第4話

「あー、言えた。中学3年間、ずっと思ってたの。聖くんが、無理してるの」


俺は、どう反応していいかわからなくて、曖昧に、おう、と小さな声だ。


品坂は、肩にかかっている耳の後ろで伸びている髪の毛を、丁寧な仕草で、背中に流した。


そう言えば、中学生の時は、こいつ、ショートボブだった。髪の毛を伸ばして、すごく……、その……、大人びた……。


自分の思考で、何かをはっきり言葉にするのが、ためらわれた。


「あのさ」


俺は、唐突に上擦った声を放つ。


相手は、俺を上目遣いで見た。目を縁取るシャープな曲線に、俺はプロの漫画家の生原稿のインクの軌跡を思い出した。それが、世間的な褒め言葉なのか知らないが、俺にとっては。


「なに?」


ペットボトルを持ったまま、両手を後ろに組む品坂。


なんだろう、自分の今出た促されたような言葉は。俺は混乱した。


「あ、神社行かない?」


「へ?」


取り繕ってみたが、変じゃないか? 正月や受験でもないのに神社行く高校生がいるか!


「あ、いいかもね! 神さま、うん。よく行く?」


俺は返答に困る。よく行くのだ。それを言って、なんか引かれないか。


「なんで行くの?」


「その、あの清浄な雰囲気に癒される……」


ああ、もうダメだ……。俺は根本的に間違った。走って逃げたい。


「街中にある、聖なるものって、基本、経費削減したところがないよね。質がいいのは、気持ちがいい」


「大丈夫?」


「何が? 時間ならあるよ」


俺と品坂はしばらく、ジュースを飲むのに専念した。ペットボトルをダストボックスに入れたら、ゲーセンを出る。


外は明るかった。太陽の光-線は、健康的に伸びて、ビル群の壁に、歩く人に、反射する。


「あ、お賽銭の小銭あるかなあ」


品坂は、革紐で肩から斜めにかけたスマホ入れを手に持った。それについているジッパーを開けると、お金が入っているようだ。


「あ、そこで祀られてるの三柱の神さまだから……」


「同額3枚の小銭ね」


その敬意が正しいのかはわからないのだけど。


外に人はわんさといる。赤信号で止まると、知らない人が無数に近くて、俺はストレスを感じる。


青になる。品坂と横に並んで歩く。知らない人のことだけど、大抵の人が、前を確認するのが、俺より遥かに遅い。こちらに向かってくるように歩いてくるので、先に気づく俺が避けるのが街中での歩き方だ。しかし、女の子と歩いていると、避けたくなくなる。なんだろう、これ。だから、人が来たら、立ち止まる。ぶつかるギリギリにこちらに気付き、避けていく人って少なからずいる。


「なんかさ、道路を歩いてると、車が、強引に道をくるのあるだろ? 直前になってブレーキ踏むみたいな。」


「え? あ、そうだね。なんか、暴力的な感じで我を通してくる人いるね」


ふと、俺は、エリート校の制服のやつと歩いてることに気後れを感じた。頭を振る。


「あれ、人を押し退けてるんじゃないと思うんだよね」


「うん?」


「たぶん、そういう人って、全然、周りが見えてないんだよ。だから、一方的になる。事故の多くって、その時のうっかりでなくて、もともといつもそんな注意力の人が起こすんじゃないかな」


「ん?」


品坂は、ビルに入ったアパレルショップのショーウィドウを覗いた。つられて見てみるが、高校生が着るには、大人びたもののようだ。


強い風が品坂の髪の毛をさらった。金色の光の溜まりがこぼれるような。少女は手で抑える。


「え、聖くん、それって、統計とったエビデンスでもあるの?」


「え? い、いや、その」


いきなりの鋭い言葉に俺は、身体を小さくした。


「なんとなく、そう思っただけ?」


「ああ…、そう、だな」


「そんな、なんとなくな印象で世界を構築してると、人生を見誤るかもよ? 仮説を持つのはいいけどさ。1イクオール1が世界の構造なの。正しく認識したければ、正しい根拠を持たないと。古典物理学であたし達の世界は一応、説明できるけど、厳密にいうと齟齬はあるみたいなことはあるけどさ。」


 畳み掛けるような勢いに、気持ちよく話していた自分が恥ずかしくなる。


「そっか。あ、そう、か」


俺はしどろもどろだ。頭のいいやつとの会話は、難しい……。


そして、神社にたどり着いた。


街の人手にしては、閑散とした感じを受ける。柔らかい風に木の葉っぱがわさわさと揺れている。白い砂利の地面が清潔だ。静けさに落ち着く。


鳥居の前で礼をして、拝殿に向かった。


「あ、きれいー」


品坂が、両腕を水平にあげて、両足を起点に石畳の道の上でくるりと回った。誰かに当たりそうになる。


「ス、スミマセン」


頭を下げる品坂。


「道の真ん中は神さまの通り道だから」


「端を歩くのね」


はしゃいだのをバツが悪く感じたのか、長い金髪の房をギュッと握るようにした。


いく人かの参拝客が並んでいた。


しばらく待った。そして順番が来て、二人並んで、祈祷をする。小銭3枚のお賽銭を静かに投げた。手を打つ。この神社に大きな鈴のついたしめ縄はない。願う。


その場から離れると、俺と品坂は、神社の敷地から出た。


俺はそのまま黙って、隣にある広場へと向かった。品坂は、着いてきてくれる。


広場では、花壇を構成する石の縁取りが、腰掛けるのにちょうどいい高さだ。


それは、公園全体を覆っていて、人は多いけど、座れる場所はあった。


「いいかな」


「そだねー」


2人ともに腰を下ろす。


俺は人混みに疲れていた。品坂ともっと一緒にいたいけど、もう、限界っぽい。


ただ、なぜか、また会う約束を取り付けて、帰りたかった。






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