罪に与えられた猶予

──たった一日たりとも忘れたことはない。

毎日のように悪夢に見てたから。

だから、現実から目を背けて、圧し殺して、蓋をした。

精神が狂ってしまう前に。


こじ開けられたその蓋から溢れだした感情。溢れだして、溢れだして、体を蝕み、あの光景があたかも今眼前で起きていると錯覚するほど鮮明に流れだし、抗うことができない。

──そんな内、頭に出てきたのは懇願だった。

殺さないで、やめてくれ、やめてくれ、頼むから、やめて...、もう、奪わないで、お願いだから...。


あの光景を、血の感触を、臭いを......。

目の前に広がる光景は、今振り返っても、あれは自分の異能のように見えた。

だが───自分じゃない。

都合の良い言い訳にしか聞こえないかもしれないが、あれは酷似しているが別の異能だった。

それが、ありえるのかは分からない。

だとしても────。


「移動する、俺に刑を執行する権限はない、刑の執行は別の場所で行う」


そう終わりを告げて、男は肴成の腕に手を掛けた。


言わないと

俺じゃないと、このままじゃ俺は死ぬ

殺される

嫌だ。まだ...

「違ッ」


男の言葉に咄嗟に脳を流れた思考。そして言葉。吐き出すように吠えると同時───


──────真っ黒?

先程と対照的な視界に気絶していたと気づいた。

頬に鈍い痛みを感じる。


「違う? 何がだ」


雰囲気が変わった。

一切を繕わない能面顔の奥を見た気がする。

地の底より深く低いその声は、聞いたものの恐怖を沸かす。そこに侮蔑と蒙昧の意が乗っていた。

嘆息。呆れたようにため息を吐き。


「本ッ当にクズだな。醜悪で自己愛に満ち溢れたその思考、自己保身のためにしか口開けないのか? お前」


表情は依然感情の無いまま、だが心底どうでもよさげに見えた。

目の前の男のことが一切分からない。目も口も表情も相手の心理を表す場所すら機械のようだ。

ややあって、肴成はまた話し出した。

これだけは言わないと、何故かそんな思考に陥った。


「俺の、あれは俺の異能じゃない......」


力無い声が部屋に染み入った。


「舐めてンのか?」

「──ぇ...いや、あれは確かに俺の異能による攻撃そのものに見える。だけど確実に違う、俺の意思じゃ無いし、全く別の異能だ」

「都合よくそんな事があると思ってンのか?」

「俺には......そうとしか言えない」


自信が無く、歯切れの悪い返答に。


「証拠も何も無く信じると、バカにしてンのか?」


その声に怒りは感じない。ただ、低く乾いたその声からは酷く圧を感じる。

ツギハギでまとまらない言葉。怖くて突っかかり、出てくれない声。......俯き黙り込むことしかできない。

頭に流れるのは、ずっと同じ言葉。分からない、どうにかしなきゃ、怖い、喋れよ......そんな言い訳と畏怖の念、そして、トラウマへの拒絶だけ。


「なんとか言ったらどうだ?」

「ッ......」


すがるようにキョロキョロと周りを目で探った。だが、淡く光るただ白いだけの部屋に答えなどなく、焦りだけが積もってゆく。


「ぁ......ッ、ぇ...ん───」


そんな、相手に聞こえないぐらいの呻きを繰り返すばかり───。

早くしないと、何か喋らないと...と、ある種の強迫観念に囚われる。

なにか、なにか、なにか、何か言わないと。

なにか───。


「──────しょ...れば」

「あ゙?」

「証拠があれば......証拠を見つければ、俺の罪は晴れるのか?」

「猶予を寄越せと言ってるのか?」

「そうだ───」

「ふざけてるのか?」

「んッ......」

「証拠は揃ってンだ、これ以上情状酌量の余地がお前にあると?」

「......」

「また押し黙るのか?」

「......」

「聞いてンのか?」

「───絶対に俺の異能の仕業だと言える根拠はなんだよ」

「測定を可能とする異能が存在する」

「ッ...」


男は少しの間をおいて。

それは肴成にとってか細いが今すがれるたった一つの光だ。


「だが、あくまで異能の応用...完全に不備が無かったとは言い切れないな」

「ならッ」


その言葉に前のめりに食いついた。

男の目を見て、目をかっぴらき───。

男はそんな肴成の姿をよそに何かを取り出した。


「こちらに落ち度があってはならない。肴成三楓、ここにサインしろ」

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