未来を視たら、騎士団の美青年が告白してきたんですけど!?

ネコ助

君と見る未来を、ずっと




「──メアリ。なにか迷うことがあったら、自分を信じなさい。あなたならきっと──」


そう言って微笑んだ母は、とても眩しかった。



私はメアリ・ランフェス、21歳。

どこにでもいる町娘──と言いたいところだが、違う。

それは何故か。

メアリには時たま、未来の映像が。はっきりと、鮮明に。

小さい頃はそれが未来の映像だと分からず、目の前で起きている出来事に思えて混乱した。

周りからみたら未来の映像を視ているメアリは、突然ボーっとする変な子供だったらしい。

自分が未来の映像を視ているのだと気づいたキッカケは、幼馴染のリスタという男の子が池で溺れる映像を視たことだった。

その映像を視たメアリは慌てて母親に伝え、それを聞いた母親が池に走るもそこには誰もおらず、帰ってリスタが家にいることを確認した。

メアリは自分がおかしいのだと気づき、それからは映像を視ても誰にも言わなかったのだが、ある日リスタが本当に池で溺れる出来事が起きた。

幸い近くを通りかかった男性が助け出したのだが、そのことを知ったメアリは、自分が未来の出来事を視ているのだとようやく悟った。

メアリの母親もその事に気づき、メアリととある約束をした。


「メアリ、いい? 未来の映像を視ても、誰にも言ってはダメよ。もしもそれが誰かの命に関わることなら、母さんに相談して頂戴。できる限りのことをするわ。ああ、父さんには言っちゃダメよ。あの人はお酒が入ると口が軽くなるわ」


メアリはその約束を守り、これまで生きてきた。母と娘の、秘密の約束。


時たま視る未来は、大体がどうでもいい事だった。


どこかの騎士が昇進したお祝いをしていたり、花屋の看板娘がニコニコと接客していたり、道端で鬼ごっこをしている子供たちだったり。


だがごく稀に命に関わる未来を視たりした。

二つ隣の町と王都を繋ぐ道に土砂崩れが起きる映像を視たときは、すぐに母親に相談した。母はメアリと共に、雨が降ったタイミングで町の警備隊にその道を封鎖してもらった。その道で狼を見た、と嘘を吐いて。

結果的に土砂崩れは起きたものの、封鎖していたため怪我人などはいなかった。

町の警備隊は「狼のおかげだな」なんて笑っていたが、メアリは己の力を活かせたことにホッとしていた。


そんな日々を過ごしながら、メアリは成人を迎え、町の食堂で料理人として働いていた。


「メアリー、トマトパスタ1、オムレツ2、ムール鳥揚げを1頼む!」


「はーい!」


メアリはテキパキと手を動かし、オムレツをささっと2個作ると、ムール鳥をタレに漬け込んだボウルから取り粉をつけた。

そして油に沈めるとパスタを茹で始め、トマトソースを作る。

働き始めて一年経つ今は、同時にいくつもの料理を作ることが当たり前に出来るようになっていた。


(今日はお客さん多いわね。嬉しい悲鳴だわ)


メアリはそう思いながら仕事をこなしていく。そして忙しさのピークを過ぎて少し休憩をしていると、目の前に突然花畑が広がった。

青紫の綺麗な花が咲き乱れる中、艶やかな金髪にエメラルドの瞳の白い騎士服を着た美しい青年が立っている。

その美しい青年は、こちらを見てニコリと笑うと、こう言った。


『愛しています、メアリ──』


そこでハッと現実に戻ったメアリは、心臓がバクバクと音を立てるのを慌てて沈める。


(あの人……を見てた? それにメアリって──)


「メアリー、イカの丸焼きと緑豆の塩茹でお願い!」


「は、はい! ただいまー!」


メアリはドキドキしながら、ひとまず仕事に集中するのだった。




帰宅後、メアリは今日視た出来事を母親に相談するか迷った。だが、騎士の美青年が自分に向かって「愛している」などと言うシチュエーションを言うには羞恥心が勝ち、心にしまっておくことにした。


(あの方……騎士服ということは王都にいるのかしら。とても綺麗な金髪だったな……)


メアリは栗色の髪の毛に栗色の瞳と、この世界では至極一般的な容姿をしている。

顔立ちはきちんとすれば整っているのだが、どうせ汗で落ちると化粧もせずにいた。


(あんな方と知り合いな訳ないし……でも未来の映像なんだもの、これから知り合うのかしら。それにしても、あ、愛……!)


メアリは化粧っ気はないが、一応乙女であるため恋愛に興味はある。

愛してると言われた映像を思い出し、足をバタバタさせて悶えるのだった。





その日は意外と早くやってきた。


メアリはいつものように食堂で料理を作っていたのだが、卵の在庫が切れそうなのに気づき、仕入れを買って出た。

食堂から100m程離れたところにあるたまご屋さんに赴き、木桶に卵を詰めていると、突然背後から衝撃が走り持っていた卵を落としてしまった。


「あ……卵が。ちょっと、なにするん──」


後ろを振り返って見たものは、美しい金髪の騎士が走り去るところだった。


「っ、すまない、後で弁償する!」


そう言い放った金髪の騎士は、とてつもない速さで走って消えた。


その光景を見て、メアリはポカンとしてしばらく動けなかった。

たまご屋さんが「メアリちゃん?」と話しかけてくれたタイミングで、メアリは自分の仕事を思い出し、急いで食堂へ戻るのだった。



「ふー……疲れた……」


メアリは仕事が終わり、まかないを食べながら昼間の彼を思い出していた。


(彼……この前視た人よね。あんなに慌ててたってことは誰か追いかけてたのかしら。あんな人から愛してるなんて言われたら……)


メアリは未来の映像を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。


(ダメダメ、考えちゃ。もしかしたら未来が変わるかもしれないじゃない)


相変わらず顔は熱かったが、メアリは食事に集中しようとした──のだが。


チリンチリン


食堂のドアが開いた音がして扉の方を見ると、あの金髪の騎士が立っていた。


「あ、良かった、いた!」


そう言ったあと、青年はスタスタとメアリに近づき、その手をとった。


「え? え? え?」


「これ、卵代の弁償です。昼間はすみませんでした、急いでたもので……」


そう言いながらメアリに銀貨を渡してくる。


「あ、い、いえ。割れたのは一個だけですし、こんなにいりません」


「いいんです、迷惑料として受け取ってください」


「いや、ほんとにいりません──」


ぐぅぅぅ〜。


押し問答をしていると、どこからかお腹が鳴る音が聞こえた。

メアリではない、メアリの目の前から。


メアリと青年が目を合わせると、青年は恥ずかしそうに頬を掻いた。


「はは……実は昼食べてなくて……」


「そうなんですか……あ、そうだ。この銀貨で食べてください。食事代を引いた残りで卵代は賄えると思いますから」


青年は少し考えると、お言葉に甘えて……と席に座った。何故かメアリの目の前に。


「このお店のおすすめを貰いたい」


「おすすめか、全部美味しいですけど……強いて言うなら、ムール鳥揚げとトマトパスタですかね」


「ではそれを」


店主に注文を伝えると、メアリは改めて目の前の青年を見た。

サラサラの金髪、透き通るようなエメラルドの瞳、シミひとつない肌。

白い騎士服も相まって、とてつもなく格好いい。


そんな彼に──というのを無理矢理打ち消していると、青年が話しかけてきた。


「貴女のお名前は? 私はフィルナンド・シーア。フィルと呼んで欲しい」


「あ、私はメアリ・ランフェスです。宜しくお願いします、フィル……さん」


「メアリさん、宜しく。君はここで働いてるんだよね」


「あ、はい。そういえば、よくここにいるとわかりましたね」


「たまご屋さんに聞いたんだ。あの時はごめんなさい」


「なるほど。いえ、お気になさらず」


「ありがとう。……ちょっと聞きたいんだけど、この辺りでなにかおかしく感じたことはあるかい?」


「おかしく……? うーん。おかしく……あ、そういえば」


「なんだい?」


「最近、バンダナを頭に巻いてる人が増えたんです」


「バンダナを? たしかに今日見かけたが、以前は違ったのかい?」


「はい。てっきり髪よけか、新しいファッションなのかと思っていたのですが……」


「ふむ……なるほど。情報ありがとう」


「いえ。……フィルさんは騎士ですよね? 王都からここまで、お仕事できたんですか?」


「ああ、ちょっと色々あってね」


「そうですか……。折角こうしてお会いしましたし、滞在中はぜひウチで食べてくださいね!」


「ああ、ありがとう」


そうこう話しているうちにムール鳥揚げとトマトパスタが運ばれ、フィルはあまりの美味しさに驚きながら完食するのだった。



それから数日、フィルは毎日食堂に顔を出してはご飯を食べていった。

その間メアリは食事を作っているためあまり話はしないが、軽い挨拶をする関係になっていた。


(あれ以来喋ってないし……未来の映像も当てにならないものね)


メアリはそう思いながら料理を作る。

その時唐突に未来が視えた。


その光景は、頭にバンダナを巻いた人々が集まり、なにかを話している様子。

『──絶対に成功しなければ』

『貯水池から一気に水を流せば──』

『アイナの町も終わりだな』


そこでメアリは現実に戻った。


「なに……今の。アイナの町って──」


アイナの町とは、メアリの住む町の王都を挟んで反対側にある町。

他国との貿易が盛んで、とても栄えてると聞いたことがある。


メアリは嫌な予感がひしひしとするのを感じた。


「誰かに伝えなきゃ……でも誰に?」


その時思いついたのは母親だが、母に伝えたところで今回はどうすることもできないかもしれない。

バンダナを巻いた人達。

きっと組織的に違いない。

でもそんな一大事に動ける人なんて──

ましてや自分の視た光景をどう説明すれば。

でも止めなければアイナの町が危ない。


メアリは無意識に料理を作りながら考える。


そして、フィルのことを思い出す。

王都の騎士である彼なら。


そしてメアリは、決意した。


(フィルさんが来たら、話してみよう……!)




チリンチリン


「こんばんは」


「あら兄さん、また来たのかい?」


「はい、ここの料理が美味しいので」


(来た!)


夜になり、フィルは食堂に現れた。


「あ、あの、ちょっと離れてもいいですか?」


「ん? 構わないよ」


メアリは同僚に了解を得ると、パタパタとフィルの元へと向かった。


「やぁ、メアリさん。どうしましたか?」


「え、えっと。フィルさん、今日はお食事の後空いてますか?」


「え? まぁ、あとは宿に帰るだけだけど……」


「じゃあ、少しだけ私に時間をくれませんか!?」


フィルはポカンとしてメアリを見つめる。

そしてメアリは気づいた。

周囲が皆、メアリとフィルに注目していることに。


(え? な、なにか変なことを言ったかしら)


メアリは困惑しながらフィルを見る。

すると、フィルは顔を仄かに赤くしながらこう言った。


「うん……構わないよ。メアリさんの仕事が終わったらフィローネの丘に行こうか」


フィローネの丘とは、青紫色に淡く光るフィローネという花が沢山咲いている丘のことだ。


メアリは約束を取り付けられたことに安堵し、「じゃあ戻ります。宜しくお願いします」と言って厨房へ戻った。


残されたフィルは、周囲からの『告白? 告白されるの?』という興味津々な視線に咳払いをしながら、いつものメニューを注文するのだった。





メアリは仕事を終えると、待っていてくれたフィルと合流してフィローネの丘へと向かった。

道中メアリはなんて言えば信じてもらえるか悩み、フィルはもしかしたら……という緊張で2人は終始無言だった。


2人で丘の上まで来ると、メアリとフィルは向かい合った。


「……あの、フィルさん」


「な、なにかな?」


メアリは深呼吸をした。

そして決意を固めると、話し始める。


「……実は私、聞いちゃったんです。バンダナを巻いた人達が、貯水池の水を決壊させてアイナの町に流してやろうとしてること! そんなことしたら甚大な被害が出ます。どうにかできないでしょうかっ」


それを聞いたフィルは、仄かに赤かった顔色をサッと戻すと、真剣な顔をして言った。


「貯水池を……? たしかにアイナの町の山辺には広大な貯水池がある。しかし何故そんなことを? そのバンダナを巻いた奴らは他になにか言っていたか?」


「いえ、それを聞く前に逃げてしまったので……」


「そうか……それを聞いたのはどこで?」


「え、えっと……食堂からの帰り道、裏路地でたまたま……」


「裏路地で……?」


フィルは怪訝そうな顔をしたが、すぐに別の話に切り替えた。


「君は以前、バンダナを巻いた人達が増えたと言っていたね。僕はあれからバンダナを巻いた人達のことを調べていたんだ。そしたら、みんなに共通することが一つだけあった。それは、全員ここに来る前にアイナの町へと寄っていること」


「アイナの町へ……?」


「うん。そしてそこである物を購入している」


「ある物……」


そこでメアリの脳裏に蘇る記憶があった。


『ザフさん、なにしてるんですか?』


『ああ、メアリちゃん。今新しい料理の試作をしてるんだよ』


『そうなんですね。どんな料理なんですか?』


『アイナの町から仕入れた″ナーフ″というハーブを使った煮込み料理さ。ナーフは魚も肉も臭みを消してくれるすごいやつなんだ』


『へー! そんなものがあるんですね』


『ああ、なんでもアイナの町が隣国から苗を買って育てたら、環境が良かったのか大量にできたらしい』


『それはすごいですね』


『ああ。でもナーフについて不穏な噂があってな』


『不穏な噂?』


『なんでも、アイナの隣町……カーディの町のやつらが、ナーフの売り上げを独占しているアイナの町のことをよく思ってないらしい。アイナの町は隣国からナーフの苗を買う時、アイナの町だけで育てるよう条件を出されてる。だからカーディでは育てられないんだが、カーディの町のやつらが密かにナーフの苗を買っているらしい』


『それって隣国に知られたらまずいんじゃ?』


『そうだろうな。だからカーディでは育てても大っぴらにはナーフを売れねぇと思うがな』


『そうですよねぇ』


メアリはそんなやりとりを思い出し、フィルに問いかけた。


「まさか、ナーフの苗……?」


「よくわかったな。そう、ナーフの苗だ。本来なら一般には売られていない物だが、バンダナの奴らは密ルートを使って手に入れている」


「それは何故? ナーフはアイナの町でしか育てられませんよね」


「ああ。僕も疑問に思っていた。だが、君からの情報で分かった。バンダナの奴らはアイナの町を破壊した後、自分達が新しくナーフを育てる権利を得ようとしているんだろう」


「あ……なるほど」


メアリはゾッとした。

私利私欲のために一つの町を破壊し、何万人もの命を奪おうとしている人がいることに。


「メアリ。僕は騎士団にこのことを報告する。君は今知った情報を誰にも言わないでくれ。もし君が知っているとバレたら危険だ」


「はい、わかりました」


「じゃあ、家まで送る」


「え、そんな……大丈夫ですよ! すぐに情報届けなきゃでしょう?」


「夜道を1人で歩かせるわけにはいかない。それに、王都まで早馬を出すだけだから、君を送った後でも問題ない」


「え? フィルさんが行くのではないのですか?」


「うん。僕はここでまだやることがあるから」


そう言ってニコニコと笑うフィルを見て、メアリは深入りしてはいけないことだと察した。


「じゃあ……宜しくお願いします」


「うん、任せて」


そうしてメアリはフィルに送られて家へ帰るのだった。




それから三日後。


メアリはあの夜以来食堂に現れないフィルを心配していた。


(フィルさん……大丈夫かなぁ。あれ以来音沙汰無いし……アイナの町の件、どうなっただろう)


チリンチリン


「いらっしゃいま──」


「ここにメアリって奴はいるか!」


お客さんが来た、と思いながら声がけをした瞬間、そんなことを言い放ったのは頬に傷のあるガタイのいい大男だった。


メアリは名指しされたことに驚きながらも、呼ばれたのなら出ねばなるまいとカウンターから店内へと向かう。


「あの、メアリは私ですが……貴方は一体……?」


「おう、お前がメアリか。俺は第四騎士団団長、マーベリックだ。宜しく頼む」


「騎士団団長……!? は、初めまして、メアリ・ランフェスと申します。宜しくお願い致します」


「おう。それで、急で悪いんだが、2人だけで話がしたい。着いてきてくんねーか」


「え……でも、私今仕事中で……」


「いいよぉメアリちゃん、行ってきな! 今はお客さんも少ないし。騎士団団長さんが用があるなんざ、よほど大事な話だろう」


「女将さん……。わかりました、すみません。いってきます」


「おう、女将さんすまねぇな。詫びといっちゃなんだが、今度騎士団がこの町に来るときゃここ使わせてもらうよ」


「あら、それはありがたいねぇ。騎士団御用達なんて箔がつくわ!」


女将さんはわははと笑いながらメアリの背中をポンと押してくれ、マーベリックとメアリは食堂を後にするのだった。





食堂を後にしたマーベリック達は、警備団の詰め所へとやってきた。

そして奥の個室に案内される。


「あの、私になんの用があるんですか? 私なにかしましたか?」


メアリは自分がなにかしただろうかと不安になり、マーベリックへと問いかけた。


「ん? んー、したといえばした……か?」


その返答を聞いて絶望した顔をするメアリを見て、マーベリックは慌てて付け足した。


「ああ、いや、悪いことはしてねぇ。むしろいいことだ。だからそんな絶望すんなよ、なっ?」


「あ、は、はい。良かった……!」


メアリが胸を撫で下ろすと同時に、部屋がノックされた。


「入れ」


ガチャッ


「失礼します。お呼びでしょうか……あっ」


「あっ」


部屋に入ってきたのは、なんとフィルであった。


「メアリさん……何故ここに?」


「えっと、団長さんに呼ばれて……」


「団長に……? どういうことですか? 団長」


「ああ、順を追って話す。2人とも聞いてくれ」


メアリとフィルは隣り合ってソファに座る。

そしてマーベリックが話し始めた。


「まず、俺は三日前の朝フィルからの早馬でアイナの町が流される話を聞いた。そして急いでバンダナの奴らの拠点を一斉に叩いた」


「え……もうですか!?」


メアリは驚愕した。

そんなに早いなんて。


「事は一刻を争う話だったからな。それにバンダナの奴らが密ルートでナーフの苗を購入していたことの証拠も十分揃っていたし。被害が出る前に、ってな。そして奴らを捕まえて調書をとっていたら、まさかの事実がわかったんだ」


「まさかの……?」


フィルがそう呟く傍で、メアリは心臓がバクバクいうのを感じた。


「フィルから聞いた話によると、メアリさんは裏路地で偶然バンダナの奴らの話を聞いたんだよな?」


「は、はい」


「その内容をもう一度教えてもらっていいか?」


「えっと……アイナの町の貯水池を決壊させて町に流してやる、と……」


「ああ、その通りだ。それを聞いたのはこの町でだよな?」


「……はい」


「団長、何が言いたいんですか?」


焦れたフィルが問いかける。


「ああ……まぁ、結論から言うとだな。その話がでされてる筈がない。あり得ないんだよ」


「あり得ない?」


「ああ。昨日、一斉に叩いただろ? バンダナの奴らの拠点を全部。だが、その貯水池を決壊させる話はほんの一部の拠点での話だったんだ。そしてそれは王都でもここでもなく──カーディの町だけだ」


それを聞いたメアリは焦りながら言う。


「ま、待ってください! その情報を持っている人達の一部がここの町で話してたんじゃ?」


「いや、それはない。その話は他の拠点には知らせてなかったらしいし、知っているのは3人だけだった」


「……」


メアリは返す言葉もなく沈黙する。

それを見ていたフィルがメアリへ問いかける。


「メアリさん……君はどうして貯水池の情報を持っていたの?」


「っ、それは……」


「それは……?」


メアリは心臓をバクバクさせながら頭をフル回転させる。

そして捻り出した言葉が。


「ゆ、夢で視たんデス……」


「「は?」」


メアリはアワアワしながら続ける。


「私……ごく稀に予知夢を視るんです。信じて貰えないと思うんですけど……」


マーベリックとフィルはポカンとしながら数秒静止していたが、お互い顔を見合わせると至極真面目な顔になってこう言った。


「すごいなメアリさん! 神のお告げかなんかか!?」


「そうだよメアリさん、そんな能力があるなんて! ああ、君が良い人で良かった」


「……え?」


メアリは思っていた反応と違う2人の反応に、ポカンとした顔をする。


「メアリさん、もしまた予知夢を見たらよぉ、こっそり教えてくんねーかな」


「あ、団長、メアリさんの手柄を自分の物にする気ですか!」


「ち、ちげーよ! 教えてくれたら皆のこと助けられるだろーが!」


「なら僕にも聞く権利がありますね! メアリさん、なにかあったら僕に遠慮なく言ってくださいね」


「は、はぁ……」


メアリは始めこそ戸惑ったが、段々と喜びの感情が湧き上がってきた。


(私の能力が活かせる! 皆の助けになれるんだ!)


メアリはとびきりの笑顔でこう言った。


「お二人とも、不束者ですが宜しくお願いします!」





それからメアリはマーベリックとフィルと文通するようになった。予知夢という名の未来の映像のことも話すが、大半は日常のことや町の様子のことなどの話をした。


マーベリックは気さくで優しく、見かけからは想像もつかない綺麗な字を書く。

フィルは見かけ通り綺麗で丁寧な文字であった。


バンダナをつけた人達は町から姿を消した。フィルが王都へ行かずここに待機したのも、一斉摘発の為だったらしい。

そんなフィルはあれから一旦王都へ帰っているが、また近々こちらへ来るとのこと。

騎士団なのに王都にいなくていいのかな? とメアリは思ったが、色々とあるのだろう。


そして今日は仕事が休みのため、メアリは買い物に出ていた。


「えーと、ラディッシュは……」


野菜を選んでいたメアリは、唐突に目の前に広がる光景に混乱した。


都会の街並みに、ここは王都だろうか。

金髪の騎士服を着た青年、あれはフィルだ。

その背後に迫る人影。

バンダナを首元に巻くその男は、フィルがなにかに気を取られている一瞬の隙を突いて刃を背中に突き刺す──。


そこで映像が掻き消えた。


「今の……は」


メアリはしばし呆然とし、野菜屋の店主に声をかけられてハッと気を取り戻した。


「こうしちゃいられない……!」


メアリは家へと駆け出そうとして、急ブレーキした。手紙は月・水・金に送られる。今は火曜日だから手紙が届くまで二日。今から馬車で王都へ行けば半日。手紙が届く前にあの映像が現実になってしまったら……!

明日は仕事がある。無断欠勤してしまうかもしれない。迷うメアリの頭に、以前母が言ってくれた言葉が蘇る。


『──メアリ。なにか迷うことがあったら、自分を信じなさい。あなたならきっと──』



メアリは意を決して馬車の停車場へ駆け出した。


(フィルさん、無事で居て……!)



馬車に揺られること半日。

王都へ着いたメアリは、騎士団の詰め所を探し始めた。


「おじさん、すみません。騎士団の詰め所はどこですか?」


「ん? ああ、それならお城の近く、右手側にあるよ」


「お城……右手側ですね。ありがとうございます!」


メアリは走った。

さすが王都だけあって、とても広い上に人が多い。メアリは何度も人にぶつかりそうになりながら懸命に走った。

お城は大きいから、迷う事はない。


すると走っている最中、前方にきらめく何かを見つけた。

それはよく見るとキラキラとした金髪で、服装も騎士団の制服を着ている。

その人はお城方向に歩いていて、後ろ姿しか見えない。だがあれだけ綺麗な金髪の青年はそうそう居ないので、メアリは叫んだ。


「フィルさん! フィルさん!」


人々の雑踏で聞こえないのか、フィルは振り向かない。

メアリは人混みをかき分けて進む。

すると前方で男性達が揉め事を起こしたのか、怒鳴りあう声がした。

フィルはそれに気づいたのか、前方に注意を向ける。

メアリは見た。

フィルの背後に迫る、首にバンダナを巻いた男の姿を。


(まずい!!)


メアリは力を振り絞り駆け出した。

どんどん迫るフィルの姿。と同時に、バンダナの男もフィルに近づいていった。


(間に合って──)


ドンッ!


「おっと! すみません……ってメアリさん!? 何故ここに!?」


フィルが腰に走った衝撃に振り返ると、腰にメアリが抱きついていた。


「フィル……よかっ……た」


それだけ言うと、メアリは膝から崩れ落ちた。


「……え?」


メアリの腰からは、ナイフの柄が見え、血が溢れ出てていた。


「メアリ……? メアリ!?」


その時視界の端に逃げていく男が見え、フィルは状況を把握した。


「あの男……! っ、メアリ、しっかりするんだ! 今病院へ連れてくから──」


泣きそうな目で自分を見るフィルを見て、メアリは笑みをつくる。


「フィ……ル、さん……無事で……よかっ……」


「ああ、僕は無事だ! もう喋るな……!」


フィルはメアリをお姫様抱っこすると、できるだけ振動を与えないように走り出した。


メアリは意識が遠のくのを感じながらフィルを見上げていたが、最後に思ったことは、


(フィルさん……いい匂い……)


だった。






それから三日間、メアリの意識は戻らなかった。その間にフィルは自分を刺そうとした男を確保し、尋問し、その男がバンダナグループの一員の端くれだったことを自白させた。


フィルは毎日メアリの居る病院へ通い、メアリとメアリの両親へと謝罪した。

メアリの両親は、フィルが悪いわけではないと謝罪を受け取らなかった。

母親は、メアリのことを受け入れてくれてありがとうとフィルへと言った。メアリがフィル達へ能力をバラしたことを報告していたらしい。

父親はなにを言っているかわからない、という顔をしていたが。



メアリが刺されて三日後。


メアリが目を覚ますと、フィルが横に座っていた。そしてフィルは目を溢れんばかりに見開くと、それはもうすごい速さでお医者さんを連れてきた。


わかりますか、などの医師の問いにメアリが頷くと、フィルが涙をポロポロとこぼすものだから、メアリは驚いてしまった。


その後両親に「心配かけてごめんなさい」と謝ると、両親は泣きながら優しく笑ってくれた。

フィルに「もう泣かないでください、綺麗な顔がぐちゃぐちゃですよ」と言うと、「この先、泣き顔を見せるのは君だけだ。だから泣かせてくれ」と不思議な返答をされた。


その後一ヶ月入院して、メアリは無事退院できた。内臓に大きな損傷が無かったのが幸いだったらしい。


帰宅へはフィルが着いてきてくれた。

一ヶ月ぶりに住んでいる町に帰ると、どこか懐かしい気分になった。


「フィルさん、着いてきてくれてありがとうございました」


「いや、当然のことだ。僕を守ってくれた命の恩人だしね」


「そんな……気にしないでください」


「気にするさ。……恩人以外の意味でもね」


「え?」


「ところで、君がもっと体調が万全になったら、一緒にフィローネの丘に行かないか?」


「あ、はい。いいですね」


「じゃあ楽しみにしてる。また明日」


「はい、また明日。……明日?」


メアリが疑問に思った時、すでにフィルは馬で走り去っていた。


それから毎日、フィルはなにかしら持って家に来た。

メアリは体調が万全になるまで仕事を休職している為、日がな一日中家にいる。

そこにフィルが顔を出し、何かしら置いていくのだ。

騎士団の仕事は大丈夫なのか聞いても、団長が代わりにしてくれてるから大丈夫、とのことだった。

そんな日々が一ヶ月も続くと、メアリはフィルが来るのが楽しみになっていた。

だが、そろそろ仕事復帰してもいいかもしれない。そんなことを考えていたある日。


「メアリ、だいぶ回復したね。フィローネの丘に行けそうなくらい」


「そうですね。両親やフィルさんのおかげです」


「ご両親もだけど、君が頑張ってリハビリしたりしてるからだよ。よく頑張ったね」


「ありがとうございます」


メアリは照れながら笑う。

その様子を見ていたフィルは、ボソッと呟いた。


「可愛い」


「え?」


「あ、いや、なんでも」


メアリは濁されたことが気になったが、フィルが嬉しそうなのでいいか、と思った。


そして三日後に一緒にフィローネの丘へ行く約束をして、フィルがくれたパウンドケーキを食べるのだった。




三日後。



フィローネの丘に着いた2人は、メアリの母が作ってくれたお弁当を並んで食べていた。


「わぁ、とっても美味しい。メアリの料理上手はお母さん譲りなんだね」


「ふふ、ありがとうございます」


「いえいえ。傷はもう傷まない?」


「はい、すっかり。フィルさんのおかげです」


「いや、僕が原因だからね。本当にありがとう。……でも、もうあんな無茶しちゃダメだよ?」


「あはは、はい」


そうしてしばらくほのぼのとした時間を過ごし、そろそろ帰るか、というところでフィルが待ったをかけた。


「どうしましたか?」


「あのさ、えーっと……。君に伝えたいことがあるんだ」


「え? なんですか?」


「……君が好きだ」


「えっ?」


「一生懸命なところも、優しいところも、可愛いところも、料理上手なところも、全部全部全部……。好きなんだ。君を──」


ここで以前視た未来の映像と、目の前の光景がダブった。


フィルがこちらを見てニコリと笑うと、こう言った。


「愛しています、メアリ」


メアリはそれを聞いて、涙が溢れてくるのを感じた。文通をしてる時から……あるいは、未来のこの光景を見た時から、メアリはフィルが好きだったのだ。

メアリは答えた。


「愛しています、フィルさん」


ザァァァと風が吹く。

まるで2人を祝福するかのように、フィローネの花々が揺れていた。












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