第19話 白い百々目鬼、黒い百々目鬼

 白と黒の百々目鬼は膠着状態であった。双方メガフラッシュが始まる前に決着したいと考えているようだが、お互いがお互いを殺すことができない。


 黒の百々目鬼は白の百々目鬼を殺すのを止め、今は透を殺すことにシフトしているようだ。しかし、透の姿は巧妙に白百々目鬼により姿を隠されている。透も何とか短刀を使い、黒百々目鬼を仕留めたいと考えているようだが、人知を超えた戦いにそう簡単に介入できるわけもなく、白百々目鬼の力を借り、姿を隠しつつ黒百々目鬼の動向を追う奇妙な追いかけっこが繰り広げられていた。


 膠着状態のままメガフラッシュが始まるのかと思われたその時。黒い百々目鬼の視界にある物が写る。黒百々目鬼は視界の先にターゲットを定め、凄まじい勢いで滑走する。しかし、そのような無防備な状態を白百々目鬼が許すはずがない。透の視界がコンマ数秒光に包まれる。


 ――その刹那。黒百々目鬼に無数の稲妻が突き刺さる。黒百々目鬼の肉は削げ、突き刺さった稲妻の傷からは夥しい黒い液体が流れ落ちる。しかし黒百々目鬼は止まらない。速度を変えることなくターゲットとの距離を詰める。


 その先には――


「まずいあの車は!」


 草むらから擬態していた透が声を上げる。車に勢いよく進む黒百々目鬼の後を追う透。白百々目鬼も無数の稲妻で黒百々目鬼が進行を止めなかったのが意外だったようで僅かに動揺しているように見える。透が走り、白百々目鬼が黒百目鬼を風のように追いかける。しかし、二人が黒百々鬼に追いつくことはない。


 一足先に透の父が運転する車に黒百々目鬼が追いついてしまう。


「こ、こいつは!」


 透の父が声を上げると目一杯ハンドルを切る。車は横転し何とか黒百々鬼を一度は躱す。しかし、黒百々鬼はすぐに踵を返すと横転する車の側面に立ち、体を風呂敷のように広げ、展開。そのまま車に覆い被さる。


 ――瞬間。辺り一帯を閃光が走り抜ける。閃光は黒百々鬼を貫きそのまま空中に黒百々鬼を跳ね上げる。黒百々鬼の体を貫いているのは白い龍。雲の中へと一度姿を隠すが、再びその体を急降下させ、浮かびあがった黒百々目鬼を今度は地面に打ち付ける。


「香澄さん!」


 その隙を突き、透は香澄と両親を横転した車から助け出す。両親は体と頭を強く打ったのか意識を失っている。香澄はかすり傷こそあるものの、意識ははっきりしている。


「良かった! 無事だったのね」


「ごめん、黙って出て行って。でも、今は時間がない。俺は百々目鬼を止めなくちゃいけないんだ! 」


「待って!」


 香澄は咄嗟に追いかけようとするが足に激しい痛みが走りその場に倒れてしまう。透は再び二匹が争う最中へと向かって行ってしまう。


 ザァァァァァァ


 タイヤをスリップさせ雷光平原についたのは八街の車である。三人が急いで香澄の元へと駆けつけると倒れ込む香澄の肩を抱き美鈴が起き上がらせる。


「香澄! 透君は?」


「行っちゃった、また、一人で」


 何もできなかった自分にショックを隠せない香澄。雨京はすぐに透を見つけようと辺りを見回すがその姿を確認することはできない。視線を移し、今度は打ち付けられた黒百々目鬼を確認する。すると物陰から現れた透が短刀を両腕で構え一直線に黒百々目鬼へ迫っていく。


 ドンッ!


 短い衝撃音と共に弾き飛ばされてきたのは黒焦げになった透。腕はもげ、足はあり得ない方向を向いている。あたり一面には焦げた臭いが充満し、もげた腕からは夥しい出血が流れる。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 凄惨な状況を目の当たりにして香澄と雨京が透に駆け寄ろうとするが、黒百々目鬼により放たれた溶解液により近づくことができない。


(やっぱり……俺だけの力じゃ……香澄さんを……かった)


 透の焦げた全身、たとえ癒えたとしてもなんらかしらの後遺症が残るだろう。何よりも、もげた腕からの出血は尋常ではない。数分で若い一人の少年の命がここで潰えるのは間違いなかった。


 香澄が絶望に叫び声を上げようとすると更なる悲劇が透を襲う。天より急降下で現れた白い龍がその尾で黒百々目鬼を弾き飛ばし、その勢いのままに透を一口で飲み込む。


「あっ! あぁぁぁ」


 香澄は目の前で起きている現実を受け入れてられず、やがて膝を曲げる。雨京は何も出来なった自分に打ちひしがれ、その場にただ立ち尽くし。美鈴も地面に座り込むと静かに涙を流し始める。


 ――白い龍はクレーターより現れた黒い龍ととぐろを巻き、お互いに絡まり合うと牙と爪で稲光を放ちながら激しい応酬を繰り広げている。


「何も出来なかった」


 立ちすくむ雨京は誰にいうわけでもなくボソリと小さく呟く。そんな三人の背後から駆け足でこちらに向かってくる者がいる。三人の前にやってきたのは岬。岬は雨京の両肩を後ろから力強く掴むと正面を向かせる。


「まだ何が起こるか分からないじゃない! 香澄ちゃんが持っているその箱は何? 全てが終わった時に涙を流しなさい!」


「なんだと! 元はといえばお前が――」


 雨京は最後まで言うことなく顔を落とす。そうだった。この箱があった。屋代の絵画の一枚に黒百々鬼を箱に閉じ込める場面が描かれていた。恐らくその絵画に描かれていた箱は黒百々目鬼を封印していたものなのだろう。


 しかし、黒百目鬼を入れる手段も明確には分からなかった。しかも、あの馬鹿でかい黒龍をこの小さい箱にいれることなどできるのだろうか? 


「私……やる!」


 美鈴に寄り添われながらゆっくりと立つ香澄。膝は震え、美鈴を掴む手は弱々しい。しかし、この三人ではっきりと前を向いているのは香澄だけである。雨京は何もせずに絶望に浸っていた自分が恥ずかしくなると、鼓舞するために声を上げる。


「分かったよ!」


 雨京は無理矢理笑みを浮かべると。顔を見つめあう香澄と美鈴と向き合う。


「でもどうする? メガフラッシュが本格的に始まり、辺りは雷だらけ。いつ、ここに落ちても不思議ではない。しかもこの箱に黒百々目鬼を封印する手段を俺は知らない。何か良い案はあるか?」


 もちろん香澄と美鈴にも良い案はない。誰しもが重い口を開こうとはしない。考える最中も上空では激しい戦いが繰り広げられている。その勝負は均衡状態に見える。しかし、天候が荒れるに連れ、黒百々目鬼がその質量を増やし巨大化しているように見えるのは気のせいだろうか?


「そこの三人、俺に案がある。キッカケを作るから嬢ちゃんはその箱を頭上に掲げるんだ」


 後ろから唐突に呼び止められたのは八街。八街は懐よりあるものを出す。懐から出されたのは十年前に紛失した黒い短刀。鞘から短刀を出すと黒い刃が怪しく光りはじめる。


「八街さんそれ!」


「ああ、消失したんじゃなくて実は俺が見つけていたんだ。今から俺がこの短刀で自分を傷つける。俺の息子がいなくなった時と同じ状況を作り出す。もしかすればあの黒い龍は俺を狙ってこちらを襲ってくるかもしれない。嬢ちゃんは俺の後ろに隠れてあの黒龍を閉じ込めるんだ」


 命を賭けて黒百々鬼を閉じ込める。普通であれば到底考えられないことだ。しかし、ここで黒百々鬼が白百々鬼を打ち負かし、メガフラッシュでさらに力を増せば黒百々鬼を止められるものはいないだろう。一同は八街の覚悟に賭けて作戦に乗ることにした。

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