被害者と加害者の関係

ドアを開けると白いLEDの眩い光がスポットライトのように廊下を照らした。

徐々に徐々にその範囲が広がり、部屋の中が顕になると、中にいた三人と目があった。


この三人がメンバーか? 年タメだよなこの感じ......気ぃ使われたか? いや、柏柳(あいつ)に限ってそりゃないか───


初対面から一日すら経過していないが、何となくそんな気がした。


部屋は生活感が全くない簡素な物で、ここにベットがあればギリギリビジネスホテルの一室として機能するかしないかとそんな印象だ。

僅少だがコップや数枚の皿、インスタントのお茶とコーヒーがおいてある無駄に大きな棚に気持ち程度の水道と一つだけのコンロ、机と椅子と壁に二つのコンセント。後は机にお菓子と使われていない椅子に彼らの物と見受けられる荷物が少々───。


中にいたのは男一人に女二人。いずれも同い年か誤差程度の年の差しか無いように見える。


青年はまじまじと肴成の事を見て顔をしかめ、歯を食いしばり───。


「テメェどの面下げてここ来やがった──死ねクソがぁ゙あ゙あ゙」


怒号が響き渡った。その迫力にからだが硬直し、思考が一瞬停止した。

数メートルあった距離は瞬きほどの時間で僅か数センチにまで縮まって。

肴成の目には眼前に迫った青年が瞬間移動したように見えた。思考が追い付かない。


は? ──────


肴成の運動神経ではもうどう足掻いても躱せない。

それならと、どうにか防御の体制に入ろうとするが......間に合うかどうか───


くっ───


衝撃に備え歯を食いしばり、目を閉じた。


───────────────


「オイッこりゃなんの冗談だよッなぁ゙」


────────────


「聞ィてんのか? テメェ」


─────────


「答えろよッ何のつもりだっつてんだろがあ゙ァ」


──────


「クソガァア゙ア゙───ア゙ァ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


───


十秒程度たったか、いつまでたっても来ない衝撃に、目の前で響く怒号に目を開けた。

───瞬間目に写ったのは、右手を押さえられた青年が左手で逢野をに向かって殴りかかる光景。

逢野はそれを軽く流し、動けないようにハンドネックを決め、そのまま拘束した。


「話しやがれッテメェコイツが誰だか分かってンだろォが」


激昂する青年に目をやり、逢野は話しだした。


「そうですね......こんな状態ですがよく聞いてください。本日付で肴成三楓君はこのチームに所属することになりました、仲良くすることは期待してませんが協力はしてください。以上です」

「──ねぇまこちゃん、冗談にしてはたちが悪すぎるよ?」


短髪の少女が恐る恐る聞いた。

肴成を睨みつけるような、汚物でもみるような目で見て。


「冗談ではありませんよ、既に柏柳さんによって決定されたことです」


それに対し逢野は短髪の少女の方を向き、淡々と答えた。

その言葉に短髪の少女は怪訝さを深める。


「んー自己紹介とかしといた方がいい?」


長髪の少女が訪ねた。

先の二人とは打って変わり、淡々と、友達の友達を紹介された時のように。


「そうですね、では一ノ瀬さんに任せます」


長髪の少女は肴成の方を向き。


「私は一ノ瀬月歌(いちのせるか)んーよろしく? かな。お茶って好き?」

「え?」

「飲むかなぁって思って」

「......いや、いい」

「そっか」


一ノ瀬と名乗った少女は形容し難い不思議な雰囲気をしていた。他の二人と違い、肴成への怒りや憎しみなどの負の感情を感じないし一切を着飾らず、ごく自然体。

逢野とは別の意味で感情が壊れているのかもしれない。たしかに感情を伴っている言葉なのにその言葉から感情が読めず薄い。


「ほら二人もして」


二人の方に向き直し促した。


「ざっけんな、俺は認めねェぞ」


青年は逢野に関節を決められたままの状態で吠えた。

肴成に襲い掛かろうと抵抗してワナワナと震えている。

それに便乗するように短髪の少女が。


「滝河の言う通りだよ、月歌はなんで平然としてるの?」


苦虫を噛み潰したような問う。


「んー今日は快晴だったし...」

「意味わかんない、そうやって何時も変なこと言ってはぐらかすのやめてよ」

「ん───理由なんてないしなー」

「......」


一ノ瀬は考えるそぶりをした後、肴成の方へ向き直した。


「んー二人とも自己紹介に乗り気じゃないから私から、まこちゃんに関節決められているのが滝河万依(たきがわまより)でそっちにいるのが十崎里好(とざきりこう)、覚えてあげてね」

「わかった.........」


肴成はこの怒涛の展開に、そう返答するのがやっとだった。

解説を求めようと逢野の方に視線をやると、意図に気づいたのか一つ補足した。


「このチームに所属してる三人は皆、肴成君が関与した事件で大切な人を失っています」

「......は?」


何だよそれ、柏柳(アイツ)はふざけてるのか? いや、違うだろ。そうじゃなくて......じゃぁ何だ? 俺はこの三人の仇だってのか? ──────


その事実はこの部屋に入る前に知っておきたかった。

ただでさえ憎み憎悪持っているのにその対象が、平然とした顔でのうのうと現れて愉快な奴がいるわけない。

だが、やっと理解できた。顔を合わせた時の滝河の行動の意味を、理由を。


「何で隠してた? 柏柳の指示か?」

「いえ、柏柳さんはそんな事、頭の片隅にも考えて無いと思いますよ」

「じゃぁ何故?」

「意味の無いことだからです」

「は? どういう意味だよ」


肴成の言葉には逢野の淡々とした態度に苛立ちが出ていた。


「肴成君、君はこの事実を知ったからといって大人しく認めて死を選んだりはしないでしょう?」

「それは......」

「違うと即答できない時点でそう言うことです」

「.........」

「いつ話しても肴成君の決断が変わらないなら、一度実際に見てもらってから真実を告げたほうが無駄がないと思ったまでです」

「そうかよ......」


重々しい空気が包む静寂の中に、未だに抵抗を続け関節を決められ続ける滝河から漏れる声だけが聞こえる。

誰も何も喋らず、ただ時間だけが過ぎていく。

──そんな折、何処からかスマホの通知音が鳴る。


「任務のようです」

「カツ丼食べないとだね」

「そんな時間はないみたいですよ」

「んー負けちゃわないかな?」

「それは皆さん次第です」

「なら食べないと」

「月歌、話進まないから一回聞こ?」

「ん」

「では簡潔に───元地下街サエキノで起こっている抗争を止めろ。以上です」

「ア゙? ンなこたぁよく起こってンだろ、何か特別な事情でもあンのかよ」


関節を決められたままの滝河が問う。


「え々、発端は奴隷商による非異能者の人身売買の下請けをしていた組織間で起こった、いわば縄張り争いです。意味はわかりますね?」

「あ々」

「その人達はどうするの? まこちゃん」

「救出したいところですが、戸籍も何も無い人達ですので生死を問わず一旦放置、皆さんは下請けの組員の拘束に集中してください」

「放置って、そのまま見殺にする気かよ」

「いえ、最終的にこちらで保護部隊を向かわせここで保護及び支援を行います、ただし記憶処理を行った上ですが」


異能の存在がバレない為......か


肴成が口を挟む暇もなく、若干納得のいかないまま話は終わったようだ。

そのままこれからの流が決まり、一方的に言われて三人は出ていった。

───支度をして十分後に集合らしい。


  〜〜〜〜〜


「肴成君、これを着ていってください。特殊な製法で頑丈なものです」


三人が部屋を出て少しした後、制服ではあれだからと逢野が服を持ってきてくれた。

シンプルな黒いパーカーに伸縮性のある動きやすい黒いズボン。


「助かる」

「他に必要なものがあればいつでも言ってください」

「わかった───あぁそういえば学校って」

「入院していることになってますので安心してください」

「安心できる要素が一つもないのだが、万が一にもばったり遭遇とかしたらどうするンだよ」

「責任は負いかねますので肴成君自身でどうにかしてください」

「勝手が過ぎるだろ」

「わがままを押し通したのは肴成君の方ですが」

「......善処するよ」

「え々そうしてください」


話が終わると逢野は部屋を後にした。

制服はクリーニングをするから畳んで机に置いといてくれ、と残して───。


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異能力世界の戦争です 白廻凪霧 @siroenagiri

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