第3話
「学校は退屈」
品坂は、そう言うと、ぷよぷよ通の筐体に50円玉を1枚入れた。
突然、始まったゲームに、俺は目を奪われる。
何度も、とんでもない連鎖をしていく。
5連鎖以上に1つ連鎖が増えるたびに「ぱよえーん」と言う言葉が出るが、その声がひっきりなしである。
それで、ワンコインクリアを成し遂げてしまった……。
「え、できるのか」
「最初で、わかった」
「そ、そうか」
俺は、ビビる。それ以上言葉がなくて、ただ、画面のスタッフロールをみつめてしまうだけ。
品坂は、イスから立ち上がり、フロアの隅にある自動販売機へ向かった。長い金髪がさわさわと光に反射する水の流れのように揺れた。そして、ファンタのオレンジを買うと、戻ってきた。
「はい」
俺にグレープを買ってくれていた。
「お、おお。ありがとう」
品坂は、オレンジのペットボトルのキャップを回し取り、ごくりっと、一口飲んだ。
「お前、楽しいことあるの?」
ちょっと、かわいそうとか思うのは、やっかみだろうか。
「ネイチャーって雑誌に送る論文を、お兄ちゃんと書いてる。それは楽しいかな。採用されるかはわかんないけどね」
「何、ネイチャーって」
俺もキャップを回したが、飲む気がしなかった。
「イギリスの科学論文雑誌。お兄ちゃんが、大学で、量子コンピューターの研究をしてるのね。その手伝いしてて、さ」
「は、はあ」
なんか、住んでる世界が違う。イギリスってことは、英語で書いてるのだろう。
楽しいことあるのかって、愚問か……。俺は何かよくわらない脱力感で肩が重くなり、挫けそうになる。
「学校に友だちはいる?」
こいつ、周りの人が避けるのではないか。でも、頭いい学校に行ってるんだから、同類はいるかもしれない、とも思う。
「え、う、うん、いる、かな……。ううん、いない、かな……」
品坂は、中学時代もたいてい孤立してた。友だちと接する方法を今でも知らないのかも。
俺は、グレープを飲んだ。品坂が完璧でないことに、どこか安心感を覚えた結果かもしれない。
「お前、レトロゲーとか、好きなの?」
「ううん」
即答で、俺は悲しい。
「なんでここに来た?」
「え、うん……」
曖昧な言葉を使うから、聞きづらくなって、俺もそのまま話を打ち切る。
こいつとのコミュニケーションって、この
「俺、昨日、アイス買ってさ。それ冷蔵庫入れてると弟に食われたよ」
「へ、へー」
だよな!
相手が黙ってても、決して俺を否定してるんじゃない。そんな時はこちらも喋らない。役立つYouTube知識! お互いに黙ってるだけ。フェアだよな。それが、できないのだが。
「あ、これ」
俺は、カバンからハンドタオルを出して、品坂に差し出した。
母親がいつも持たせるが、滅多に使わないものだ。
「濡れてるし。手とペットボトル、拭く?」
気の回し過ぎ、とは思う。
「ありがと」
特に不快な様子も見せず、品坂は、タオルを俺から受け取り、まずは、自分の手を拭いた。爪が光沢を持って輝いていた。それから、ペットボトルを拭いた。
「聖くん、中学生のまんまだ」
「はあ? 成長しましたよ……」
俺が反論したり突っかかったりするのは、嫌だなと思いたくない相手に対して。
「あははー、ごめんごめん。性格が昔のまんまだなーって思うの」
そんな柔らかいことを言われて、やっと俺は安心する。
「性格ねえ……」
HSPって性格なのか? 病的な強迫性を感じはするが、精神医学の対象ではないから、病院で診断書を書いてもらうこともできない。自分がそうかな? と思えば自己申告するしかない、あやふやなものだ。
返ってきたタオルで俺の方も拭った。
沈黙がまた降った。品坂は、ただにジュースを飲んでいる。こちらも同じくそうした。
店の中で、客はまばら。それぞれに、筐体の前に座り、忙しくレバーやボタンをガチャガチャいわせている。
「あ、あのさ」
俺は、結局、声を出す。
「聖くん!」
「あ、ああ」
「無理して喋らなくていい。沈黙もコミュニケーションだから」
そう言って、品坂は、片目を閉じてみせた。口元は笑んでいる。
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