第12話 天恵①

「いいかい。よっ君。ここで、よっ君と僕が会ってお話をしていることを他の人に言っては駄目だよ」

 離れで、熊のぬいぐるみが言った。

「わかった。言わない」

 その人の名前は、里見さとみといった。実は、里穂りほの亡くなった兄なのだと言う。でも、里穂は兄のことを知らない。

 里見兄ちゃんは、現実ではぬいぐるみの姿で話し掛けてくる。これは、以前、里見兄ちゃんと里穂の母親がここで膝に抱いたそれに笑い掛けていたのを見たことがあった。だから、ぬいぐるみが直接、頭の中に語り掛けてきても不思議には思わなかった。

 ある時、母が「善治よしはるは夢中なことがあると昼寝を忘れる」と嘆いた。やりたいことを途中で止められるのは嫌いだ。

 そこで、里見兄ちゃんが提案した。

「よっ君がお昼寝したら、熊じゃなくて、人間の姿で会いに行くよ」

 もちろん、その日から昼寝をするようになったのは言うまでもない。

 やはり、人の姿のほうがしっくりくる。

 顔は、里穂とそっくりである。そうして、里穂も本当は男の子なのではないかと思い至った。「今、通っている小学校は、制服のリボンとスカートが嫌」だと言っていた里穂。

 僕だって、思う。男の子の制服を着るほうが当然だろうと。

 里見兄ちゃんに言ったら、「里穂はお兄さんである僕のことを知らないまま、自分のお母さんのために、僕の代わりをしているんだよ」と教えてくれた。だから、里穂はどこか弱いのか。

「里見兄ちゃんが、座敷童子にならはったから?」

 里見兄ちゃんは、苦笑して、首を振る。

「そうじゃなくてね、僕は鬼の子なんだよ。昔、僕らのおじいさんが罪を犯して、そのために僕はこの家には居られなくなったんだよ」

 首を傾げる。

「おじいさんが悪いのに、何で、里見兄ちゃんが連れて行かれはったん?」

「うん、約束だからね」

 そう言って、里見兄ちゃんは僕の頭をなでた。


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テンケイ 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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