第30話 状態異常耐性

 僕だけのユニークスキルとも言える乗算付与だけど、僕自身、まだわかっていないところも多いんだよね。


 そのひとつが「重ねがけ」だ。


 先日の毒竜ヒュドラ戦で付与術の四重かけをしてステータスをブーストしたけれど、その副作用でおびただしい数の状態異常を受けてしまった。


 覚えているだけでも10種類くらいかな?


 でも、シンシアからは「できれば二度とやらないでほしい」とお願いされてしまったけど、副作用が状態異常だけというのは幸運だったと思う。


 噂ではMPが回復しなくなったり、疲労が増加して入院するハメになったりと重篤なものが多かったんだよね。


 だから、しばらく後遺症に苦しむ覚悟をしていたんだけど、そこまでじゃなかったのは良かった。


 もしかすると、副作用には個人差があるのかもしれないな。


 僕の場合は多種多様な状態異常が起きてしまう、みたいな。

 それは一見、重篤な副作用に思えるんだけど、考え方によってはそうでもない。


 だって、はっきりとステータスに現れる状態異常なんだから、対処できるってことだもんね。


 つまり、その状態異常さえどうにかしてしまえば、付与術の重ねかけの実用化が見えてくるということだ。


 ──まぁ、無限に湧いて出てくる状態異常をどうやって防ぐんだっていう根本的な問題はあるんだけど。


 初期付与術に【毒耐性強化】みたいなものはあるけど、ちまちまと付与していったところで焼け石に水だからなぁ。


 何かこう、一気に耐性がつくような良い付与術はないものだろうか。



「ん〜、聞いたことねぇなぁ……」



 ブリストンの一角にある、いつも利用している魔術書店。


 そこの店主さんは魔術書マニアでもあるので少し聞いてみたんだけど、良い返事は返ってこなかった。



「アーティファクトクラスの付与魔術に【状態異常無効】があるって聞いたことあるけど、まずウチには流れて来ないと思うよ」

「……ですよねぇ」



 アーティファクトクラスの魔術書はオークションで取引されるというのが通例なのだ。


 まぁ、奇跡的にここに流れてきたとしても、一冊でお城が買えるくらいのべらぼうな金額になるのは間違いないし、僕には絶対手が出せないんだけど。


 それに、アーティファクトクラスの魔術書ともなると、覚えるためには相当な知力が必要になる。

 知力の基本ステータスが「0」の僕には、どうやっても覚えることはできない。



「あ、デズきゅん発見」



 と、静寂に包まれていた魔術書店に女の子の声がぷかりと浮かんだ。




「……あれ、リンさん?」



 書店の入り口に立っていたのはリンさんだ。


 今日はダンジョン探索は休みにしている。

 なのに、どうしてこんなところにいるんだろう。



「どうしたんですか? こんなところに来て」

「実はちょっと付与魔術を勉強しようと思ってね……ふふふ」

「え、マジですか?」



 かなりびっくりしてしまった。


 脳筋とまではいかないにしても頭を使うことが苦手だったはずのリンさんが魔術だなんて。


 前に来たときは【着ている服に生乾きの匂いを付与する魔術】とか、変な魔術には興味持ってたけど、結局口だけだったからな。



「なんだかディスられてる気がする」

「何を言ってるんですか。気のせいですよ」



 おおこわ。


 リンさんってば、こういうときに限って鋭いんだよなぁ。



「というか、本当に付与術を覚えるつもりなんですか? パーティに付与師がふたりもいるとバランス的によろしくない気がするんですけど……」

「あ〜、ええっと……ごめん、そこまでマジに考えてくれるなんて思わなかった。全部ウソです」

「ウソかい!」



 真剣に考えて損した。

 まぁ、少しだけそんなことだろうとは思っていたけどさ。



「実はさっき街をぶらぶらしてたら偶然ドロシーちゃんと会ってさ。一緒に晩御飯でもいこうって話になって、だったらみんなも呼んじゃおうよってね」

「ああ、そういうことでしたか」



 それでリンさんが僕を探すことになって、この魔術書店へやってきたらしい。



「デズきゅんのことだから、どうせ魔導書店っしょ……って思ったんだけど、本当にいるとは思わなかったわ。あたしってば天才すぎない?」



 あっはっはと笑うリンさん。


 リンさんが天才というより、僕の行動パターンが単純すぎるという話もあるんですけどね。


 新しい発見よりも、安定を求める。

 ご飯を食べるのはいつもの酒場だし、頼むのもいつものメニュー。


 それがデズモンドという人間なんです。


 とまぁ、そんなことはどうでもよくて。


 今日もひとりでご飯を食べる予定だったので、リンさんのお誘いに乗ることにした。

 明日はダンジョン探索があるし、あまり長居はできないけどね。


 書店の店主さんに挨拶をして、向かったのはいつもの酒場。

 いつもと変わらない賑わいを見せている店内の真ん中ほどのテーブルに、ドロシーさんとガランドさんの姿があった。


 僕の姿を見るなり、ドロシーさんが頭を下げる。



「す、すみませんデズモンドさん。急にお誘いしちゃって」

「いやいや、誘ってくれて嬉しいよ。今日もひとりでご飯を食べる予定だったからさ」

「うんうん。だろうと思ったよ」



 と返してきたのはリンさん。


 ちょっとうるさいですよ。

 そんなこと言ってると、また【消音】の付与術をかけて喋れなくしちゃいますよ?


 行動パターンと同じで、僕の交友関係なんてわかりやすいからそう思われても仕方がないんだけどさ。


 仲がいい相手と言ったらパーティメンバーかシンシアくらいだし。


 シンシアともそんなに会えるわけじゃないから、いつも食事はひとりなのだ。

 ぼっち飯は気楽でいい。全然寂しくなんてありませんよ。ええ。



「はい、いらっしゃい」



 そんなことを話していると、給仕さんがやってきたのでぶどうジュースを頼んだ。エールを頼んでも良かったけど、明日があるしね。


 他の3人は、もちろんお酒。


 全員分の飲み物が運ばれてきたところで、乾杯をした。



「しかし、こうしてメンバーで食事をする回数は減るのかもしれないな」



 ガランドさんが干し肉を頬張りながら、少しだけ残念そうに言う。



「デズモンドくんも臨時とはいえ旅団長になったわけだし、付き合いも増えるだろう? 会食、会合……そんな場所に行くことも多くなる」

「あ〜、かもしれませんね……」



 そういうのはちょっと嫌だけど、職務として仕方がないのかもしれない。


 まぁ、臨時の第5旅団長にという話は受けたものの、まだ正式な就任式はやっていないので、表向きの臨時第5旅団長はララフィムさんのままなんだけどね。



「そっか。だとしたら、今のままじゃマズいんじゃない、デズきゅん?」

「え? マズい? 何がですか?」

「だってこれだもん」



 リンさんがちょいちょいと僕のジョッキをつつく。


 そこに入っていたのは、アルコールが入っていない、ただのぶどうジュースだ。



「そんな子供が呑むようなものばっかり飲んでちゃ、シュヴァリエ・ガーデンの名前にドロを塗っちゃうよ? もっとこう……ほら、あたしたちが呑んでるような、大人のやつにしなきゃさ?」

「いやまぁ、そうですけど」



 僕も年齢的にはお酒を呑んでも問題はないんだけど、弱いからあんまり呑まないようにしているんだよね。


 だけど、祝いの席とか「呑む必要がある場面」ではちゃんと呑んでいる。



「ご心配はいりませんよ。そういうシチュエーションになったら、ちゃんとしたお酒を頼むので」

「またまたそんなこと言って。デズきゅんてば、アルコールに舌を付けただけで意識がぶっ飛びそうな顔してるじゃん?」

「……僕が酒場でエールを呑んでるの、見たことあるでしょ?」



 胡乱な視線をぶつける僕。



「それに、気を張っていれば酔っ払うことなんてまずないですから」

「あっ、言ったなぁ? じゃあ勝負しようよ」

「え? 勝負?」

「お互い、お酒を5杯呑んでから早口言葉を言う。どう? 気を張ってれば酔っ払わないんだよね?」

「……確認方法がとても幼稚ですけど、いいですよ」



 リンさんってば僕より年上ですよね?

 冒険者なんだから、ナイフ投げとか色々あるでしょうに、なんで早口?


 というわけで、負ける気がしない飲み比べをやることになった。


 ひとまず、僕とリンさんのお酒を5杯づつ頼む。


 お酒が運ばれてきたタイミングで──ちょっと魔術を使った。



「……ンか〜ッ! うまいっ!」



 一杯目のエールをぐいっとあおったリンさんが、口の周りを泡だらけにして幸せそうな笑顔を浮かべる。


 一方の僕は、黙々と呑む。


 一杯目、二杯目。



「あは〜、ドロシーたん、のんでるぅ?」

「え? あ、は、はい、呑んでますよ」

「あはは。いえーいピスピス」



 意味不明のダブルピース。


 もう頬が紅潮しているけど、大丈夫なんだろうか。



「あたしはね、デズきゅんの付与術はすごいって思ってるわけさ。わかるかな、ガランドさん?」

「あ、ああ、わかるとも。デズモンドくんの付与術はすごい。あの毒竜ヒュドラをひとりで倒すくらいなんだからな」

「でっしょぉ? デズきゅんはすごい! この子はあたしたちの宝物なの! レアクラスの魔導具なの!」

「……レアクラス」



 そこはアーティファクトクラスじゃないのね。


 などと心の中で突っ込みつつ、ジョッキをあおる。


 そして、お互いに5杯のジョッキを空にした。



「……さて、それじゃあ早口言葉、いきましょうか?」

「ふにゃ……」



 声をかけたが、リンさんは虚空を見つめたまま、ぽやーっとしている。


 大丈夫か、これ?



「じゃあ、僕から……武具馬具武具馬具三武具馬具合わせて武具馬具六武具馬具。はい、リンさんどうぞ」

「ふぁい……あにゃにゃ……ふにゃ……にゅ……ぐぅ」



 ばたんとテーブルに突っ伏してしまうリンさん。


 あらら。散々お酒に強いみたいな雰囲気を出しておいて、5杯でダウンしちゃってるじゃないですか。


 そばでちびちびと呑んでいたドロシーさんも呆れ顔だ。



「潰れちゃいましたね。これはデズモンドさんの勝ち、ですかね?」

「だな。文句のつけようがない」



 ガランドさんも口の端を吊り上げる。



「しかし、すごいなデズモンドくん。顔色ひとつかえていないじゃないか。まぁ、ここまで酔わんとなると、酒の楽しみが減りそうではあるが」

「えへへ、実はちょっとズルをしてまして」



 リンさんは気持ちよく寝てるみたいだし、ちょっとネタバレしようかな。



「実は付与術の【抵抗力強化】を使っているんですよ」

「む? 抵抗力?」

「そうです。デバフに耐性が付く付与術なんですけど、乗算のおかげで効果が倍増して、全く酔っ払わなくなるんですよ」

「おお、すごいな。そんな魔術があるのだな。初めて聞いたぞ」

「わ、私も初めて聞きました」



 ドロシーさんも驚いたように目を瞬かせる。



「酔っ払わないってことは、眠ったり気絶したりしないってことですよね?」

「うん、そうだね」



 試したことはないけど、睡眠耐性や気絶耐性もつくと思う。


 でも、抵抗力がどこまでカバーするのか、僕自身もあまり試せていないんだよね。



「へぇ、すごい! てことは、それを使えば先日の付与術を重ねがけしたときの状態異常も無効化できちゃいますね!」

「うん。多分これを──」



 と、言いかけて、言葉を飲み込む。

 ドロシーさんに変なことを言われた気がして、ババッと彼女の顔を見た。



「……あの、今、なんて言いました?」

「え? 何がですか?」



 ぱちくり。ぱちくり。


 騒がしい酒場の中で、僕たちのテーブルだけが静寂に包まれる。



「にゃむにゃむ……もう飲めないってば……ウヒヒ」



 酔い潰れたリンさんの寝言が静かに響く。


 ガランドさんはしばし何かを考えて「……うむ。流石はデズモンドくんだ」とだけ言った。



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「落ちこぼれ転移者、全てを奪うハッキングスキルで最強に成り上がる 〜最強ステータスも最強スキルも、触れただけで俺のものです〜」

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落ちこぼれの転移者が、触れた相手の能力やスキルを奪って成り上がっていく物語です!

こちらも面白いので是非!


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【コミカライズ】追放された付与術師、最強の乗算付与で成り上がる 〜初級付与術しか使えないけど、僕の付与術は+20じゃなく×20なんです〜 邑上主水 @murakami_mondo

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