#5


「最近ヒナと柚木仲良くない?」


 目の前に座るシノさんがそんなことを言い出したので、盛大にむせてしまった。

 何ちょっと、大丈夫?なんて驚いているけれど、突然そんなことを言われたら誰だってむせると思う。


「な、なんでそんなことを」

「いやなんかさ?柚木めっちゃヒナと仲いいじゃん。二人でお出かけとかしてさ?」

「まあ、確かにいろんなところには行ってますけど」

「俺のことも誘ってくれたらいいのに」


 拗ねたように言うシノさんを見て、確かに最近仲間はずれみたいなところはあったかもしれないなと少し反省する。三人きりの同好会なのに、そのうち二人で仲良く遊んでたら気になるのは当たり前だ。俺と柚木くんの今の関係を話していないのも、なんとなくそうした後ろめたさがあるからだ。シノさんはそういうこと気にするタイプではないけれど。


「だからさあ、誘われないなら俺が企画したれと思って!一応会長ですし?最年長だし?」

「はあ」

「今やりたいやつあるし?みんなで遊びたいなと思うわけですよ」

「その感じまだ続きますか」

「いやもうネタ切れだけど」


 ネタ切れなのかよ。

 シノさんのなんかよくわからない年上ムーブを続けさせるのも面倒なので聞くと、シノさんがわりとあっさりそんなことを言ったので、俺も控えめにツッコんで終わりにする。

「たださあ、そのゲーム4人でやるやつなんだよね。CPUもつかえるけど全員中身いたほうがおもしろいのよ」

「中身って言い方やめましょうよ。シノさんいっぱい友達いるから1人くらい誘ってみたらどうですか」

「いやあ、俺わりと誰とでも話すけど別に仲良いわけじゃないからね。なんかヒナ勘違いしてない?」

 シノさんはそう苦笑しているけれど、俺と知り合ったのだって半ばナンパのようなものだったから信用ならない。この人はわりと誰とでも話せる上にフットワークも軽いので、誰とでも結構仲良くできるタイプだ。本人曰く「本当に仲良くしてる人は少ないよ」とのことだが、そんな人は旅先でふらっと入ったお店の人と仲良くなって今も時々飲みに行くとかそんなことはしないと思う。


「というわけで。ヒナ、心当たりない?」


 そう聞かれても、と返事をしかけて、一人心当たりが思い浮かんだ。ただ、あの人も話してみれば案外フレンドリーとはいえ人の好き嫌いは結構はっきりしてる方だから大学生の同好会ノリについてきてくれるかどうか。もしかしたらそんな若い中にはちょっと、と断られるかもしれない。


(……でも、柚木くんに会ってみたいって言ってたしな、)


 そんなことを言いつつ実際に会うとなったらやたら緊張して声が小さくなるのではと思ってはいたから、一回オンラインでゲームするのに誘うのはいいかもしれない。



「よーし、みんな揃ったしやりまーす!」

 フードトラックの中で調理をする四人のキャラクターを眺めていると、シノさんの元気な声が聞こえてきた。大学終わってもうだいぶ夜だというのに元気な人だ。明日が休日でよかった、とマイクに入らないようにため息をつく。

「シノ、うるさい。初めての人がいるのにびっくりしちゃうでしょ」

「ごめんごめん、俺これずっと対人でやりたくてさあ、できると思って嬉しくてさあ」

 突っ込む柚木くんに苦笑しながらも楽しさを抑えきれないシノさんが返す。普段俺には丁寧で控えめな柚木くんは、勝手知ったる仲だからかシノさんには結構ぞんざいだ。それが前から少しだけ羨ましいなと思うこともある。

 二人のやりとりを聞いていると、ぴろんという音がして通知が開いた。はるさんと二人きりのチャットのところに、新規メッセージが届いている。

(なんかお邪魔しちゃってすみません)

 そう、俺が今日誘ったのははるさんだった。他に呼べる人と言われて、唯一思い浮かんだのがはるさんだった。はるさんなら俺に恋人になってほしいなんて頼む人に会ってみたいと言っていたから、たぶんOKしてくれると思った。お願いした時はやはり仲良し同好会の中に入るのはちょっと……と渋られはしたが、元々このゲームが気になっていたようでタイトルを出したらOKをしてくれた。やはりゲーム好きはおもしろそうなゲームをやる機会には貪欲なものだと思う。自分もそうだけど。

 こちらもうるさくてすみません、と返信をするとすぐ笑いマークで反応される。

「何からやる?たぶんVSはきついからストーリーのステージどっかやろうか」

「そしたら、とりあえずランダムでいいんじゃない?できないステージあったらそこ続ければいいし」

「おっゆ……かぼすいいこと言うなあ!じゃあそれで行くか。ぺちょもそれでいい?」

「あ、はい。はるさんもそれでいいですか?」

 ぼんやりしている間にシノさんと柚木くんの間でどう遊ぶかが決まっていた。俺としては別に反対するところもなかったのではるさんに話をふると、はるさんもじゃあそれで、と同意する。あ、はるさんのキャラ結構ストーリー進めないともらえないやつじゃん。やりこんでるなこれは。

「はるさん、シノさんうるさかったら言ってね。シノさんのボリューム下げるから」

「あっサーバー主横暴じゃん」

「いやこれ、普段俺の設定に合わせてるからシノさんのボリュームに耐えきれないんですよ…………かぼすくんもそんなにうるさい方じゃないですし」

「俺がなんかめっちゃ元気みたいじゃんそれ!ゲーム中もっとうるさくなるからな!言っとくけど!」

「ほら、もうゲーム始まるよシノ」

 シノさんと俺がわいわい言い争っていると、いつのまにかロードが終わっていた。こんな即席四人組でゲームしっかりできるかなあ。一抹の不安とともに、調理開始の合図が鳴った。



 結果、四人でゲームをするのはそれはそれで楽しかった。

 シノさんは自由奔放だけどミスした人に対してちゃんと声かけてフォローできるし(本人の腕前は別として)、柚木くんはシノさんに悪態をつきつつもカバーしたりされたりしてとてもいいコンビだったし、はるさんははるさんでいつも通り如才なく他人の動きを見つつも的確にタスクをこなしていた。即席チームと思えないほどのチームワークだった。

 シノさんと柚木くん、はるさん、それぞれとゲームはしたことがあるものの、四人揃うとそれはそれでまた違うんだということがわかる。


 (ずっと一人でゲームしてたから、なんだか新鮮だな)


「あ、ぺちょさんいいところに。ちょっとこっちに向けてきゅうり投げてもらえませんか」

 しみじみ人とゲームするの楽しいなあ、と浸っていた俺にはるさんの声が響く。見ると確かにきゅうりがたくさん必要そうな場面だ。そうだそうだ、今はこっちに集中しないと。

 きゅうりをはるさんのほうに投げると、はるさんがありがとうございます、と礼を言って黙々と作業を始めた。はるさんの近くに配膳口があるから、吸い込まれるようにオーダーが達成されてゆく。すごいなはるさん……もともとこういう根気がいるゲームが得意だったり好きだとはいえ。

 そんな仕事人はるさんに感心していると、にわかに左耳のあたりから騒がしい声が聞こえてきた。シノさんのちょっと!という声が大きくて思わずシノさんの音量を下げる。

「ゆ……かぼす!ちょっと俺の皿持ってくなよぉ!」

「いやシノ何やってんの、今魚求められてないでしょ」

「俺の目の前に魚があるならさばくしかないでしょ」

「いやシノさん上見てください上」

「え?!こんなとこにオーダーあんの?!」

「シノ気づいてなかったの?!」

 柚木くんとシノさん、この二人はこの二人でなんだかいいコンビではあるんだよな……と思いながら自分の仕事を粛々と進めていく。とりあえずオーダーははるさんがさばいてるし皿でも洗おう。



「今日の人がぺちょさんの噂の彼ですか?」

 結局あの後3時間くらいみんなで遊んで、日付が変わる頃に一旦お開きになった。やはり人とするゲームは楽しいなあとほくほくしていると、二人きりになった通話ではるさんがそう切り出す。

「そう……」

「あ、ちょっと待ってください当てさせてください……かぼすくんの方ですか?」

「よくわかったね」

 素直に感心してそう言うと、はるさんがシノさんはぺちょさんと普通に仲良しでしたからね、と言いながら笑う。よく見てるなあ。今日初めて会ったはずなのに、そんなにわかりやすかっただろうか。

「最初はとまどってたのに、だいぶ楽しそうですね」

「……そう、かな」

「そうですよ。今日のぺちょさん、すごく楽しそうでしたよ」

「そうなの?」

 そうですよ、と笑うはるさんの奥でことり、とコップが置かれる音がした。はるさんとやるゲームは歯ごたえのものが多いからあんまり楽しいと思う機会が少ないかもだけれど、そんなに目に見えて違っていたのだろうか。

 確かに、こんな大人数でゲームをするのは久しぶりかもしれない。ずっと一人でゲームをしていて、はるさんと二人でやることも少しずつ増えてきて、気づけばシノさんと柚木くんともやるようになって。一人でやるのも楽しいけれど、他人とやるのも楽しいからもっとやってみたいと思い始めたのは最近のことだったと思う。それこそ、こんな大人数でやるのなんて久しぶり――

 


 暗い川の音がする。



「かぼすくんとは、順調なんですか?」

 話しているうちに黙り込んでしまった俺を心配してか、はるさんが穏やかな様子で問いかけてくれる。

「そうだと思う。この前一緒にプラネタリウムも行ったよ」

「はあ-、プラネタリウム。いいじゃないですか、俺はぺちょさんと一緒に行ったことないですけど」

「なに、行きたいの?」

「いや、いいですけど」

 いいのかよ、と心の中で思わずつっこんでしまう。そうだ、はるさんはこういう人を煙にまくというか、適当というか、そういう相づちをする人だった。今のも別に行きたいわけじゃないんだろうな。それに行くなら奥さんと行けばいいのにな。


「でも、いい子そうだしこのまま付き合ったらいいんじゃない?ぺちょさんさえよければ」


 バイト先で言い寄られたのよりはマシでしょ、と言われたけれど比較対象が悪い。柚木くんはあの有象無象とは違う。ああいう一方的に好意を向けるようなグロテスクさは、柚木くんにはない。きっかけは一方的だったけれど、柚木くんのことが嫌ではなかったのは、彼の好意が押しつけがましいものではなかったからかもしれない。もともと柚木くんはかわいい後輩だし。

「好きかもしれないと思う相手は、どんな形でもいいからつなぎとめておくべきだと思いますよ」

「……それは、恋人じゃなくてもってこと?」

「そういうことです」

 お節介かもしれないけどねと言って笑うはるさんの言葉に、少し考えてみる。

 確かに柚木くんのことは気に入っている。柚木くんとはきっかけがああだったけれど、その前から仲は良かったし、付き合いが長くなるにつれて良い子だなと思ってはいた。シノさんのことも、はるさんのことも、できることならつなぎとめておきたい。

 こういうのが友人というものなのかもしれない。

 

 友人。


 その言葉を反芻すると、胃の奥底がいつも冷たくなって、胸の奥が少しずつ絞められていくような感じがする。苦しい。まるで水の底に沈むみたいに、真っ暗で、苦しくて、なにもわからなくなるような、そんな感じがする。

 それを味わう度に、俺は思い出す。そうだ、俺はまだあの暗い川にいなきゃいけない。一人であの川に残らなくてはいけない。だってそうやって、忘れないと決めたから。そうやってずっと、苦しみ続けることでしか、俺はきっと贖えない。己のしたことから。己の考えたことから。ずっと。



 暗い川の音がする。

  


 恋とはつまり錯覚で、愛とはつまり執着だ。

 そんな感情に振り回されて、自分を見失って、自分を追い込んでいくならもう俺はずっと一人でいい。

 ずっと一人で、届かない星を眺めていたい。


 そうせねば、ならない。


「……あの子は、とても優しい子だから」


 柚木くんが好きなゲームの話を聞いたとき、誰も殺さずにすむゲームのタイトルが出て、俺はそれにひどく感銘を受けたのだった。

 もちろん柚木くんも普通のRPGはたくさんやるけど、その中でも好きなゲームはそれなのだと言っていた。

 柚木くんはとても優しくて、温かくて、だからこそ俺はあの子に深入りしてはいけない。

 彼の気が済むまで、期間限定の恋人にならなくてはならない。


「俺は幸せになんか、なっちゃいけないよ」


 そう言って笑うと、はるさんはそうですかとだけ相づちをうった。

「でも、お節介ついでにひとこと言っておくとそうやってかぼすくんを思いやれるなら、優しいと思えるなら」


 それはきっと、ぺちょさんも何かが変わってるんですよ。


 そう聞いて、なんとなく時刻のあたりを彷徨っていた視線を、ディスプレイの中央あたりに戻す。はるさんの声はイヤホンからしか聞こえないし、通話アプリに出ているのはアイコンだけだけど、でも、そうしなくてはいけない気がした。


「かぼすくんのことを自分にはふさわしくないから遠ざけたいなら、ぺちょさんはかぼすくんのことを嫌いではないんですよ」


 そうだ。そうかもしれない。


 俺にとっての柚木くんは、とても明るくて優しい、きれいな光のような子だから。

 だからこんな俺はふさわしくないと思うようになって。

「……少し、前向きに考えてもいいと思いますよ。まあ、これはお節介ですけど」

「珍しいね、はるさんがそんなこと言うなんて」

「そうですね、久しぶりに初対面の人と遊んだからちょっと酔ったのかもしれないです」

「……なにそれ」

 思わず笑ってしまったけれど、でもその時が来るまでは、俺も届かない星を眺めていたいと思った。

 


 大丈夫、きっと俺は柚木くんのことを知ったから。

 このきれいな星を知ったから、きっとこれで生きていける。

 恋とはつまり錯覚で、愛とはつまり執着で。

 そんな感情に振り回されて、自分を見失って、自分を追い込んでいくならもう俺はずっと一人でいい。

 


 ずっと一人で、届かない星を眺めていたい。



(それで、いいのだ)

 

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