見なかった青春には戻らない。
渡貫とゐち
初出:monogatary.com「青春全部入り」
「オニーさん、タイムリープに興味ない?」
駅の南口から外に出ると、居酒屋が集まった飲み屋街で、客引きの胡散臭い外国人が俺の横を並走しながら、そんなことを言った……、興味がないと言えば嘘になるな。
見た目はホストのような黒いスーツだ。そして金髪で薄いサングラス……見た目を整え、説得力を出そうとしているらしいが、逆に胡散臭く感じるな……。意外とみすぼらしい格好で露店をしている外国人や、黒いローブで全身を包んだ占い師に言われた方が信用できただろう。
これ見よがしな商売感が強く出てしまえば、乗る気にはなれない。
相手に利があるのだろう……間違いなく。
しかし、こっちには見えている利がないわけだ。
乗るのは迂闊だろう。
金ではない利益を求めている相手であれば、こっちも興味が湧いた以上に、行動を起こしていたかもしれないが……残念だが、その商材を手に取るほど、こっちも暇ではない。
「すまないが急いでいるんだ、そういうのは別の機会にしてくれ」
「青春、全部入りですよ?」
「それがなんであれ、だ。タイムリープが事実であれ、嘘であれ――青春全部入り? だったとしてもだ……悪いが、商品自体に興味があってもそれを使ってやろう、と思うほどの興味はないな」
「タイムリープですよ? 学生時代にやり残したことの一つや二つ、ありませんか? 過去に戻る……と言っても、やり直すわけではなく、当時は選んだ選択肢と並んでいた、捨てた選択肢を体験しよう、と言うのが、今回提示したアトラクションなわけです。お高いですが、それでも納得の利益をあなたに与えますよ……、残り続けている後悔を一つ失くすだけでも、今後、より一層、幸せな人生を謳歌できるのではないですか?」
確かに、後悔の一つや二つ、ある……学生時代に絞っても、数え切れないほどの選択肢があり、片方を選べば片方を切り捨てたわけだ……。あっちを選んでおけば、と思ったことは何度もある。彼は、その切り捨てた片方を選んでいた場合、どうなっていたのか、という経験を与えてくれると言ったのだ……――やり直すわけではない、スポット体験だ。
だからパラレルワールドを生み出すわけではないし、当時からやり直せるわけでもない。体験を終えたら、俺はすぐに今の時代に戻ってこれる…………今を否定するわけではないのだから、今に満足していても、より一層、今を引き立てるために体験してみてもいいのではないか? という彼の意見には、俺も否定意見はない。ない、が……――前提が違うのだ。
「後悔はない……いや、あるにはあるが、その後悔を一つずつ失くすつもりはない」
「どうしてですか? ああすれば良かった、こうすればどんな結果が待っていたのか――知りたくありませんか?」
「知りたくないね」
それに、と俺は立ち止まって、
「こう見えて、俺も暇じゃない。振り返って過去のしこりを失くすよりも、前を向いて立ちはだかる問題の一つ一つを解決することの方が重要だ。……知るべきではないこともあるんだ。知って今が歪む可能性があるなら、見るべきではない――だからこそ、タイムリープなんて力は、人間には身に付かなかったんじゃないのか?」
必要なら備わっていた。
不要だからこそ、扱えなかった力だとも言える――。
「おっと、着信だ……明日の打ち合わせだろうな……悪いが、過去を見ている余裕はない」
「そうですか」
客引きの男は、肩をすくめて去っていった。
俺はスマホを耳に当て、応答する。
相手は部下だった。
「なんだ」
『部長っ、そのっ、どうやら
「……それで?」
『会社に戻っていただくことは、可能ですか……? 近藤くん、知らない分からないで、白を切っているので……そんなわけがないのに……』
俺は頭を抱えた。
失敗は仕方ないが、嘘を吐くとは……いや、近藤の意見が嘘とも言い切れないが……それも含めて、俺が出ないと解決しそうにはない、か……。
だから彼女は、俺に電話をしてきたのだろう。
「……分かった、すぐに戻る。詳細をまとめておいてくれ」
『はい! 分かりました!』
元気な声である。
応答した時の暗く不安な声とは真逆だな。
――俺は道を引き返す。駅がまだ近くて助かった。
「お、心変わりしましたか?」
さっきのホスト風の男が俺を見つけて明るい声を出したが……違う、誰がお前の商材に手なんか出すか。
「急用だ。会社に戻らないといけない。……これを新しい問題と取るか、過去の失点と取るかは微妙なところだがな……まあいい。前向きに、振り返ってやろうじゃないか」
―― 了 ――
見なかった青春には戻らない。 渡貫とゐち @josho
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