武林

第24話

 柴田一家は見回りの警察官に救出された。彼の妻は一命を取りとめ、入院している。彼の息子共々、練炭を吸ってまもなくだったため、既に健康らしい。ただ、柴田だけが死んだ。

 私は世間から叩かれている。柴田を自殺に追い込んだ犯罪者として、誹謗中傷が続く。玄関のポストに画鋲が入っていたし、買い物に出かけようとしたら、自転車が故意に衝突してくる。SNSで城島の殺し方が流通していた。私はインターネットの世界で舐められて、玩具にされている。スマホを眺めると心が沈む。けれど、見ていられなかった。誰か私の味方が 1人でもいないのか探してしまう。そんな中、柴田からの通知をふむ。彼が死ぬ前に送った武林の動画。彼の自殺があってから、開くことを忘れていた。


『はーい。この仕事が出来ないクズに、アリを食べさせまーす』


 武林の声だった。彼は生き生きと新入社員に虫を食わせていた。彼の手にするのは、ラベルを剥がされたペットボトルだ。その中で小さなつぶが大量に蠢く。道端で採取したアリを詰めていた。

 とても彼だとは思えない。柴田がいた頃と違い、ハツラツとした表情を浮かべている。彼は暴力を振るう側に回った。俺は彼に利用されただけではないだろうか。

 仕事も休職しており、やることも無かった。俺はダメ元で武林に連絡を送る。

 すると、直ぐに彼から返事が届いた。会って話しましょうと、個室の店を指定される。



「あれ、城島さん?」


 私はそそくさと足早に離れる。しかし、後ろから呼んだ人も歩幅を合わせて、話をしようとする意欲をとめない。


「ごめんなさいほっといてください」

「俺です。下田です!」


 振り向くと、彼だった。新入社員の研修で、ネットの話題を自分の体験のように話していた男だ。確か、夢ソーシャル会社を退社したことまでは覚えている。


「な、何で?」

「いま配達中ですからね」


 彼は板前の格好をして大きな四角のバックを背負っていた。既に彼は手に職をつけているようだ。


「城島さん大変でしたね」

「はあ、まあ……」


 自分の話題だと気分が暗くなるから、彼の近況を聞き出してみた。


「下田は配達って言うけど、何してるの?」

「最近は友達の店を手伝ってます。和菓子屋なんですよ。楽しいです。やっぱ細々とした作業は楽しいですね。給料は安いけど、尊重してくれます」


 彼は夢ソーシャル会社の思い出を語る。


「あのころは会社でおちぶれたらダメだって理不尽な目に合いました。でも、辞めたら辞めたで行けるところがあるもんですね。方意地はらずに生きられるから気楽です」

「余程良い場所なんですね」

「うん。では、先を急ぐので」

「ありがとう」

「城島さん。私は記事に救われましたよ。あれで、仕事を辞めようと思いましたから」


 彼は別れ際にセリフを吐いた。そのまま、行方が見えなくなるまで背中を見守る。どうか、彼の人生が幸あるもので満たされるように願った。

 指定された店は完全な個室の水炊き専門店だ。ここは接待の場として活用されやすく、広まって欲しくない会話などもってこいだ。私は受付に武林の名をあげると、ある部屋に案内された。ふすまを開けると、武林。そしてもう1人がいた。


「え、柴田の奥さん?」

「違います。私は千切と言います」


 バーベキューの時に顔を見たぐらいだが、彼の妻にソックリだった。まるで瓜二つで鏡でも見ているようだ。そんな驚く私を露知らず、武林は座ったままで向かい席を指でさす。

 腰を下ろし、スマホをテーブルに置く。


「お久しぶりですね。記事を協力してからやり取りしてませんでしたね」

「ええ、あれから色々あったので」

「大変ですよね。こっちも協力したいのですが、立て直しに時間がかかってます」


 夢ソーシャル会社は柴田が勝手に暴走したという方向性に舵を切る。それでも、マイナスは振り払えないから、また社名を変えるようだ。得意先は減るだろうけど、値段を安くしたりして会社自体は残していくらしい。武林は柴田のポジションに滑り込めた。彼も、清水のような上層部にアポイント取っていて、柴田がやったような作戦で、のし上がる。


「柴田に会ったんですよ」

「ほう」

「彼があなたの動画を送ってきました」

「うん。どんなの?」


 私は動画を再生した。

 彼は新人にアリを食わせた。そのあとは皆が爆笑する。新人は業績不振を理由に武林から追い詰められていた。働きアリを食べて、その労働の精神性を継承させる目的だとカメラ目線で説明した。その後、新人が這いつくばり、上から殴る。誰も彼のことを止めようとしない。


「あーこんなのありましたね。頭に血が昇ったんですよ」

「武林お前最低だな。死ねよ」

「千切さん口悪いよ」

「そりゃ悪くなるよ。この会社まだこんなくだらねえことやってるんだね。やっぱ辞めて正解だった」


 千切は椅子を横にずらし、武林と人ひとり分の距離を取った。


「武林さん。あなたのやってる事は柴田の繰り返しではないですか」

「そうですよ。俺はこのポジションにつくために貴方を利用しました」


 私の捏造記事に武林は目をつけた。彼と同じように柴田を失脚させるため、私に潜入させる。そのまま、正義感に駆られて暴露記事を書くだろうと踏んだ。案の定、信じたから協力を申し出る。


「あなたの動画を勝手に流失させました。風向きが柴田の批判につくように」

「そうか……」

「また、嘘をつかせたりした。櫻井に『柴田に殴られた』ということにした。彼は1度も人に手を上げたことがない。自分がされて嫌だったからね」


 ただ、彼にも誤算が生じた。それは、柴田が私の文章を気に入ったことだ。柴田に武林は右肩的存在として気に入られていた為、非難されると思っていなかった。だが、揉めると踏んでいたようだ。


「柴田はあなたのファンになったんですよ。私はあなたの捏造記事しか興味なかった。でも、彼は他の記事も読んだみたいです。まあ、そりゃあなたも1つじゃないですからね」


 そのまま、彼は千切の説明をする。


「彼女は俺が呼びました。柴田からアカウントのリンクが送られてこなかったですか?」


 どうやら私以外にも三人に裏のアカウントを渡してきたらしい。書かれてある文章をお互いに読んでいる。


「柴田ってそういう奴ですよ。同情されたくてあんなの送ってるんです。それに、あれ捏造が多いです。過程が自分に都合が良かったりします。そのすり合わせをしたくて、ちょうど呼びたかったんです」

「私も記者さんに誤解されたら嫌だからきた。これが終わったら縁を切るけどね」


 千切は自分のことを語ってくれた。あれから仕事をやめて別の会社に入る。その場でもブラックだっため、2ヶ月で退社。その後は職を転々としていて、何とか生活はできている。給料面は満足していないが、時間に余裕があるので、夢ソーシャル会社にいた時より充足しているようだ。


「千切さん。彼はあんな感じではなかった?」

「いや、自己弁護のうまいやつでした。面白いやつだと思ってましたけど、理想像を押し付けてましたね」


 柴田に相当な怒りを持っていて、未だに消化しきれていないしこりのようなものを発言の節々から感じ取れる。私はそこに介入する欲はなかった。


「でも、犬の真似は好きでしたよ」


 俺は彼の犬の真似は最悪な思い出がある。忘れたいから、武林に話しかけた。


「武林さん。どうしてあんなことするんですか?」

「止めるのは、遅いですよ。ブラック企業を止めるなら適切なプロセスを踏めばよかったじゃないですか。証拠を集めて、連携をとって、彼を追いやれば良かった。それに、私の忠告を振り切って新入社員を止めたらよかったのに、しなかった。だって、記事にできなくなるから。貴方も柴田の殺害に加担しているんですよ」

「話をすり替えてますよ。どうして、柴田以上にひどいパワハラするんですか」

「だって、舐められるじゃないですか。炎上も怖いけど、ここで引いたら仕事が機能しない。やはり緊張感が仕事を回すと思います。ただ、その回す側に私が回った。その為に刃物を用意したし、櫻井に刺させた。それが男の世界でしょう」


 全ては彼の手のひらで歩き回っていた。俺は彼に応じた時点で負けが見えていたのだ。その軍隊のような上下をパワハラで強制的に敷く。そのレールから柴田や武林は抜け出さない。その居心地から外れたら、舐められるからだ。


「貴方も彼を運びましたね。死んだけど」

「脅迫ですか」

「いや、人は思ったより矛盾だらけだってことですよ。ほら、櫻井だって人を刺したのに被害者面。彼女は確かに柴田からパワハラされてました。それは本当に可哀想です」

「だから、貴方も矛盾だから許せって言うんですか」

「いや、会社がこういう仕組みなんですよ。私がやらなくても、誰かがやります。今は光秀が補助してくれてますが、彼が私をおいやるかもしれない。そういうものなんです」

「絶対違う」


 自分の起こした加害性を大きなものにすり替えている。


「柴田に同情しているのですか?」


 私は彼の内面を読ませてもらった。彼も少なからず環境のせいで歪んだ面もあるだろう。その部分が同情に値する。


「あいつは元からクズですよ。そんなクズを庇う必要ありますか?」

「あるよ」

「だったら、罪の意識があるんですか?」


 私は言葉に詰まった。バーベキューの時に聞いた私の言葉が反芻される。


「あなたに罪があるんですか?」



 これが、かつて存在した会社の全貌である。この後、会社は倒産し、武林は傷害罪で逮捕された。このような地獄の連鎖は止まったものの、似たケースは日本に未だ存在すると言える。

 今回はブラック企業の紹介とともに、実体験も入れたのは、臨場感を伝えるためだ。著作は、暴露した記事を元に小説風に仕上げたもの。未だに誹謗中傷が届くものの、この作品が適切な人にいきわたることを願う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インフルエンサー・イン・ザ・ブラック 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ