移動中にて
学校......考えてる場合じゃないか───
外に出ると日は既に真上に差し掛かる手前だった。
昨日から着っぱなしのしわができたYシャツに汗がしみる中、汗一つかかず涼しい顔をした逢野の横を歩いている。
高層ビル群は日を遮ってはくれない。この場所は光が途切れることも、人混みがなくなることもない。走る車の走行音にバスのメロディ、バイクの排気音、ディスプレイの広告音に、どこからともなく流れる音楽、がやがやと聞こえる人の声、実に多種多様な人が入り乱れている。
交差点で信号に捕まった。次第に人の壁ができ始め、その場の人口密度が高まってきた。
そんな折、走り去るアドトラックを目で追っていた。
次は何が来るかと、そんな風に暑さを紛らわして。──信号が変わるまでに3、4台は通っただろうか。
横断歩道を渡ると逢野は、話し始めた。
「肴成君、我々が定める異能社会にとって一番罪の重い行為はなにかわかりますか?」
数十秒の間が空いた。
今まで考えもしなかった事だ。異能の犯罪、肴成にとって何時でも影のように付きまとってきた物なのに...どこかで関係ないものとでも思っていたのだろうか? 周りを見渡しつつ想像した。
今ここで、何が起こるのが一番不味そうかを───。
もしも...か───
浮かんだのは異能を使って暴れること。
人が死にパニックが起こり、それが繰り返し連鎖的に悲劇が襲う。もしかしたら国家の機能が停止するかもしれない───と。
「......殺し? か」
「部分的に違います、異能社会において異能力者同士が殺し合うことはそれほど大きな罪に問われません。個人レベルで制裁させることが多いです」
その言葉を聞いた上で、もう一度想像しようとした。
だが、その直前思い出した、柏柳の言葉を。
そして、逢野の“部分的”にの意味がわかった気がする。
「───じゃぁ柏柳が言ってた、異能の秘匿だとかに関わることか?」
「正解です。厳密には、異能を持たない者への危害及び、巻き込む可能性のある異能使用などです。あくまで秘匿、隠匿、隠蔽は手段に過ぎません...ですので肴成君も気をつけてください」
「わかった」
対処的行動...か、人手不足か? いや、それもそうか
異能なんてもの持ってたら、そりゃ自由に使いたいだろうな
「政府側の異能力者は戌亥、辰巳、未申、丑寅のいずれかの組織に所属することになります。組織はそれぞれ先に挙げた四つの名を持つ一族を中心に構成され、それぞれの組織でやり方が異なります。例えば私や柏柳さんが所属する戌亥は均衡の維持を目的とし、恐らくは一番温和でしょう。それと、なるべくなら別の組織所属の人とは関わらない事をオススメします、残念ながら平気で犯罪を犯しもみ消すどする過激な方もいますし、一枚岩ではない。しがらみは少ないにこしたことはありません」
「その四つの一族は仲が悪いのか? 内乱とか起こったらヤバいだろ」
「そうですね...良くも悪くも深入りせず表面上協力関係はありますが仲が良いとは言えませんね。その為何かと因縁や難癖を付けて面倒事が起こることもあります、ですから先も言いましたが基本的に相互不干渉でいてくださいね」
「...めんどくさいな」
かれこれ十数分、小道や裏路地にはいることなく、表通りを歩いた。
昼時なのもあって人通りが速く、そこらから招き誘うようにいい匂いが漂ってくる。
そういえば昨日の昼から何も食ってねぇ───
意識しだすと、途端にお腹が空いてくる。
そうなってくると、嗅覚が少し鋭利になり、より匂いに敏感に反応し食べれないのに食べ物の匂いだけ脳に入ってくる。
──美味しそうな匂いだよ。
──食べたいな。
──ほらこっちからも。
足取りが重くなってくる。これが暑さにやられただけでない事は、火を見るより明らかだ。
暑い、汗うぜぇ、いつまで歩くンだ? これ
そんな、文句だけが頭を流れる。
フゥー。と息を吐いた。
考えてる場合じゃないな......俺の生死がかかってる時に。でもやっぱり
「──腹減った」
ついポツリと呟いてしまった。その声はあまりに小さく、人混みに消えていった。と思ったが......。
「食べていきますか?」
逢野の耳には届いていたようだ。
「いいのか?」
「ええ、安心してください経費出ますので」
「そりゃ助かる」
どんな耳してンだよ、迂闊に喋れないな...これは
少し前を歩く逢野を半目で見ながらそう思いつつ、近くにあったM印のハンバーガー屋で良いかと言う問に頷き答えた。
〜〜〜〜〜
腹ごしらえを終えまたしばらく歩くと、オフィス街に差し掛かった。
見上げると首がいたくなるほどに高いビル群、多種多様な形にガラス張り、周りには植物と木々。ビルとの間の小道の自販機の落書きや詐欺ポスター。と見慣れてはいないが想像通りの光景に肩透かしを食らった。
二人は肴成の要望で影が出来ている小道を歩いた。少し遠回りになるらしいが熱中症になるよりかはマシだ。
十数分歩いた頃、逢野は周りと変わらない、いたって普通のオフィスビルの前で足を止めた。
「案外普通なんだな」
「どういうものを想像してましたか?」
「地下だとか、異能だとかで転移するとか、そんな特殊なもンだと」
「そうですか、ですが木を隠すなら森の中、ある程度異能等で誤魔化しが効く以上こちらの方が怪しまれないなど利点が多いのですよ」
「...なるほどな」
自動ドアが開くと、冷気が外へ逃げ出す。
白を基調とした簡素なエントランス。座り心地が良さそうなソファーに観葉植物や明るい木材で構成された受付。
奇異、と言うか呆れと言うか、可哀想? とでも言うべきか......感じる視線を辿れば、そのような様相を目に浮かべていた。
まるでステージ上の主人公によるソロパートのようにすら感じるほど、その場の全員の視線は肴成だけに注がれている。
この視線が何を意味してンのかは知らねぇけど......いい気はしないな
思考の中では自分の過去を全員が知っているのでないかと言う危惧が、多くを占めていた。
あり得ない話ではない。ここは政府の異能力者(柏柳達が在籍する)が集う場所なのだから。
肴成が所属したと言う情報の共有は既に少なからずされているだろう。
それが大罪を犯した奴(二十人殺し)だと言うことを。
エントランスを抜け、奥にある倉庫に入った。
「ここ、政府の施設なんだろ?」
「はい」
「回りくどすぎない?」
「柏柳さんの要望らしいですよ」
「にしてもだろ......」
倉庫の奥にはどんでん返し。
↓
その奥に螺旋階段。
↓
降りた先に扉が三つ。正解以外はそれぞれ開けた先にまた三つ×五回があるらしい。
↓
正解を三回連続で引いた先に運搬用のエレベーター。
↓
廊下。
↓
螺旋階段。
↓
たくさんのドアがある廊下。現在地がここ。
↓
その中どれかが他のメンバーのいる部屋。
「ですが、肴成君の言った地下ですよ?」
「いや何つぅか、そうじゃ......はー、まぁいいや」
「...行きますよ」
色々矛盾してる気がすンだが───
螺旋階段の降りた先に見えた壁を正面に左側にあるドアの一つから光が漏れていた。
ほぼ無いに等しい霞んだ照明しか無かった螺旋階段と廊下で一番星のように明くるいその光に引き込まれるように歩いた。
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