契約と条件

そう言うと男は拘束を解いた。長時間縛られ、暴れていたため体中から痛みを発していた。男の声が少し和らいだ気がする。だが、それでも恐怖に身体が当てられている。

男が取り出し、見せてきたのは真っ白い紙。おおよそA4サイズだろう。


「......何だよ、これ」


ただの紙に虚をつかれた。

だが、冷静を取り繕い慎重に言葉を紡ぐ。


「公にできるものでは無い、故に特殊なインクで文字が書いてある」

「司法取引って...やつか?」

「これはあくまで、俺とお前の個人間に結ばれる契約だ」

「───契約...」

「あぁ、一度結べば絶対的な効力がある。内容は開示しない、是非はお前が決めろ」

「......契約すれば、チャンスを得れるのか?」

「.........」


男はただ目を瞑った。


「どこにサインすればいい?」

「どこでもいい」


そう言うと男はペンを渡してきた。

机も何も無いこの部屋で唯一机代わりになる肴成を拘束していた椅子を使い、震える手で丁寧に名前を書いた。

書く場所は迷った末に、左下にした。


「これでいいか?」

「お前が書いた事実さえあれば何でもいい」


男は手渡した契約書のサインを一切見ずに、四つ折りにし懐にしまった。

それと同時、不思議と男への恐怖心がスゥーーと消えていった。


これがこいつの異能...なのか?


─────。

契約成立の後、静寂がこの白い部屋を包む。

男は足を組みスマホを弄っていた。

肴成はこの静まり返った時間が進むに連れ、謎の圧と気まずさに何か間違えたのか? と焦り、行動を振り返り、困惑と疑問が思考を埋め尽くした。


「肴成、今からお前のこれからについて簡単に説明する」


男はスマホから視線を上げ、話しだした。


「お前にはこれから、異能力が関係する犯罪を犯人を殺してでも世間に露見しないよう解決してもらう。目的は異能の存在を秘匿、隠匿、隠蔽、それが世の均衡を保つことに繋がる、それが猶予に課す条件だ。詳しくはもうじき到着するお前の監視役にでも補足してもらえ」


変に間が空き、気まずそうに肴成が口を開く。


「あーその前に一ついいか?」

「かまわない」


男はこちらに目もくれず淡白な返答をした。


「これから世話になるンだ、名前教えてくれないか?」

「柏柳圭だ」

「そうか...」


安堵が緊張を解すその感覚と入り混じる感情。未来への予想と不安が迸り、ドッと疲労感が押し寄せる。

フーと軽く息を吐き、男改め柏柳の方をチラッと見ると、こちらに意識すら向けていなかった。柏柳の、目の前のコイツにとって肴成は取るに足らない、脅威にならないほど小さく弱い存在ということなのだろうか?


コイツ、俺が異能持ってることも、その内容も知っていてこれって......でも、今襲いかかったところで俺が勝ってるイメージ浮かばねぇは───


その様相に、思わずハーとため息が出る。


「来たか」

「ッ? ......」


静寂を破り呟いた柏柳の言葉に顔を上げる。

すると聞こえた。微かに、だが確実に二歩、そして止まった足音が。

コンッコンッコンッ─────。

写真を編集して切り抜いたようにして、開いた扉。緑のような紫のような残光が重なり定かでは無いが、扉の奥には光の無い暗闇が広がっているように見えた。


「失礼します」


言うと部屋に一歩入り、肴成を一瞥した後柏柳に目線を向けた。

────無......。目の前の彼女からは感情を感じられない。柏柳に感じた能面のような貼り付けたような表情と声とは違う、無なのだ。まるでロボットや人形のように一定。なにも、分からない。発した言葉以上の情報が一切読み取れない。ポーカーフェイスなんて生易しいものではない。


柏柳は目線を向けるなり本題に入った。


「要件は事前に送った通りだ、後は任せる」

「すぐにでも合流してもらって、今回の任務に参加させますか?」

「そうだな」

「了解しました」

何やら、肴成抜きで今後の話が終わったようだ。

すると肴成の方へ目線を向き直し読み上げ音声のように感情のない声で言う。


「始めまして、肴成君。私は君の監視役兼保護監督責任者に当たる逢野真と言う者です。...来て早々ですが場所を移動します、細かい今後の事については移動がてら話します」


と。続けざまに「では、ついてきてください」そう言うと扉の奥へと踵を返し、一歩出たところで止まった。


「......」

何も見えねぇ


外は果が見えないぐらい暗い廊下? が続いていた。音が異様に響き、歩くたびに耳を刺激する。

柏柳とはここで別れた。逢野と名乗った人を見失わないよう歩いた肴成には、この無駄に長い廊下に先程までいた部屋しかないことを、知る由もなかった。


─────。

手すりの無い階段を壁に手を掛け上った。かなり急で、やたら長い金属の階段だった。壁はむき出しのコンクリート、閉鎖的な印象が空間にあった。

終始無言で、響く足音だけが唯一の音。そんな時間も終りを迎えたらしい。階段を上りきり、またしばらくの廊下を歩いた先の壁から、僅かに光が漏れていた。暗闇の中壁に見えていたそれは、扉だった。

ついた先も薄暗かったが、目が慣れたせいかはっきり見えた。


どっかの資料室か何かか?


肴成が生まれる何十年前の年が書かれたラベルが貼られたファイルが、時系列順に、きれいにズラッと、しまわれた棚が所狭しと並んでいた。


「行きますよ」


ファイルに目をやっていた肴成に逢野が声を掛ける。


  〜〜〜〜〜

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