絶対に恋を成就させられると噂の恋守

赤茄子橄

本文

 紐も袋の部分も闇のように真っ黒。その中心には金色で刺繍された「常闇神社」という文字と神社の紋。

 手のひらにすっぽり入るその小さな御守り。


 社務所にほんの数点だけ並べられたそれ・・を1体手にとってみるも、感触には特に何の変哲もない。


 だけど、これは毎朝並んでもすぐに売り切れてしまう大人気の御守り。

 ここしばらく通い詰めて、ようやく受けられたもの。


 ここしばらくの苦労を思い出すと特別感を感じられる。

 そうでなくとも、この漆黒の袋と金の刺繍は高級感が溢れていて、噂に聞く通り、確かに神聖な力を感じる気がするかも。


「こ、これが噂の常闇神社の恋守こいまもりっ! とうとう手に入ったー! これでろーくんが私のものになるのも時間の問題だぁ!」





「ふふふっ、その人のことが本当に大好きなんですね」



 初穂料を納めている間に巫女さんが話しかけてきた。

 大好きなろーくんのことを聞いてもらえて嬉しい気持ちと、わざわざこの御守りに頼らざるを得なくなった経緯を思い出して複雑な気持ちになる。


「はいっ、めちゃくちゃ好きです! でも、この間告白したんですけど......振られちゃって......。私のお姉ちゃんのことが好きなんだって言われちゃって......。でも全然諦められなくって......」


「なるほどなるほど。ちなみにそのお姉さんの方は「ろーくんさん」のことどう思っているんですか?」


「お姉ちゃん的には、ろーくん......あ、私の好きな人のことは、『私の想い人』ってだけの認識みたいです」


「ふむふむ。それじゃあ大丈夫。その御守りの使い方さえしっかり守って、正しくまじなえば、あなたの恋は確実に成就するでしょう。必ず永遠に一緒に過ごすことができますよ! がんばってくださいね!」


「はいっ、ありがとうございます!」


「よぉお参り〜」








 待っててよ、ろーくん!



*****



「おーろう〜。おはよーっす」


「あぁ......きよめか......おはよう」



 朝の教室でボーっとしてたら、男友人の狐狗狸浄こくりきよめが声をかけてきたので返事を返す。

 朝のせいなのか、最近の体調不調のせいなのか、返事がおざなりになってしまう。


「なんだなんだ、朝から景気悪そうな顔しやがって。最近ずっとそんな感じだな。やっぱなんかあったのかー?」


「いやー。まじで別になんかがあったわけじゃないんだけどなぁ。とにかくすげぇ体がだるいんだよなぁ」


「もう2週間くらいそんな感じじゃね? まじで大丈夫かよ。寝不足か?」



 確かに、言われてみればもう2週間くらいはこんな感じかもしれない。

 というかだんだん悪くなってきてる気もする。


 けど、寝不足とかではないはずだ。


「いや、寝不足じゃないと思う。つーかむしろ寝すぎてるくらい。しんどくて疲れてるからか、気づいたらいつの間にか寝てるんだよなぁ」


「それ、寝てるってか気絶してるってやつな。てか、ろう、顔色まで悪くねぇか? 青白く見えるぜ? 隈もできてるし」


「まじで? こんだけ日焼けしてても青く見えるとか、ケッコーやばいかな。でもなぁ。熱があるわけでもねぇし、風邪とか流行り病って感じの症状でもねぇんだよなぁ。とにかく体がだるいっつーか、重いっつーか」



 そう、熱もないし、動けないってほどではないんだよな。偶に末端が痺れるような気がするときもあるけど。






「体がだるくて重い。もしかして呪われたりしてんじゃねーの? 最近このあたりで謎の変死事件が多発してて、その被害者の中には生前、今の瓏みたいな症状を訴えてたやつもいるらしい。原因は公開されてないけど、まじで呪いって線もあるんじゃね?」


「なんだよ呪いって。誰かの恨み買った覚えなんてほとんどねぇっての」


「ははっ、冗談だよ。つーか、それよりなんだよ、ほとんどってw」


「全く買ってないとは言えないからな」


「それもそうか。んー、なんだろうな。他に症状っぽいものはねーの?」


「そうだなぁ。強いて言えば、立ちくらみが増えた......かな? あとはたまにちょっと視界がぼやけることがあったり......。あ、そういえば昨日あたりから頭痛がする気がする......」


「気がするってなんだよ。頭痛なんて、痛ぇか痛くねぇかの2択だろ」


「なんつーか、ぼーっとしてて頭痛いのかもよくわからないんだよな......」


「めちゃくちゃ重症じゃねぇか。さっさと病院いけ。やべぇ病気だったらどうすんだ。症状を聞く限り、貧血......ぽい気もするけど、ちゃんと調べてもらえよ」


「そうだよなぁ。病院、行ったほうが良いよなぁ」


「当たり前だ。今からでも学校休んで病院行ってこいよ」


「んー............」



 きよめの言うことは尤もだ。きっと早く病院に行った方がいいに違いない。

 だけど今日は嫌なんだよなぁ。


「今日はだめだ。体育委員会の集まりあるし」


「あー............委員会ね。まーた憧れの芽衣めい先輩か?」


「そうそう」



 1学年上の女生徒、御霊芽衣みたまめいさん。

 去年、体育祭で輝く笑顔を振りまいて楽しそうにしてる姿を見かけて以来、密かに想いを寄せている先輩。


 告白には至っていないけど、偶然の接点もあり、ちょっとずつ仲良くなれてる気がする。

 とはいえ、現状で告白しても勝ち筋は全く見えないので、もうしばらくは様子見するつもりでいる。


 その接点というのは......。


「あーぁ、浄が羨ましいぜ。芽衣先輩は実質幼馴染みたいなもんだろー?」


「いやいや、俺と芽衣先輩はほぼ接点なんてねぇって言ってんだろ」


「またまたぁ。芽衣先輩はりょうの姉ちゃんなんだから、炩と幼馴染の浄は芽衣先輩の幼馴染みたいなもんだろ。近くにあんなカワイイ先輩がいて、お近づきになろうとしない男がいるだろうか。いやいない。むしろ俺がいさせない」


「幼馴染の兄弟姉妹だからって絶対仲良くするなんてことはねぇから! 『俺がいさせない』ってなんだよw 残念ながらそういう男はいるぜ、ここにな。俺は昔からおき一筋だからな!」


「まぁそりゃそうか。浄の目には水禊みそぎしか映らないもんな」


「おうともよ」



 彼女である水禊熾みそぎおきへの愛を胸を張って自信満々に、一切の照れもなく宣言する浄は、素直に男らしくて好感が持てる。


 俺と浄は、今年、高校2年になって初めてクラスメイトになって知り合った。

 そこから現在までのたった2ヶ月でここまで仲良くなれたのは、こいつのこういうハッキリしたとこが気が合うってのが大きいかもしれない。


 その彼女である水禊とも今年初めてクラスメイトになって知り合った。

 浄と水禊のラブラブっぷりはなかなか凄まじいものがあって、個人的には微笑ましくて見てるのもわりと嫌いじゃない。


「まぁ水禊のことはどうでもいいんだよ。それよりもなんか芽衣先輩の情報とかねぇの?」


「どうでもいいとは失礼なやつだな。まぁいいや。つーかなんだよ情報って」


「好きなものとか、好きな男のタイプとかそういうの」



 幼馴染(仮)の浄なら、芽衣先輩の趣味嗜好、その他諸々を知っていてもおかしくない。


 以前から何度も聞き出そうとしてるけど、浄は一向に話してくれない。もしかすると本当に何も知らないのかもしれない。

 それでも深掘りしてればなんかしらの情報は手に入るかもしれないっていう希望的観測に基づいて尋ねてみてる。


 最近貴重な情報源を1つ失ったのもあって、この観点からも浄のレア度は1段あがってると言える。


「まーじでなんも知らねぇって、何度言えばわかんだよ。つーか、ろう、ちょい元気になってきた?」


「お、そういえば確かに。先輩の話してたらちょっと元気になったわ。あの元気なボクっ娘先輩のこと思い出したおかげで俺も元気出てきたってことか! これも愛のパワーってやつかね!」


「あー........................どうだろうな?」



 複雑そうな表情をして煮えきらない返事を返す浄。

 最近、芽衣先輩の話をするとこういう表情をしてくることがあるんだよな。


 あまりに望み薄だからって哀れまれてんのかな。もしかしたら芽衣先輩の好みのタイプと俺が違いすぎてるとか!?


 とかネガってる間に浄が微妙に話題を変えてくる。


「ってかさ、先輩もいいけど、もっと身近に目を向けるってのはねぇの?」


「急に何だよ。身近? あー、もしかしてりょうのこと言ってんのか?」


「んー、まぁ、そうだな。告られたんだろ?」


「あー..........................................うん、知ってたのか」


「まぁな。俺もおきも、幼稚園からの幼馴染だからな。相談とか受けてたんだよ」



 御霊炩みたまりょう

 俺の想い人である御霊芽衣みたまめい先輩の妹で、高校1年のときにクラスメイトになって知り合った友達。


 炩と芽衣先輩が姉妹だと知ったときはめっちゃラッキーだと思ったものだけど......。


 1ヶ月くらい前に、炩から告白を受けてしまった。

 俺が芽衣先輩を好きになるよりも前から俺のことが好きだったらしい。


 その話を聞いて、俺が炩に芽衣先輩のことをいろいろ聞いてたことがあまりにデリカシーなさすぎたことに気づいた。


 とはいえ、俺は芽衣先輩に想いを向けているわけで。

 炩と芽衣先輩は姉妹ではあるが、母親は別。父親は同じ。


 いわゆる異母姉妹というやつだ。

 炩も芽衣先輩と同じように顔はとても整っているとは思うけど、似ているか、と言われると微妙。


 芽衣先輩は元気いっぱいのボクっ娘、炩は気が強いギャルっぽいところもあるけど基本は真面目で大人しめ。

 そういう性格的なところを取ってみても、言われてみれば似ているところもある、ってくらいで、正直全体的には似てない。


 そういうの抜きにしても、まるで芽衣先輩の代わりに炩と付き合うとか、妥協したみたいな形で付き合ったりするのは、俺的には絶対なし。

 申し訳ないけどお断りさせてもらったという経緯がある。









「あ、ろーくんもキヨもおはよー!」


「「はよー」」



 噂をすれば影。

 件の彼女、御霊炩が登校してきた。


 かと思うと俺の耳元に唇を寄せてきて............。


「そろそろ私とお付き合いしたくなってきた?」



 と小声で囁いてくる。


「い、いや......悪い......」


「んー、まだダメかぁ〜。ま、もうすぐ私のこと好きになるよね。ニシシ」



 そう言って、いたずらっ子のような明るい笑顔を向けてくる。


 こういう笑顔の眩しさは、芽衣先輩に通ずるところもあるかもな。


 2週間くらい前からだろうか。

 炩は毎朝同じように囁いてきては、「もうすぐ好きになる」だなんて、なに根拠なのかもわからない言葉を告げてから自分の席に着席するっていうルーティンをこなしている。


 振られても全く滅気ない彼女の精神力には拍手を送りたいものだけど、毎回断るのも申し訳ない気持ちになるので複雑な心境ではある。

 芽衣先輩に想いを向けている以上、炩の告白に応えるつもりはないのだから。




「そういえばろーくん、なんか顔色悪い? 大丈夫?」


「やっぱそう見えるか......。さっき浄にも顔が青いって言われたんだよな」


「あぁ、改めて見てみたら余計に青っ白く見えるぜ」


「そこまで言われたら余計に体がダルく感じてきた......」


「無理しない方がいいよ? 大丈夫そ? 私の胸揉んどく?」



 心配してくれてるのか、馬鹿にしてるのか、自分の欲求を満たそうとしてるのか、あるいはそれ全部なのかわからないけど、とにかくアホなことを言いながら自分の胸元を強調しようとする炩。

 残念ながら炩の胸部装甲は貧弱。強調しようとしたところで大した効果はないわけだ。


「揉まねぇよ! ってか揉むほどねぇだろ!」



 俺の言葉に、横で話を聞いてた浄が『ぶはっ』と吹き出して、くつくつと肩を震わせる。

 その浄の様子を見て、炩がびっくりするくらい力強い肩パンを食らわせる。


 それに対して無駄に大げさに痛がる浄。


 これが幼馴染同士の軽いノリってやつか。それにしてもイイパンチなんだよなぁ。


 普段と変わらない馬鹿なやり取りが微笑ましい。

 そんなことを思いながら見ていると、ふわっと薄い香りが鼻孔をついた。


 炩の女性らしい甘い香りに混じって......。


「なんか、ちょっと鉄っぽい匂いしないか?」



 鉄? いや、血......かな?


「ろーくん、それはセクハラだよ!」


「あはははは、確かにそれはセクハラだな」


「え?」


「私の生理の匂い嗅いで伝えてくるとか、ノンデリすぎでしょ!」



 おぉっ、なるほど。だから血か......。意識してなかった。しまったな......。


「悪い悪い。そういうつもりじゃなかったんだ。普通に鉄ってか血の匂いがしたからさ。ごめんごめん。けど、炩の方が先にセクハラしてきてたよな? 『胸揉むか?』って言ってさ」


「女の子のセクハラは許されるんだよ! 私みたいな美少女にセクハラされるのは嬉しいもんだから! 美少女のおっぱいとか普通揉みたいもんだからね。ね、キヨもおっきーのおっぱい揉みたいでしょ?」


「あぁ、いつでも揉みたいね」


「ほらっ!」



 こいつら、いつもに増してあけすけすぎる。

 けど、自信満々に理不尽な理論武装を展開して見せる炩と、恥ずかしげもなく恥ずかしいことを肯定してみせる浄の様子に、笑いがまろびでる。


「あはは、美少女とか自分で言うかよ。炩は相変わらずだよな。確かに美少女だけどさー」


「でしょ? ほら、だから許されないのは悪質なセクハラしたろーくんだけだよー。それに女の子の日に関することはデリケートな問題だから罪の大きさは比較にならないよ」



 まぁ確かに、それに関しては俺が悪かったな。失敬失敬。


「はいはい、俺が悪かったよ。すみませんでしたー」


「反省の気持ちがこもってなーい。けど、ふふっ。ろーくんちょっと元気出たみたいだし、まぁいっか。私とおしゃべりしたお陰で元気になったんだもんね。ろーくんに掛かった呪いを私が解呪してあげたのだー。なんちゃって」



 えぐいほどあざとくテヘペロして見せる炩。


「ま、そういうわけで、セクハラの件は許してしんぜよー」


「それは大変光栄にございます」



 朝から展開されるどうでもいい会話。

 去年出会ったときから変わらない、気負うことのないどうでもいい、だけど心地いいやり取り。


「許してあげたんだから、私にたくさん感謝してよねー。それで、感謝の印に私とお付き合いしてねー」



 この会話だって、俺の体調を気遣って明るく振る舞ってくれてるんだろう。

 そういう気遣いも含めて、炩は友達として文句のつけようのない相手だ。


「しねぇってば。............けど、ありがと。明日にでも病院行ってみようかな」


「明日? 体調悪いなら今日にでも行ったほうがよくない?」



 さっき浄とした話と同じ。今日はだめなんだよな。


 けどその理由を炩に言うのはちょっとなぁ。

 芽衣先輩に会いに行くために委員会に出たいとか、告白を断った理由であり、その妹の炩に言うのは、生理云々以上にデリカシーに欠ける。それくらいは俺にもわかる。


「まぁまぁ、ろうにもタイミングがあるんだろうよ。............っと、そろそろホームルーム始まるぜ。席に戻ろうか」



 浄が話を逸らそうとフォローしてくれる。ありがとう、お前は最高の親友だ......っ!


「まぁいいけどさ。お姉ちゃんに会いたいからって、無理しないで、自分の体調を最優先にしなよ?」


「う......まぁ、善処するよ」



 バレてた。

 浄のフォロー意味なかった。


「......................................................お姉ちゃんに会いに行くとか、させない。早くおまじないの続きしなきゃ......................................................」


「なんて?」


「んーん、なんでもー。じゃ、またあとでー」



 そうしてみんな席に戻って先生が点呼を取り始めたところで、水禊が部活の朝練を終えてギリギリで入ってきたり、慌ててきたせいか乱れてる水禊の髪を浄が手櫛で整えたり、いちゃいちゃするなと先生に怒られたりと、いつも通りのバカバカしく騒がしい朝は過ぎていった。


 炩は冗談で言ってたかもしれないけど、『俺に掛かった呪いを炩が解呪した』という話。それが真実だと言われても信じてしまうくらいには、確かにちょっと元気になった気がする。














 だけど昼休みの終わりごろには、やっぱり『解呪された』だなんてのがただの気休めで気の所為でしかなかったことを、俺の体調がわりと限界を迎えてたらしいことを実感した。




 昼飯を食べ終わって手洗いに行こうと席を立った瞬間..............................視界がグニャリと歪んで......。



*****



 キーンコーンカーンコーン。



 はっきりしない意識の向こうで、チャイムが鳴る音が聞こえてくる。


 目を開けるのもダルいし、体の感覚もかなり鈍い感じがするけど、この消毒液っぽい匂い。たぶん病院か保健室のベッドに寝かされてるんだろうな。


 なんで?


 あー、さっき視界がグニャって......倒れた? 俺、そこまで体調やばかったのか......。

 それは気づかなかったな。


 なんにしても、まだしんどいし、もうしばらく目を閉じたまま寝かせてもらおう。












「よし、今日の分も採れた。この血をお盆に広げて......。この御神璽を浸して......」




 近くから女性の声が聞こえる。


 女性、というか、炩の声だ。

 ぼーっとする意識の中でも、それくらいはわかる。1年以上友達やってるわけだしな。


 何やってるのかは知らないけど、お見舞いにでも来てくれたのだろう。

 ありがたいけど、いま感じてる気配は1人分だけ。浄も水禊も近くにはいない気がする。


 俺が寝てる横で炩がどんな言動をするのかちょっと興味がある。

 このまま狸寝入りをキメて、観察させてもらおうかな。









「............じゃなく............なれ......お姉............私..................姉ちゃんじゃ............私......好きに............」



 ん? なにブツブツ呟いてんだ?


 聞き取れはしない。けど謎にリズミカルな旋律が子守唄みたいに機能したのか、いつの間にか、狸寝入りではなく、マジ寝してしまったらしい。



*****



 あのあとまた眠って、目を覚ましたのはどうやら保健室のベッドの上。見える範囲には誰もいない。

 隣のベッドはカーテンが閉じられていて、誰かがいるのかいないのかわからない。


 時計を見ると最終下校時間も迫っている。昼休みから半日間も保健室で寝て過ごしたらしい。


 すでに委員会も終わってる時間だった。

 せっかくの芽衣先輩に会える機会だったはずの委員会もぶっちしてしまってるし、これでは一体なんのために無理を推してまで学校に来たのかわからない。


 保健室の先生も、なんでこんな時間まで起こしてくれなかったのか。


 ともかく、帰る準備しよう。



 と思ってベッドから起き上がろうとするも、体に力が入らない。

 それどころか、朝以上に頭痛が酷いし、目も回る。なんなら吐き気もしてきた。



 ほんとにやばい病気か? それにしても金縛りみたいに力が入らない。まじで呪われてたり......しない、よな?












 ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ。


 うわっ、なんだこの音。内容は聞き取れないけど......呪詛?


 それになんか、鉄っぽい......血ぃみたいな匂いがする気がする。


 謎の体調不良と金縛りに加えて、呪詛と血の匂い。

 たまに見かける怖い話で出てくる状況みたいじゃないか......?



 まさか......ま、まじで呪い、なのか?


 俺はオカルトの類は基本的に信じない主義だったが、さすがにこの状況を体験してしまうと信じる方に傾いてしまう。


 声は綴じられたカーテンの向こうから聞こえる気がする。まさか............幽霊とかそういうのか?

 生きた人間だとしても、俺に呪いをかけてる相手かも。むしろそっちのほうが怖いかもしれない。


 カーテンを開けて確認してしまいたい。だけど体は動かせない。精神的な問題ではなくて物理的・身体的な問題として。

 さらに極度の緊張で、ただでさえ苦しい呼吸がさらにキツく、過呼吸気味になる。


 そのままカーテンから目を逸らせないまま5分くらい経った頃、呪詛が止んだ。

 そして、カーテンの向こうに黒い人影がゆっくりと映りだす。






 こっちにくる......。


 恐怖の根源から目を逸らしたい気持ちと、見てない間になにかが起こってしまわないよう逸らしたくない気持ち。

 逃げ出したい気持ちと動かせない体。

 声を上げたいのに、呼吸が乱れてる上に、金縛られていてあげられない。


 重くて回らない頭を回そうとするけど、そんなことは無意味だと言わんばかりに、カーテンから目を離せない。

 そうしている間も、カーテンの向こうの黒い人影はスローモーションのように近づき、影を濃くしていく。


 体は微動だにしない。


 カーテンの端に白い手がかかる。


 ドクンドクンと心臓が早鐘を打つのがクリアに感じられる。


 そしてカーテンが開かれ............。
















「あ」


 ソイツと目が合った。







 見慣れた黒髪や制服、そして顔面。







 そこにいたのは自称美少女だった。









 見慣れた顔だったから一安心............とはいかない。




 バチッと直線で結ばれた目線の先にあるのは、普段の明るい笑顔ではなく、能面みたいな無表情。

 手には赤黒い液体をポタポタと滴らせた御守り(?)のようなものが握られている。



 告白を無下にした俺に呪いをかけてもおかしくない相手であり、さっきまでの呪詛が炩の仕業だという事実。

 そしておぞましい呪具にも見えなくもない御守り。


 本当に、最近の体調不良は呪いのせいだった......? しかもその犯人で俺を呪ってきてるのは炩だった......?


 むしろ知っている身近な人間だからこそ、余計に恐怖心が高まる。


 俺の体を心配してくれてたのは演技とかだったのか......?






「もしかしてさっきまでの聞いちゃってた?」



 表情を変えず、いつもの明るい声とは似ても似つかない平坦で冷たい声で問いかける炩。

 普段と違いすぎるその姿にますます恐怖心が募る。


 『さっきまでの』というのは、呪詛みたいややつのことだろうか。

 内容は聞き取れていない。


 怖くて声も出せない中、なんとか『聞いていない』という意思を示すために寝転んだまま首を横に振る。


 俺の否定の意思が伝わったのか。


「ふーん、そ。聞こえてなかったんだ。でもまぁ、ちょうどいい機会か。そろそろ次のステップに進もうかなって思ってたし」



 相変わらず表情は変わらず、何を考えているのかわからない。

 次のステップってなんだ。呪いを進行させるとかそういうことか?



「もう体も動かせないくらい効いてる・・・・んだよね。ならもうネタバラシしても逃げられる心配はないよね」



 確かに動けない。けどネタバラシってなんだよ。逃げるってなんなんだよ。

 その血の滴る御守り(?)に関係あるのか?


 俺の視線を察知したのか冷たい表情のまま続ける。


「そう、この御守りのこと。常闇神社の恋守。絶対に恋が成就する御守りだって噂の逸品だよ」



 普通なら、恋愛成就の御守りだなんて可愛らしいことをするじゃないか、なんて思えてたのかもしれないけど、眼の前に見せつけられている血の滴る黒いモノに対してそんな微笑ましい感想はいだけそうもない。

 どう見ても呪いが掛かってる。『おまじない』なんてカワイイものじゃなくて『のろい』が。


「これね、正しい使い方を守れば、まじで絶対に一生添い遂げられるっていう徳の高いものなの」



 そんな禍々しい見た目にして使うことが正しい使い方なのか......。

 そんなもの、徳が高いものだとか言っていいのかよ。


「これの使い方は簡単。1日1回、この御守りの中に入っている紙を取り出して、好きな相手の血液に浸すの。こんなふうにね」



 いまだにポタポタと赤黒い雫が落ちるソレを強調するように見せてくる。


「あとは想いが成就するまで毎日それを続けるだけ。この御守りのおまじないが効いてきたら相手はだんだん意識が朦朧としてきて、判断能力が鈍って、告白を受け入れてくれる可能性がアップするらしいよ」



 いやいや、え?

 つまり、毎日俺の血を抜いてたってこと? 貧血で意識を朦朧とさせられてるってことか?


 おまじないの効果とかじゃなく、物理攻めじゃねぇか。


 だけどそんなことされて好きになるわけもない。いくら判断力が鈍ってもむしろ恐怖で離れるまであるだろ。なんでそんなんで恋が成就するんだよ。



「それでお付き合いができたらそれで終わり。恋愛成就。だけどもしもなかなか効かない場合は次のステップに進めるんだよ。それが今からすることってわけ」



 なるほど?


「なかなか想いが成就しない場合は、これまでみたいに注射器で採血するんじゃなくて、ナイフでガッツリ手首を切ってあげて、直接血を採ってあげるんだってさ。そうしたら、なぜか急に従順になる人が多いんだって。もしも......。もしもそれでもダメなら、2人で仲良く来世に期待で、あの世で一生一緒。それがこの御守りの使い方なんだってさ。ね、絶対に恋が成就する御守り。凄いよね」



 凄い。ものすごく凄い。


 確かにこれは偽りなく、『絶対に恋が成就する御守り』だわ。

 いや、どっちかと言えば、『絶対に恋を成就させる・・・御守り』かな。



 こんなヤバいことに手を出すような子から逃げたり裏切ったりしたあかつきには、仲良く今生におさらばってわけか。


 完璧に脅迫だなぁ。



 あ、もしかして最近この街周辺で起こってた変死事件は、この御守り呪具のせいか?

 体調不良も、死ぬ寸前まで血を抜かれて、俺と同じような症状に陥っていた、と。


 そして相手を受け入れられずに今の人生を終えさせられて、呪いの主とあの世と来世で永遠に一緒、と。






「それで、どうかな。私とお付き合い、してみない? ダメって言われたら、瓏の手首をカットしなきゃいけなくなっちゃうんだけど」







 あぁ、俺の初恋もこれで終わりかぁ......。


 まぁ、芽衣先輩への気持ちは、憧れみたいな部分もあったからなぁ............。

 炩と付き合うってのも、悪くないか..................。


 浄も、水禊といるときはすげぇ幸せそうだし、彼女がいるだけで幸せになれるなら、それもいいかもな........................。


 しかも芽衣先輩とも親戚になるわけだしなぁ。

 けど、芽衣先輩が男を見つけて仲良くする姿を見る前には、この感情も消えてるといいなぁ。


「もしかして、またお姉ちゃんのこと考えてる? 心配しなくても大丈夫。付き合ってくれたら、うちの家族総出で、私のことだけ大好きになれるようにしたあげるし。最初からそうしてもよかったんだけど、やっぱり恋は自分の力で叶えたいじゃない?」



 ここに来て、さっきまでの凍えるような無表情を解いて、妖艶に微笑む炩。


 『恋は自分の力で叶えたい』か。


 こんなイカレた文脈でなに無垢な少女みたいなこと言ってんだとか、御守りに頼ってるし自分の力じゃなくねとか、とはいえその御守りの使い方はひどく物理志向だしある意味自分の力かもとか。

 どうでもいいことを考えて現実逃避してる間に、炩は俺の側に寄ってきて手を握ってくる。



「それで、そろそろ返事を聞かせてくれる?」



 手首にナイフを押し当てながら聞くんじゃないよ、まったく............。




 血を抜かれすぎた影響か、全身だるくて声は相変わらずだせないままなので、ゆっくりと首肯してみせる。








「ふふふ、よかったぁ。じゃあ今日からろーくんは私の旦那さまね。もしも裏切ったら..................まぁそれはわざわざ言わなくてもいっかぁ」



 そう呟いて妖しく嗤う彼女の背後に、黒くうねった呪いを幻視した。

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