第5話

俺は、品坂の顔をまともに見た。何か言おうとした。言葉はでない。


品坂は、見返してくる。目を断続的に明後日の方へ向けながら、それでも俺を見る。


品坂の薔薇色の頬が周りに浸食したのか、顔全体が真っ赤だ。俺は自分の顔も熱いことに気づく。


いや、たぶんそんなことじゃない。俺は、左手に右手の爪を立ててみた。


人々の声が、意味を明確にせず、聞こえてくる。


「だからさー」


「まじ? きもっ!」


「うるせー」


たくさんの言葉が、耳に入ってくる。気持ち悪くなってくる。


「あ、何で日曜日なのに、制服なの?」


無意味な情報の多さから逃げたくて、俺は言葉を繰り出した。


とにかく、一点に集中したい。


「これ、面接……」


「え、バイト?」


品坂は、右手でもう一方の腕をつかんだ。顔を横に向ける。


「どうしよう……」


俺は目をパチクリとする。なんて言ったのか始めわからなくて、把握して、? となる。


「どういうこと?」


「受かりたくない」


「え? 面接行ったんだろ?」


俺は疲れていたが、品坂の声が弱気なので帰ると言えない。


「怖い」


「つまり、乗り気でない?」


「ムリ、ムリ」


彼女はこちらに顔を向けた。すっごい必死な顔つき。俺の右腕を掴んだ。それで涙目で、じっとこちらに目をやる。


「なんでバイトしようと?」


「QOLをあげようと思って!」


「QOL」


「生活の質!」


「金銭的に?」


「違うよ。なんか新しいこと経験したいって」


「やってみればいいじゃん」


品坂は、俺の腕から手を離した。その手を唇に当てる。


「ムリだよお。人と話せないよお」


「こ、こおして、俺と話してるのは?」


「だって、聖くんとは、歯車が合ったみたいにぽんぽん話せるけど」


両手で顔を包むようにする品坂。足を揃えて、しくしくと泣くようなかんじだ。


「な、なんのバイト?」


「本屋さん……」


「面接は」


「一期一会な感じだと話せるから、そんなに悪くなかったかも」


問題は、持続しなければならない関係らしい。


「たしかに、そんな調子じゃ、QOLは、逆に下がるね……」


「うわーん!」


握った拳を両目に当てる。


「え、絶対、嫌なの?」


「ムリなの」


「辞めていいから、少しやってみない?」


「え?」


「もちろん、受かればだけど」


品坂は、目を上げた。


「だって……」


「人間関係、新しい場所から、あらためてやってみても」


品坂は、目をぐるりと回した。しばらくの沈黙。何か、彼女の中で葛藤が渦巻いているのか。


「メタメタに傷ついても、次の環境のための布石にはなるよ」


握った両拳を胸の辺りでくっつけて、品坂は、口を開く。


「聖くんも?」


「ひんぱんに傷つく。引っ込み思案じゃないコミュ障としては、そんなのが普通じゃない?」


表面上、うまくいってるようにする。そうしたら滞りなく回っていく。


「え、怖い」


「えーと、行ってみてどうやっていけばいいかを考えたら? 考えるの得意だろ?」


彼女のそんな力で、何かのきっかけから、自分に合ったうまい生き方に繋げられる、とか思う。


肩から下げたスマホ入れを握る品坂。そこからスマホをすっと引き抜いた。


画面に何やらタップして、それを俺の方に向ける。


「え?」


「LINE……」


QRコードだ。


「え?」


なんだか、品坂、頬を膨らませて、ぶすくれてる。


「こ、怖いから……」


口を尖らして、言った。


そんなに不安なんだ。先からの反応でわかるけど。えっと。


俺にとってはできすぎた展開。連絡取れるなら、いつでも会えるかもしれないから。


そういえば中学時代、彼女はスマホ持ってなかったっけ。教育方針? とかで。


そうしてアドレスを交換した。


「🎶〜」


なんだか、品坂が、上機嫌。


かわいい……。


俺は脳裏に前触れもなく浮かんだその言葉に狼狽した。いかん、何がいかんのか、わからないがいかん。


「お、俺、疲れたから、帰るね」


「え、そうなんだ?」


「人混みにずっといると疲れるんだ」


「そっか。ごめんね、付き合わせちゃった」


俺は、品坂の金色の髪の毛のかかる頬に手を触れたいと強く思った。その衝動を、力づくでねじ伏せる。


「いや。俺も楽しかったし、神社に誘ったの俺。また、その、今日の夜とか、連絡していい?」


「うん! 待ってるよ」


俺はなぜか、いま、恐れの感情があった。


「このまま、まっすぐ帰る?」


品坂の、背筋が綺麗に伸びた姿勢が涼しげだ。


「うん、そうする」


「あ、じゃあ、一緒、帰ろ?」



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IQ170の品坂さんとHSPの俺 アリサカ・ユキ @siomi

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