第2話
「お前、その髪の色、すごっ」
「え、そうかな?」
品坂は、肩にのっている金色で、まっすぐな髪の毛を細い指でくるりと丸めた。
「何? ヤンキー?」
俺は、笑い声を上げながら、言った。
「数学の授業についていけなくてさ」
「はあ? お前が?」
ますます、俺は笑う。品坂は、頭がいい。中学時代は、どんなテストも、事前に教科書を一読するだけで、100点、というのが当たり前だった。
「何? 数学が面白くないの?」
「そう。勉強はつまらないからね」
「つまり?」
「え、だからよ?」
俺は、苦笑いをする。
「面白くないと、金髪にするの?」
「当たり前じゃない?」
品坂は、特に表情も変えずにそんなことを言う。何かが飛躍している。中学時代もこんな会話にてんてこまいさせられたっけ。彼女は、自分の理解できる地点で、相手もそこでそれがわかると思っている。
「何か、腹立つきっかけがあった?」
首を傾げて、少し思案する品坂。
「ん? あのね、先生が、しっかり授業受けろって言うの」
「うん」
俺は、中学時代に戻ったような感覚だった。こんなふうに話していたから。
「受けたら退屈になったから」
「ん? なんで退屈になったの?」
普通、やり始めたら、退屈は無くなるものではないか?
「え? それは、そうじゃない? なんで家で教科書読んだら理解できることを、先生は説明するの? 発展のことを主として話してるけど、そんなこと難しくないよね?」
「で、授業受けるの馬鹿馬鹿しいんだ」
「うん、そう! もう、退屈で退屈で。今まで机の下で本読めてたのになー」
なるほど。そういえば高校受験の時期も、彼女は、みんなが休み時間とか用意された自習用の授業時間に勉強してる時、ひたすらハードカバーの何か難しい本を読んでいたっけ。
「その先生は、品坂のこと、あんまり知らないんじゃない? 新しい先生とか?」
ちょうど、俺たちは2年生になったばかり。
それに、偏差値の高い学校は、頭のいい生徒に寛容だって聞いたことがある。俺のように大したことのない学校では、みんな軒並み大したことないから、いちように勉強しろ! と言われる。
「いや、なんか、目の敵にされててさ。その先生、2年からの数学担任だけど、授業で言ってることスカスカだし、小言ばかり言ってくるから、あたし、ずっと寝てたのが悪かったかなあ」
儚い顔をする。
それで俺は思い出した。
それは、小学3年生の時だ。
2桁同士の掛け算の説明を先生がしていた。
14×16など、10の位が同じ掛け算の時、簡単な解き方があるのだと、先生は言い出した。
前の数の14に後ろの数の16の6を前に移動して足して、20×10にして、それと元々の式の1の位の4と6をかけて、その2つを足します。
14×16 =
20×10 + 4×6
そうすると答えの224が簡単に出ますね、これはこうなるものと覚えて使ってください。2桁の掛け算で、10の位が同じなら、ですよ!
その授業の後、一人のクラスメイトが、品坂にどうしてなの? と聞いた。
品坂は、面白くもなさそうに説明をする。なんでそんなことわからないの? というふうに。
「だからー、乗法公式でわかるでしょ。
(10a +b)(10a +c)=
100a^2+10ab+10ac+bc
※^=キャレット/^2=二乗の意味(スマホで2乗はこのようにしか書けないため)。
でしょ?
その
(10a+b)(10a+c)
(これが、14 × 16 の式としてね)
前の式に
cを移動させて足して計算。さらに、最後に積のbcを足せば同じになるからに決まってるよ!
(10a+b+c)10a
つまり
100a^2+10ab+10ac
に積のbcを足すと
さっきの式と同じでしょう!」
「はあ? なに言ってるか、わかんないよ!」
悲痛な顔のクラスメイトである。
わかるわけない。説明が飛んでるし、乗法公式は中学3年生で習うのだ。小学生には難しすぎる。
思えば、品坂は、小学3年生の時点ですでに乗法公式を理解していたのか。そしてそれを、先生の言った計算方法の理解にすぐに活用した……。
俺は横で聞いていて助け舟を出した。とにかくいくつかの例題を出して、先生の言ったやり方で解いて見せて、その答えと電卓で出した答えが同じことを示してみせた。
クラスメイトは、なんとなくわかったというふうに、頷く。
「もしかして、聖くん、あたしと同じにわかるの? これ、簡単だよね!」
品坂の顔が輝いた。
俺は焦った。その時、そんな式がわかるわけもない。ただ、相手にとって納得できるであろうことを思いついたまでだ。
それを言うと、品坂は、今と同じように儚い顔をしたのだ。
「あたしと同じ」、その言葉にどれだけ彼女の苦悩が隠されていたのか。IQ170のギフテッドがどんなにすごいのか、俺には考えが及ばないし、そのように彼女が人から理解されていないことを悩んでいるのだと、その時、まざまざと感じたのだ。
「あんまり、学校、楽しくなかったりする?」
なんとなく、そう思った。品坂は、フフと、ただ笑った。
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