第29話 シンシアとの約束
街の門が閉まる時間が近くなり、パーティのみんなと別れて宿に戻ることにした。
エスパーダ時代から借りていた安価な宿で、お世辞にも広いとはいえないけれど、素朴な雰囲気が実家に似ているので気に入っている。
だけど、第五旅団長を任されるにあたってシンシアから「宿のランクを上げるべきだ」と言われた。
見栄とかそういう理由ではなく、安全性の観点でだ。
今は宿の二階に部屋を借りているんだけど、お金を払えば誰でも自由に出入りできるし、宿主が来客をチェックしている様子もない。
つまり、命を狙おうとすれば簡単にできちゃうということだ。
まぁ、シュヴァリエの旅団長の命を狙おうなんて輩はあまりいないと思うけど、事件に巻き込まれてからじゃ遅いからね。
なので、ちょっとさみしいけど、明日にでもシンシアに相談しておすすめの宿を紹介してもらおうかなと思っている。
「……ん?」
などと考えながら宿の二階に上がったら、僕の部屋の前に誰かがいた。
「デズ」
「……うえっ!? シンシア!?」
シンシアだった。
まさか僕の治療をしに来てくれたのかな……と思ったけど、夕刻にやってもらったし。
というか、パーティのみんなとご飯に行く前に、拠点で別れたばかりなんだけど。
「ど、どうしたの?」
「少しデズと話がしたいと思ってな。今からちょっと外を歩かないか?」
「う、うん。わかった」
いきなりの申し出に、面食らってしまった。
酒場で少しお酒を呑んだけど、よっぱらって幻を見てるわけじゃないよね?
これ、現実で起きてることだよね?
「デズ?」
「……あ、ごめん。行こう」
ドギマギしながら、シンシアと一緒に宿を出る。
さっきまで大通りを行き交っていた冒険者たちもすっかりいなくなり、街は静まり返っていた。
暗闇の中に篝火と、魔導具を流用した発光タイルの明かりがぼんやりと浮かんでいる。
飲食店も閉まる時間だし、今にぎやかなのはダンジョンからお宝が届いている冒険者ギルドだろう。
今日も一攫千金に成功した冒険者が渡されたお金の枚数をニヤケ顔で数えているに違いない。
実にうらやましい限りだ。
「改めて、第五旅団長就任おめでとう」
夜風に乗って、シンシアの声が運ばれてきた。
隣を見ると、シンシアがじっと僕を見ていた。
慌てて「ありがとう」と答えると、彼女は小さく笑みを浮かべる。
「あの日……冒険者ギルドで偶然デズを見つけたとき、私は運命を感じたんだ。先に故郷を離れ、いつかキミと肩を並べてダンジョン探索ができればと思っていたのだが、まさかこれほど早く再会できるなんて思ってもみなかった」
僕もだよ、とは心の中で返した。
エスパーダを追放されて、たまたま訪れた冒険者ギルドでシンシアと再会することができたのは、はっきり言って運命だったと思う。
「それに、子供の頃に交わした約束も覚えていてくれて──嬉しかった」
シンシアは少しだけ恥ずかしそうに続ける。
「あの約束を覚えているのは私だけだと思っていたからな」
「そ、そそ、それは僕のセリフだよ!」
思わず、そう返してしまった。
「僕が故郷を出て冒険者になったのはシンシアの存在があったからなんだ。いつか必ずシンシアの隣に立って、S級ダンジョンを踏破する……その夢があったから、僕はここまで頑張ってこられたんだ。だから──」
ここから先は言うべきか一瞬悩んだ。
だけど、今なら言えるような気がした。
「シンシアは僕にとって、憧れの人なんだ。昔からずっと」
「デ、デズ……」
篝火の明かりでもわかるくらい、シンシアは顔を赤くしていた。
「す、すまない、そういう言葉をかけられることには慣れているつもりだったが、デズから言われると、なんというか……少しだけ恥ずかしいな」
「あ、えと……こっちこそごめん。あ、あ、憧れっていうのは、その、人間としてっていうか……ええっと」
「……」
気まずい空気が流れる。
少し酔っ払っているからか、調子に乗っちゃったかもしれない。
これ、明日になったらめちゃくちゃ後悔するやつだよ。絶対。
今すぐ逃げ出したくなるような空気を引きずりながら、僕とシンシアはしばらく無言で街を歩く。
ふと見上げた夜空には、無数の星が浮かんでいた。
久しぶりに夜空を見た気がする。
この時間はいつも宿で休んでいるからな。
それに、ダンジョンに潜るときも、視線を下げて落ちている財宝やアイテムばかり探しているし、空を見上げるなんていつぶりだろう。
「ありがとう、デズ」
シンシアが静かに口を開いた。
「正直、デズにそんなふうに思って貰えていたなんて、すごく嬉しい。だが……私はキミの憧れの存在でい続けるわけにはいかない」
「……えっ?」
「私たちは共にS級ダンジョン、グランドネイヴルの踏破を目指す『仲間』だ。私はデズの剣になりたい。だからデズも私の背中を守り、私を支えてくれるような存在になって欲しいんだ」
後ろを追いかけるのではなく、頼れる仲間として対等な人間になってほしい。
シンシアはそう言いたかったのかもしれない。
だけど──シンシアの言葉には、それ以上の意味があるような気がした。
「そうだね。そうなると良い……ううん、必ずそうなってみせるよ、シンシア」
「……うん」
こくりと小さく頷くシンシア。
そんな彼女を見て、僕は心に誓った。
──必ず一流の冒険者になって、シンシアと釣り合う男になってやる、と。
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お読みいただきありがとうございます。
第一章はここまでですが、一旦ここで終了とさせていただきます!
近日、別の作品もスタートさせる予定なので、作者フォローしていただけると幸いでございます!
またお会いしましょう。
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