序章 くりかえす争いは終わらない

彼の日常は静かに消息を絶った

校門を出たときには既に、空の大部分が濃紺に染まり、夕暮れ時も終わりを告げる中、閑散とした広大な公園の中を歩いていた。

所々に飛んでいるコバエの集団や突っ込んでくる虫をうっとおしく思いつつ、それよりも、そろそろやってくる期末考査に憂鬱の念を抱かずのはいられない今日このごろ。負の連鎖にため息が出る。

まだ耳に残る校内の賑やかな声が、薫風に流され静けさが更に増す。


順風満帆、波乱万丈。刺激に溢れた青春の一ページを毎日更新中。

......なんて、そんな事は無い。

至って平凡──だが、それでもそこそこ楽しくやっていた。

このまま卒業して、進学して、就職して.........。

そう思っていた。


───本当は心の何処かで分かっていた。

と思う。


自分にはそんな望んだ未来が来ない事を。

だが。


それでも。


当たり前のように、過ぎると信じていたんだ。

..................。



視界が暗転した。その時から終わり、そして始まった。

日常が───。





────────────

───────────────

「ぅん───」


ぼやける視界の中、ズレた目隠しの隙間から刺す真っ白い光に、痛い。と脳が唸りを上げた。

真っ白に埋め尽くされる視界も頭も、この異常さを理解すると、徐々に覚醒してゆく。


キーンと痛むのを無視し、無理矢理焦点を合わせ。


「は?」


目を疑った。

思わず素っ頓狂な声が溢れる。


ここは?


白いのは照明ではなく、部屋そのものだ。壁も床も天井も白く淡い光を放っている。


動けない......誘拐か? だとしたらなんで俺が? 意味わかんねぇ


見知らぬ部屋で椅子に縛られている状況に、恐怖よりも困惑と怒りが先行した。

背後はわからないが、この部屋には対面にいるがあるだけで、窓は疎か出入り口すらない。


怪我はない...けどマジで一切動けないな、どうしたものか


目隠しが地面に落ちた。

状況は最悪。椅子も身体もそれぞれ縫い付けられているかの如く動く気配がなく、しばらくして無駄に体力を消費するのは悪手と諦め、状況の整理へとシフトした。

それは、逃げる方法を探すだけではなく、この無機質で不気味さを感じ、不安感を煽ってくるこの部屋で何もしないのは、かえって心身を疲弊すると考えたからでもある。


記憶が正しければ俺は公園を歩いていた。うん、そこまでは正しいはず......

だとすればここは、公園の近くか? 人目がほとんどないとはいえ、流石にそんな遠くへは行けないと思いたいが──


「答えは出たか?」

「ッ───」

誰だ? ......いや、それよりいつから? どっから入った?


高身の男。壁に寄りかかりこちらを見下ろしている。

次々と湧き出る疑問は男の次の言葉によって、遮られた。


「はじめまして肴成三楓君、気分はどうだ?」

「......」


男が発する声は冷気のように冷たく、感情を持たない乾いた声だ。

男からは不自然な程に音がしない。まるで自然そのものの様に、そこに溶け込んで、声というきっかけがなければ、恐らく一生気づかなかっただろう。


あぁ、あの貼り付けたような表情、どっかで覚えがあると思ったら能面だ


闇を見据えた目からは......感情が読めない。

対面にある椅子に腰掛け足を組─────。

探るような沈黙を男が破った。


「君は何故、このような状況に置かれているか答えられるか?」

「......」


沈黙が流れた。

長く長く、肴成は口を閉ざしたまま。

数分たった頃だろうか、男が沈黙を破った。


「反応が無いと進まないのだが? 答えがわからないなら頭の中全部話せ」


その言葉に最初にでた疑問を問う。


「お前、何なんだよ......」


ぶっきらぼうに、こんなことされる覚えはない、と苛立ちを込めて。


「...端的に言えば政府直属の異能力者だ、これで絞れたか? 肴成三楓、いや二十人殺し」

「ッ──────」


その言葉に鼓動が上がった。速く大きく。

冷や汗が出て、息が詰り、声がでない。

キーと耳鳴りが周りの音を聞こえなくする。


何で、何故、何故ッ───

お前が......


部屋には次第に荒くなる呼吸音が響いた。俯き、しばしば混ざる呻き声と激しい運動をしたあとのような汗がその苦しみ様をひしひしと伝える。

男はそんな様子の肴成をただ見据え。


「話せ、質問には答えてやる」


ダメだ。こいつはダメだ。と得たいの知れない恐怖が体を迸る。

この恐怖は目の前の男にか、それとも過去のトラウマにか、それとも......。


顔を上げ男を止めがあった。

心臓を握られているような感覚に落ち、目をかっぴらき、光を感じない闇のように真っ暗な目に過去の情景を見た。

血の水たまりの中心から見た、無惨な──必死に押し殺し忘れようとしていたトラウマを。

瞬間、目を逸らし俯いた。感情が溢れ出して壊れる前に。


「無駄に時間を取らせるな、さっさと話せ」


肴成は依然として押し黙ったまま。

その時間が続くと男は喋るように尽く沈黙を破る。それの繰り返し。

男の表情は変わら無い。しかし、声のトーンは変わらないのに、どんどん冷たく、闇が垣間見えてくる。


喋るのが怖い────。

言葉が出てきても上手くまとまらず、まとまっても声が出てくれない。

一度喋りだせば続くのだろう。だが、その一度が出来ない。

何時もいつも、考えないようにしてきたから、現実に直面したとき言葉が出ない。普段は頭に出てきたものをよく考えずに言葉にしてきたから、考えれば考えるだけ何もできず、焦って、どうしよう、どうすれば、と頭に巡っては、分からない、としか考えられなくなり、沈黙が続く。

分かっていても抜け出せない負のループ。


そうして、また時間が経った。

重い静寂のなか、肴成のに痛みが走った。

自分の意志とは関係なく顔が上へと上がる。

男が顔を掴み無理矢理目線を合わせてきたのだ。


「慈悲もチャンスもやったが、無駄だったな......肴成三楓、お前は二十人の異能を持たない者に対し異能によって害をなし殺害した。よって、死刑が確定している───安心しろ、記憶処理をさせる、明日には誰もお前を覚えていない」


無慈悲に告げた。

低く、冷たく、感情を持たないその声で、能面のような貼り付けた表情で、恐怖を誘発する闇を見据えたその目でこちらの目を覗き込んで。



───────────。



────────────────。

言い表しようもない絶望が流れ込んできた。

ただ、それだけ。

────視界が揺らいだ。

遠のいた。

もう、何も分からない──────────────。

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