだろうし、そういう意味ではオカン属性の悪魔がいたって……っておれはさっきから何を考えてるんだ。


「カンちゃん、おれの手よりもっと冷たくて良いのあるから。ほら、おでこのやつ換えよ?」

「んあ? お――……頼むわ」


 さっきの甘えた声はやっぱり無意識だったのだろう、いまのはしっかり『いつものカンちゃん』だ。成る程、カンちゃんはぐずぐずになったらあんな感じになるんだな。覚えておこう。


 すっかり温くなってしまっている冷却シートを剥がし、ゴミ箱に捨てる。


「カンちゃん、汗かいてない?」

「かいてる」

「気持ち悪いでしょ。身体拭いて着替えよっか。自分で脱げる?」


 無理ならおれが――と肩に触れると、「さすがに自分で脱げる」と断られた。ちっ。


「そんじゃタンス勝手に開けさせてもらうよ。適当に着替え出すから」


 返事を待たずに立ち上がる。こういう時同性というのは楽だ。まぁ下着をまじまじと見られるのは嫌かもしれないが、異性に見られるよりはマシだろう。ということで、一番上にあったボクサーパンツとTシャツを取る。おれとカンちゃんは友達付き合いが長いし、プールや銭湯にだって何度も行ったことがあるから、ぶっちゃけ裸だって見たことがある。下着も然りだ。ただまぁおれが告白してしまったせいでたぶんちょっとは意識しちゃってるんだろうけど、こらくらいのことは別にどうってことはないはずだ。


「これ着替えね。そんじゃタオル持って来るからちょっと待ってて」


 脱衣所にあるフェイスタオルを濡らして搾り、レンジで30秒ほど温める。待ってる間に大きめのバスタオルを一枚拝借。蒸しタオルが出来上がったら、火傷しないよう一度広げて軽く熱を逃がし、ベッドに戻る。


「はい、脱いで脱いで。自分で脱げるんでしょ?」

「急かすなよなぁ。はいよ」

「はい、それじゃ拭くよ。温かいからね」


 シャツとズボンを脱いで下着だけになったカンちゃんはいつにも増して小さく見える。なんて言ったらめちゃくちゃ怒られそうだけど。本当はシーツごと換えたいけど、いまのカンちゃんを動かすのは可哀相だ。とりあえず、背中の当たる位置にバスタオルを敷き、うっすらと汗ばんでいる日に焼けていない白い肌に、温かい蒸しタオルを当てる。おあぁぁ、とおっさんみたいな声を上げて、気持ち良さそうだ。


「前も拭く? 自分で拭ける?」

「さすがにそこまでは頼めねぇって」

「そんな気にしないで良いのに。むしろ役得」

「自分でやる」


 ちょっと頬を膨らませてタオルを奪い取り、おれに背中を向けたままもそもそと前面と、それからパンツをずらして下の方を拭いている。さすがに凝視されるのは気まずかろうと、脱ぎ捨てられたもの達を回収し、脱衣所へ向かった。いま使ってるタオルと、なんか最後の砦みたいになってるパンツも全部入れて、このまま洗濯回しちまうか。部屋の中に干せば乾燥対策にもなるし。


「カンちゃん、拭けた? 着替え終わった?」


 パンツも換えてよ、洗うからさ、と首だけを向けてそう言えば、カンちゃんは熱なのかそれとも羞恥でか真っ赤な顔で「お前、洗濯とか出来んのかよ」と口を尖らせた。


 そうだよな。

 まだおれが何も出来ないバブちゃんだと思ってるよな。ごめんごめん、おれがそう思わせてきたんだもんな。


「あー、まぁ、覚えた」


 嘘は言ってない。

 いつ覚えたか、という部分を濁しただけだ。


 そう言いながらタオルとパンツも受け取り、洗濯機に突っ込む。液体洗剤と柔軟剤を入れ、スタートボタンを押した。洗濯機が動き始めたのを確認してからベッドに戻ると、カンちゃんは既に横になって布団を被っていた。


「また寝るの? スポドリ飲んだ? 汗かいた分ちゃんと飲んでよ」

「飲んだ」

「熱測ってみようか。少し下がってたらいいんだけど」

「おう」

「気持ち悪いとかない? 何かしてほしいこととかある?」


 薬が効いてきたのか、さっきよりも顔色が良い気がする。枕元にしゃがみ込み、そう尋ねると、カンちゃんは、


「お前、何なんだよ」


 と言った。

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