最終話 空から降ってくる少年

 上空では黒と白の龍が激しく戦っている。しかし、黒百々目鬼の多様な攻撃と異常な耐久性前にして、じょじょにではあるが白百々鬼が押されている。


 地上では風が水を舞いあげ、四方八方から打ちつける。まるで滝壺にでもいるようだ。


 香澄は全方位から吹き付ける雨に自分が水中にいるような錯覚に陥る。僅か数メートル程しか視界はなく、すぐ目の前にいるはずの八街をいつ見失ってもおかしくはない。


 ピィシャ!


 幾本もの落雷が一斉に雷光平原に落ちる。数秒ごとに落ちる稲妻はいつ自分に落ちてもおかしくないであろう。八街は風でかき消される声を最大限にして叫ぶと、その場にいる者すべてが首を大きく縦に振る。


「百々目鬼! 見ろ! お前が探していた短刀だ!」


 声を張り上げるが黒百々鬼には届かない。すぐさま後ろに控える三人が白百々鬼に声を張り上げるが。


「白ぉぉぉ! こっちを見ろ。黒を連れてこい」

「ここよ! 気付いて!」

「透くーーん!」


 ――距離500メートル。白百々鬼の瞳が一瞬こちらを覗く。


 ――距離300メートル。戦いは徐々に場所を変え白百々鬼の体当たりが黒百々目鬼にヒットする。


 ――距離100メートル。体勢を整え黒百々目鬼が無数の鱗を飛ばし白百々目鬼に直撃する。


 ――距離30メートル。黒百々目鬼の無数の目が八街を捉える。八街はその瞬間を見逃さずに短刀を自分の腹部に突き刺す。黒い短刀は壊れた蛇口のようにあふれ出る血液を吸って黒い怪しい光を発する。怪しい光が黒百々目鬼を誘う。


 ――黒百々鬼は吸い込まれるように八街に迫る。


「今だ!」


 八街のすぐ後ろに隠れていた香澄は地面に置いてあった箱を目一杯掲げる。八街に向かう黒い百々鬼の軌道は急激に香澄へと吸い寄せられ、黒百々目鬼は何とか軌道を変えようとするがその軌道を変えることはできない。


「グァゴァァァ!」


 黒百々鬼は激しい雄叫びを上げると箱に吸い込まれる力に抗えないと判断し、考えを切り替える。尾鰭を大きく一度振ると、鱗を立たせ鋭利な刃物と化した鱗の照準を合わせる。


 ――無数の鱗が香澄を襲う。


「ーーっ! ……あれ?」


 香澄は自分の体に傷がないことを驚いている。自分の体を無数の鱗が貫いているはずだ……。しかし香澄の体には傷一つない。目の前には両手を広げて仁王立ちをする岬。全ての鱗を受けきった岬が力なく倒れる。


 風は強さを増し、黒百々鬼が目の前に迫る。香澄の足が震え、今にも風の中へと飛ばされそうだ。


 ――唐突に背後より抱きしめられる。香澄の後ろには美鈴。美鈴は香澄の腰のあたりに捕まると香澄を全力で支える。


 ギィャォォォォォォォォォォォォ!!


 黒百々目鬼は体を霞のように変化させ香澄の持つ箱へと吸い込まれていく。風は強さを増し、落雷の音と光で香澄は光に包まれていく。メガフラッシュは最高潮に達し、雷光平原の上空から観測史上最大の落雷が落ちる。轟音は衝撃を伴い、あまりのエネルギーに地面が吹き飛ぶ。


 あまりにも凄まじいエネルギー。あまりにもまばゆい光。四方八方から打ち付ける雨と風も混沌に拍車をかける。その場にいる者の願いが集約されてゆく。


 ――――――――


 ――――


 ――


 史上最大の落雷を最後に空の雲は急速に晴れ、雲の隙間からは光が差してくる。残されたのは雷光平原に残された巨大なクレーターのみ。しかし、その一部に変わりなく存在する僅か数メートル円形の地面。中心には香澄、雨京、美鈴。そして駆け付けた大人たちである。

 

 辺りを見回せばその場には白い龍が張り巡らせたと考えられる小さな結界。ゆっくりと目を覚ます香澄。目の前には倒れた八街と岬。後ろには雨京と美鈴が重なりあって気を失っている。


「透君?」


 白い龍は何も答えない。ただ香澄を見つめ顔を差し出してくる。香澄はそっとその龍に手を触れると龍は目を閉じ、光を失う。やがて、その姿が透けていくと静かに香澄の前から姿を消していった。


「うっ。うぅぅ。助けられなかったぁぁぁぁぁ」


 膝をつき地面に伏せる香澄。背後ではやっと気がついた雨京がゆっくりと立ち上がる。


「香澄……? おい! あれを見ろよ!」


 空中には二人の身体が浮いている。一人は知らない青年。もう一人は……。


「透君!」


 少しずつ降下する身体は残り数メートルというところで急速に浮力を失う。大きな音を立て水溜りの中に落ちる二人。香澄は透に駆けつけるとその顔を覗き見る。


「生きてる!」


 香澄は勢いよく透に覆いかぶさると泥塗れになりながら透の上で人生最大の大声で泣きじゃくった。


 ※※※


 空から降ってくる一人の少年。この事件の当事者、芳賀透。自分の命を投げうって宇都宮を守った少年。何万の人を救ったと言っても過言ではない。この少年が賞賛を受けることないだろう。せめて私だけでもこの偉業を称えようではないか。


「ぐはっ!」


 背後から凄まじい衝撃で吹き飛ばされる。ひょっとして百々目鬼がまだ! いや、八幡山香澄か……。


「ハハハッ」


 八幡山香澄は俺にぶつかったことなど微塵も気にすることなく、芳賀透に抱きついている。少年は讃えられたくて宇都宮を助けたわけではない。だとすれば彼らに芳賀透は任せるべきだろう。


「……」


 黒百々目鬼を呼び寄せるために腹に刺した短刀に視線を移す。傷は深く、出血は止まらない。この様子では持って数分の命であろう。


「最後は惚れた女でも……」


 八街が視線を彷徨わせていると、芳賀透の影に隠れて見えていなかった人影を見つける。青年に差し掛かっている少年。薄っすらと光を放つ膜に囲まれたその人物に見覚えがあった。予想していなかった事態にその人物より目を離すことが出来ない。


「直樹!」


 我を忘れて平原を走り出す。腹を押さえ、ぬかるんだ地面に足を取られ盛大にこけるが、それどころではない。痛みを忘れ、平原を再び走り出す。


「直樹! 直樹! 直樹!」


 自分の息子の名前を十年ぶりに叫ぶ。直樹はゆっくりと地面の上に横たわる。地面に滑り込むように直樹の顔をのぞき込むとその肌は薄っすらと桜色をしており、胸のあたりは上下している。直樹を包んでいた光に触れたせいか腹部の傷から痛みが急速に消えてゆく。


「息子を救ってくれたのか……」


 両目から涙が溢れ出す。俺は天に消えつつある百々目鬼を見ると声にならない声を上げた。


 ※※※


 その後


 透は全身の衰弱が酷く、病院に収容されたものの、命に別条はなかった。本人曰く、百々目鬼に命を救われたとの事。ある意味後遺症? のようなものがあると言うが、その後遺症は人には言えないらしい。香澄は学校が終わると毎日透の元へと駆けつけている。一度だけ俺と美鈴も同席させてもらったが、あまりにも甘ったるい空間に吐き気をもよおし、二人を残し早々に部屋を去ったのは良い思い出だ。


 岬は死んでもおかしくない重傷を負っていたのだが、あの光に包まれた後は何事もなく起き上がり何事もなかったように振舞っている。俺との親子関係も微妙に改善しつつある。


 八街も岬同様に腹部の傷は治っていた。それよりも驚いたのは透と同時に空から降ってきた男である。


 その姿を八街が確認すると一頻り叫んだ後に、放心状態になり、現実に戻すまでかなり苦労した。その後、その青年が生きているのを確認すると嗚咽を上げて泣きじゃくる。どうやら十年前にいなくなった八街直樹らしく黒百々目鬼から当時の姿のまま解放されたようだ。今は意識がなく透と同じく入院しているがいつ目が覚めてもおかしくないらしい。


 かく言う俺はとある飲食店に向かっている。本当はあまり行きたくなかったのだが行かないと学校で何を言われるか分からない。


「らっしゃい!」


「おぅ」


「きたきた! ほらここ座って! あっ携帯持ってきた?」


 雨京は美鈴に携帯を渡すと店長に向かって頭を下げる。店長の顔がにやにやしているのは俺の気のせいであって頂きたい。


「ねえ。ラーメン食べたら少し待っててよ。後三十分でバイト終わるからさ」


「あっ、ああ。分かった」


「何? その反応は?」


 美鈴は雨京を一度睨みつけると。口角を上げ屈託のない笑顔を見せる。雨京は少ししょっぱい癖のあるラーメンを頬張ると何とも言えない表情を浮かべた。


 ※※※


 大川採掘場後 屋代


「透君。歩けるようになって本当に良かった」


「香澄さんが毎日お見舞いに来てくれたおかげかな」


 少し恥ずかしそうに笑みを浮かべると香澄より視線をずらす。そんな透を見て香澄もまんざらでもないようだ。メガフラッシュ以降は誰にも屋代は見えなくなってしまった。しかし例外が一つ。透が同伴の際だけは屋代に入ることができるのだ。


「香澄さんは高校卒業したらどうするの?」


「わ、私は透君のお嫁……し、進学かな!」


 たわいもない話をしながら屋代に入ると持ち去った箱と短刀二本を元の位置に戻す。


「あれから百々目鬼にはあったの?」


「直接は会っていないかな。でも百々目鬼が何を考えているかは分かるよ」


「ふうん。また危ない目に合わない?」


「それはないかな? 香澄さんとずっと一緒に居たいし」


 さらりと浮ついた言葉を話す透にどぎまぎしながらも香澄は透の横へと並ぶ。


「僕さ、宇都宮大に進学しようと考えているんだ」


「ふうん」


「でさ、良かったら香澄さんも一緒に宇都宮大に行かない?」


「えっ。それって……」


「僕、百々目鬼と約束したんだ。宇都宮を見守るって。何ができる訳じゃないんだけどね。で、良ければ香澄さんにも一緒に宇都宮を見守って欲しいと思って。……もちろん良ければだけど」


「本当! 私も宇都宮大行く!」


「良かった!  あっ。……お父さんは大丈夫かな?」


「――大丈夫。何も言わせないから」


「そ、そう? なら安心だけど」


「でも私、勉強そこまでできる訳じゃないから透君教えてね!」


 透は香澄の顔を真っすぐに見つめると香澄の手を握る。


「じゃあライトレールに乗って宇都宮駅のカフェで勉強だね!」


 香澄は笑顔で頷き返す。透と香澄は足取り軽くライトレールまでの道を歩き出した。


※※※


 御拝読ありがとうございました。とあるきっかけで書き始めたお話しでしたがスッキリ終わらせたいと考え最後まで書き切りました。思ったより短めの作品となりましたがきりよく最後まで書き切れて満足しています。


 最初から最後まで目を通して頂いた方、本当に感謝しております。ありがとうございました!


 明日の13:13よりまた新しい話を投稿します。長めの異世界ものです。ストックもだいぶありますので毎日投稿できると思います。宜しければまたご覧になって頂ければ嬉しいです。

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宇都宮ライトレールは妖怪がお好き 陽乃唯正 @noel1215

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