第28話 高級料理

「……え? ここって」

「はい。いつもの酒場です」


 シュヴァリエの拠点を後にした僕たちがやってきたのは、いつも利用させてもらっているあの酒場だった。


 この酒場はエスパーダ時代から使っていた酒場で、シュヴァリエの入団祝勝会をした場所でもある。


 つまり、僕にとっては思い入れ深い場所。

 だけど、決して高級料理を出してくれるような場所ではない。


 首をかしげるメンバーたちを引き連れて、酒場のドアを開ける。


 瞬間、わっと喧騒が押し寄せてくる。


 酒場はいつも通り大賑わいだった。

 探索から戻ってきた冒険者たちが盛大に酒盛りをしているようだ。


 早速、空いている席を探そうとしたのだけれど、意外なことが起きた。



「……おおっ、みんな見ろ! デズモンドが来たぞ!」

「やっと来たか!」



 常連客のグループが、僕を見るなり駆け寄ってきたのだ。



「聞いたぜ、デズモンド! C級ダンジョンに現れた毒竜ヒュドラをひとりで倒したんだって!?」

「シュヴァリエの入団試験に合格しただけじゃなくて、最速記録でダンジョンクリアしたらしいじゃないか!」

「いやぁ、凄い! 俺は前からお前がエスパーダの中心人物じゃないかって思ってたんだよな! ガハハハ!」

「……」



 常連客たちにもみくちゃにされ、キョトンとしてしまった。


 これは一体どういうことなんだろう?


 エスパーダ時代からここは利用していたので、給仕さんには多少顔を知られていたけれど、常連客から声をかけられるなんてことはなかった。


 お互いに「顔は知ってるけど、話したことはない」という間柄。


 なのに、入団試験の件や毒竜ヒュドラの件まで知れ渡ってるなんて。


 もしかして、僕が寝ている間に噂が広まったのかな?



「最近、デズモンドさんたちの件でもちきりなんですよ」



 そう耳打ちしてきたのは、給仕の女性だ。



「あの人たち、景気の良い話が大好物ですからね。同じ酒場の常連さんがシュヴァリエに入団しただけじゃなく、大功績を残してるから嬉しいんですよ」

「なるほど。そういうものなんですね……」

「これでデズモンドさんが旅団長にでもなったら、お祭り騒ぎになりますよ」

「……あはは」



 ちょっとだけゾッとしてしまった。


 臨時旅団長の件が広まったら、祝い殺されちゃいそうだ。

 これはしばらく来ないほうが良さそうだな。


 称賛の言葉をかけてくる常連客さんたちに笑顔で応えて、給仕さんに酒場の一角にあるテーブルに案内してもらった。


 ようやく多少静かな場所に来られて、ホッと一安心。



「えへへ」



 座るやいなや、リンさんがニヤケ顔をこちらに向けてくる。



「なんだかデズきゅん、有名人になっちゃったね?」

「勘弁してくださいよ。僕だけの功績じゃないのに……」

「何を言っている。ヒュドラを倒したのはデズモンドくんの功績だろう。もっと胸を張って良いと思うぞ」

「ですけれど、こういうのは苦手っていうか」



 もてはやされるのは嫌なんだよね。


 だって、この場にも僕以上の功績を出してる冒険者もいるだろうし。


 どんな功績を出しても、謙虚でいたい。


 というか、そんなに褒め立てないでほしい。


 S級ダンジョンを踏破するって大きな夢はあるけれど、目立たずにこそこそと冒険者をやっていたいんだ。



「まぁ、デズきゅんが有名人になったのはいいんだけどさ?」



 と、リンさんが待ちきれないと言いたげな表情で切り出す。



「それで、どうやってここで高級料理を食べられるの?」



 なんだか笑ってしまった。


 リンさんって本当にどんな状況でもリンさんなんだなぁ。


 仮に僕が大出世して第一旅団に配属されても、同じ感じで接してくれる気がする。


 いや、リンさんだけじゃなくガランドさんやドロシーさんも。



「何笑ってるのよ」

「え? あ、いや、なんだか良いなって」

「……? 良くわかんないけど、早く種明かししてくれない? もう待ちきれませ〜ん!」

「わかりましたってば。ちょっと待ってください。……すみませ〜ん!」



 給仕さんを呼び、全員分のぶどう酒を頼んだ。


 それと、イノシシの肉料理をひとつ。


 しばし、みんなと先日のメスヴェル氷窟での思い出話に花を咲かせていると、料理が運ばれてきた。



「……あれ? これって」

「はい。普通のイノシシ料理です」



 皿に載せられているのは、イノシシのチーズソース焼きだ。


 イノシシ肉とキノコをワインでフランベして、チーズを乗せる簡単な料理。


 これはこれで凄く美味しいんだけど、決して高級料理ではない。



「これが高級料理? どうみても普通の肉料理だけど? この前食べたし」

「そう慌てないでくださいリンさん。この料理に秘密のスパイスをかけるんですよ」



 パラパラとスパイスをかけるふりをして、こっそり付与術を発動させる。



「……はい、どうぞ。食べてみてください」

「いやいや、食べてくださいって、何をしたのかわかんないけどスパイスひとつでただの肉料理が高級料理に──って、うまっ!?」



 リンさんが肉をひときれぱくりと頬張った瞬間、ギョッと目を見張った。



「え、え、え!? なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいんですけど!? あたしが知ってるイノシシ肉じゃない!」

「す、凄く濃厚な味がします。こんな美味しい料理、食べたことない……」



 遠慮がちに口に運んでいたドロシーさんも驚きの声。



「肉料理だけじゃないぞ。このぶどう酒を飲んでみろ」

「ぶどう酒? ……うええ!? なにコレ!? ここの酒場のぶどう酒って、水に薄めてる安いやつだったよね!?」

「ちょ、ちょっとリンさん!」



 驚くのはいいけど、デカい声でそんなこと言わないで!


 ほら、給仕さんがこっちを睨んでるじゃないですか!



「で、では僕も頂戴しようかな。いつも通り美味しいだろうな〜」



 慌てて笑顔を取り繕って、ジョッキに口をつける。


 瞬間、ブドウの香りと酸味がぶわっと口の中に広がった。


 うん、お世辞抜きに、すごく美味しい。

 これは、上流階級のひとたちが飲んでいる一番搾りのぶどう酒と同等だと思う。


 や、実際に呑んだことはないんだけどね?



「一体どんなスパイスをかけたのだ? デズモンドくん?」

「かけたのはスパイスじゃなくて、魔術ですよ」

「魔術? 料理にか?」

「いえ、料理じゃなく、みんなに【味覚強化】の付与術をかけたんです」



 種明かしをしたけれど、3人とも首をかしげた。



「ええっと、【味覚強化】はその名の通り味覚を強化する付与術なんです。乗算付与で効果が20倍近くなっていると思うんで、味が薄かったり悪かったりする料理でも高級料理店並みの味になるんですよ」

「おお、なるほど! そういうことだったのか!」



 納得がいったと、ガランドさんが再びジョッキを煽る。


 美味い美味いと感嘆の声を漏らしながら、すぐに二杯目を頼んだ。



「味覚強化かぁ……凄い魔術があるもんだね」



 リンさんがしみじみとした顔で、イノシシ肉を咀嚼する。



「こんなところでも活躍できるって、デズきゅんの付与術ってば本当に万能だね。やっぱり一家に一人欲しい」

「一緒にいるときだったら、いつでも付与しますよ」



 労力はほとんど無いし。



「ほんと? じゃあ、これからは毎日みんなでご飯を食べることにしない?」

「あ、良いですね。そうしましょうよ。みんなで食べるのは楽しいですし」

「うむ、そうだな。大勢で呑む酒はどんな酒でも美味い」



 即断で賛同するドロシーさんたち。


 視線で「どう?」と尋ねられたので、深く頷いた。



「美味しい料理を食べれば探索にも力が入るかもしれないですし、そうしましょうか」

「ぃやったぁ!」



 リンさんが嬉しそうに立ち上がる。


 なんだか一番喜んでるな。


 味覚強化がそんなにお気に召したのか。



「よっし! それじゃあ、これからのあたしたちの飛躍を願って、乾杯しよう!」

「うむ!」

「はいっ!」

「……ですね!」



 リンさんの掛け声で、勢い良くジョッキをあわせる。


 そうして僕たちは、閉店間際まで高級料理並みの味を腹いっぱい堪能したのだった。

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